勇者ブルゼノ

原口源太郎

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第一章

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 ある日の午後、ブルゼノは前から少女が歩いてくるのに気が付いた。それは初めて少女を見た時と同じような場面だった。その時はすれ違う時に少女の顔を見ていると、少女も顔を上げたので、目と目が合ってドキッとした。それだけだった。
 だけど今回は違う。少女に気が付いた瞬間から、ブルゼノの心臓は大きく鼓動を始めた。
 できれば少女に声をかけたい。声をかけて、これから少女と二人で話をしたり、歩いたり、そんなことができるきっかけにしたい。
 ドキドキ。
 なんて言えばいいのだろう。
 ドキドキ。
 こんにちは。そのあとは?
 ドキドキドキ。
 少女はもうすぐそこだ。
 ドキドキドキドキ。
 ブルゼノは頭の中が白くなった。何も考えられない。
 手から汗が噴き出してくる。
 足がガクガクする。
 でも、今を逃せば、次のチャンスはいつになるかわからない。
「こんにちは」
 近くに来た少女に、ブルゼノは声をかけた。
 少女はブルゼノを見た。
「あの・・・・」
 何か言わなくちゃ。
 ブルゼノは焦った。
「あの、お父さんは何しているの? いつも見ないけど」
 ああ、しまった、僕は何を言っているのだろう。
 ブルゼノを見ていた少女は何も言わずに顔を伏せ、歩いていった。
 ブルゼノは少女の後ろ姿を見送った。
 すごく後悔していた。
 なんで僕はあんな馬鹿なことを言ってしまったのだろう。
 なんで僕は今、話しかけてしまったのだろう。
 もっと言うことを考えて、話をする練習をして。それからでよかったのに。

 少女の父親を見たことは一度もなかった。
 それが気になっていたから思わず口から出てしまった。だけど、初めて話しかけた時に言う言葉じゃなかった。
 なんて僕はバカなのだろう。
 次に会ったら、少女に謝りたいと思った。
 それから何度か少女を見かけたけれど、ブルゼノは少女に話しかける勇気が出なかった。そのたびに声をかけられなかった自分を悔やんだ。
 少女と話をしたいという思いは募っていくばかりだった。
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