夢でもし君に会えたら

原口源太郎

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第一章

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 真人が車に乗り込み、エンジンスイッチを押すとアクセルを踏んでもいないのに車は動き出した。百八十度くるりと反転して向きを変えると、辺りの景色が流れ出し、みるみるスピードが上がっていく。
 ジェットコースターに乗っているようで、真人は無意識のうちにブレーキをギュッと力いっぱい踏んでいたが、それは全く何の役にも立たなかった。
 山の斜面が終わる頃、車は何のショックもなく停まった。
 少し先の砂漠には、モアイの群像が広がっている。
 真人はモアイたちを避けるようにハンドルを切った。モアイたちの中に入ると、モアイたちを傷つけてしまうような気がした。モアイたちは真人の自由を羨ましがり、嫉妬し、それで真人を嫌っている。そんな気がしたからだ。
 もうもうたる砂煙を上げて、真人は車を走らせた。道は蜘蛛の巣のようにあちこちに伸びているが、道から外れると柔らかい砂地だ。道から外れないように気を付けながら車を飛ばした。
 砂漠の中の遊園地は緑に包まれていた。木々に囲まれた白く美しい城。走るジェットコースター。ゆっくりと回る観覧車。近付くにつれて、楽しげな音楽が聞こえてくる。
 巨大なゲートの前に車を停めて、真人は車を降りた。
 切符売り場には大きな目と耳を持つ可愛らしいネズミがいた。
「人間の大人は3500だ」
 ネズミが早口に言った。
「お金持っていないんですけど」
 真人は恐る恐る言った。
 蝶ネクタイをした、大きな顔のネズミがじろっと真人を見た。
「じゃ、タダでいいや。今日は暇だし。入っていいよ」
「ありがとう」
 広場の両脇には様々な売店が並び、奥にはいくつも建物が見える。広場には大きなテントが張られ、ルレラパサーカスの文字が大きく書かれている。あちこちを歩いているのはぬいぐるみと曲芸師ばかりで、客らしい人は一人も見えない。
 真人は近くに来た大きな小人のぬいぐるみに話しかけた。
「すみません。女の子を見ませんでしたか? 六、七歳で金髪の」
「ああ、見たよ。どこだったっけな。ああ、かなり前だけど、サーカスのテントに入っていったよ」
 ぬいぐるみの口が動いた。それはぬいぐるみでなく、本物だった。
「ありがとう」
「思いっきり楽しんでいってください」

 真人はサーカスのテントに行き、中に入った。客席には誰もいなかった。客席に囲まれた広場でピエロが玉乗りをしている。直径一メートルほどの玉の上にバスケットボールほどの玉が乗り、その上にまた直径一メートルほどの玉が乗っていた。三つの玉の上でピエロが微妙にバランスを取り、誰もいない客席に手を振っている。
 真人はピエロの横を通り過ぎて楽屋へ向かった。
 楽屋へ通じるシートをめくると、目の前に大きなライオンが寝そべっていた。
 檻に入っているわけでも、鎖につながれているわけでもない、体長が二メートルはあろうかというライオンを見て、真人は慌てて引き返した。ライオンは首を上げて真人を見るとガオーッと吠えた。
 真人は元来た道を走った。ライオンの走るザッ、ザッという音が聞こえる。
 頭の上を跳び越えて、ライオンは真人の目の前で低く構えた。ライオンの磨かれたような白い牙を見て、真人は全身が縮む思いをした。
「何か用があったんじゃないのか」
 低く張りのある声でライオンが言った。
「あ、あの、人を捜しています」
 真人は歯がカチカチと合わすに、うまく言葉を喋れない。
「人? 今日来たのは女の子が一人きりだ」
「そう、その女の子」
「今いないってことは、もう出ていったんじゃないか」
 ライオンは周りを見まわしてから言った。
「そ、そうですね。じゃ」
 真人は出口へ向かおうとした。
「ちょっと待ちな」
 ライオンの声に真人はびくっとして立ち止まった。
 ライオンがガオーと吠える。
 奥から様々な動物が出てきた。像、トラ、キリン、シマウマ、カバ、犬、サル・・・・ それぞれがきらびやかな衣装をまとっている。
「何だい、団長」
 キリンが真人の遥か頭上で言った。
「さっき来た女の子はいつ出ていった?」
 ライオンが言った。それで真人はこのライオンがサーカスの団長なのだと気が付いた。
「俺たちが終わってからだよな、ワン」
 ぶちの犬たちが他の動物をかき分けて前に出てきた。
「そう、そう、ワン。金色の髪の毛の可愛い女の子だったワン」
「もっと見ていたいようだったけれど、犬顔のポチが案内していたからな、ワン」
「ああ、あのせっかちじゃ、ダメだ」
 象が鼻をぶらぶらさせながら言った。
「次は俺の華麗な空中ブランコだったのによ」
 どすのきいた声で言ったのはトラ。
「あれで華麗っていうんだから、驚いちまうよな」
「何か言ったか?」
「いえいえ」
 ぶつぶつとトラに文句を言ったのはサルだった。
「三十分くらい前だな、そうすると」
 団長のライオンが真人を見て言った。
「ありがとう。皆さんもありがとう。また機会があったら見に来ます」
「ああ、ぜひ見に来てくれたまえ」
「俺たちのサーカスを見られるなんて、幸せ者だぜ」
「なんてったって俺たちは世界一だからな」
 口々に言う動物たちに手を振って、真人はサーカスのテントを出た。
 テントの外で、さっきの大きな小人の本物のぬいぐるみが待っていた。

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