44 / 46
第四章
9
しおりを挟む
その見晴らしの良い、自殺の名所でもある断崖の上にある公園で雅彦と中島は全くの偶然に出会った。中島に親しげに声をかけられた時、最初、雅彦は相手が誰だかわからなかった。気安い中島に比べ、雅彦は学生時代のように距離を置いた会話しかできなかった。
突然、中島の態度が変わり、さっき中島が言った言葉を、その時の中島も言った。
雅彦の誘いに中島はまんまと乗った。靴を脱ぎ、断崖の前に立って海に飛び降りようとする雅彦に、中島は慌てて駆け寄った。
中島が服を掴もうとした瞬間、雅彦はサッと体を入れ替えて後ろから中島の背を押した。
運動神経の良い中島は危うくかわし、雅彦の服に手を伸ばした。雅彦は服を掴ませないようにしながら、中島を海に突き落とそうと腕を振り回した。
中島が雅彦の服を掴み、強引に体を入れ替えた。
海を背にした雅彦はもう一度体を入れ替えようとして中島と揉み合った。
雅彦が数日前に思い出した記憶はそこからだった。
片足を滑らせ、バランスを崩して海へ落ちそうになる雅彦の腕を、中島は必死になって掴み、何とか引き上げようとした。
しかし落ちかけていた雅彦を引き戻すには、人ひとりの力では無理だった。咄嗟に雅彦から離れようとした中島だったが、すでに体勢を立て直すには遅かった。海へ道ずれにしようとする雅彦は中島の服をしっかり握りしめていた。
二人一緒に数十メートル下の海に落ちた。
「俺は海から引き上げられて、一カ月も眠り続けた」
醜い中島は、低くはっきりしない声でずっと話し続けている。
三年前の事件は自殺未遂でも、殺されそうになったのでもなかった。雅彦が殺そうとしたのだ。そんな単純なことで今まで悩んでいたのか。
雅彦は声に出して笑い出したい気分だった。頭痛も体の痛みも、何も無い。今までとは別の世界に生きているようだ。
「何が可笑しい」
中島がそれまでと違って怒りに満ちた声で言った。きっと雅彦の解放された気分が顔にまで出ていたのだろう。
「お前は気が狂っている」
冷静な声で雅彦は言った。
「俺が? 馬鹿な。気が狂っているのはお前じゃないか」
そこで言葉を切り、中島はじっと雅彦を見つめた。
「俺はお前が好きだった。初めて話をした時に、いい友達になれると思った。一生の親友になれると思った」
中島の声はより低くくぐもり、震えた。
「俺がお前と親しくなろうとすればするほど、お前は逃げようとした。俺を嫌って逃げようとした。俺がどんなにつらかったか、お前にはわかるか?」
真直ぐ見つめる醜い顔の真剣な目に、雅彦は思わず笑い出したくなった。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。この救いようもない大馬鹿者にはその醜い姿がぴったりだ。
「だから三年前に偶然、お前に会った時、俺は嘘をついた。今までの仕返しのつもりだったし、もしかしたら、そのちょっとした冗談から、いい友達になれるかもしれないと思った。それなのにお前は冗談を本気に取り、恐ろしい事をした」
中島は涙を流していた。涙は岩肌のような皮膚に滲み、不気味に光った。
突然、中島の態度が変わり、さっき中島が言った言葉を、その時の中島も言った。
雅彦の誘いに中島はまんまと乗った。靴を脱ぎ、断崖の前に立って海に飛び降りようとする雅彦に、中島は慌てて駆け寄った。
中島が服を掴もうとした瞬間、雅彦はサッと体を入れ替えて後ろから中島の背を押した。
運動神経の良い中島は危うくかわし、雅彦の服に手を伸ばした。雅彦は服を掴ませないようにしながら、中島を海に突き落とそうと腕を振り回した。
中島が雅彦の服を掴み、強引に体を入れ替えた。
海を背にした雅彦はもう一度体を入れ替えようとして中島と揉み合った。
雅彦が数日前に思い出した記憶はそこからだった。
片足を滑らせ、バランスを崩して海へ落ちそうになる雅彦の腕を、中島は必死になって掴み、何とか引き上げようとした。
しかし落ちかけていた雅彦を引き戻すには、人ひとりの力では無理だった。咄嗟に雅彦から離れようとした中島だったが、すでに体勢を立て直すには遅かった。海へ道ずれにしようとする雅彦は中島の服をしっかり握りしめていた。
二人一緒に数十メートル下の海に落ちた。
「俺は海から引き上げられて、一カ月も眠り続けた」
醜い中島は、低くはっきりしない声でずっと話し続けている。
三年前の事件は自殺未遂でも、殺されそうになったのでもなかった。雅彦が殺そうとしたのだ。そんな単純なことで今まで悩んでいたのか。
雅彦は声に出して笑い出したい気分だった。頭痛も体の痛みも、何も無い。今までとは別の世界に生きているようだ。
「何が可笑しい」
中島がそれまでと違って怒りに満ちた声で言った。きっと雅彦の解放された気分が顔にまで出ていたのだろう。
「お前は気が狂っている」
冷静な声で雅彦は言った。
「俺が? 馬鹿な。気が狂っているのはお前じゃないか」
そこで言葉を切り、中島はじっと雅彦を見つめた。
「俺はお前が好きだった。初めて話をした時に、いい友達になれると思った。一生の親友になれると思った」
中島の声はより低くくぐもり、震えた。
「俺がお前と親しくなろうとすればするほど、お前は逃げようとした。俺を嫌って逃げようとした。俺がどんなにつらかったか、お前にはわかるか?」
真直ぐ見つめる醜い顔の真剣な目に、雅彦は思わず笑い出したくなった。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。この救いようもない大馬鹿者にはその醜い姿がぴったりだ。
「だから三年前に偶然、お前に会った時、俺は嘘をついた。今までの仕返しのつもりだったし、もしかしたら、そのちょっとした冗談から、いい友達になれるかもしれないと思った。それなのにお前は冗談を本気に取り、恐ろしい事をした」
中島は涙を流していた。涙は岩肌のような皮膚に滲み、不気味に光った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる