微笑

原口源太郎

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第四章

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 その見晴らしの良い、自殺の名所でもある断崖の上にある公園で雅彦と中島は全くの偶然に出会った。中島に親しげに声をかけられた時、最初、雅彦は相手が誰だかわからなかった。気安い中島に比べ、雅彦は学生時代のように距離を置いた会話しかできなかった。
 突然、中島の態度が変わり、さっき中島が言った言葉を、その時の中島も言った。

 雅彦の誘いに中島はまんまと乗った。靴を脱ぎ、断崖の前に立って海に飛び降りようとする雅彦に、中島は慌てて駆け寄った。
 中島が服を掴もうとした瞬間、雅彦はサッと体を入れ替えて後ろから中島の背を押した。
 運動神経の良い中島は危うくかわし、雅彦の服に手を伸ばした。雅彦は服を掴ませないようにしながら、中島を海に突き落とそうと腕を振り回した。
 中島が雅彦の服を掴み、強引に体を入れ替えた。
 海を背にした雅彦はもう一度体を入れ替えようとして中島と揉み合った。
 雅彦が数日前に思い出した記憶はそこからだった。
 片足を滑らせ、バランスを崩して海へ落ちそうになる雅彦の腕を、中島は必死になって掴み、何とか引き上げようとした。
 しかし落ちかけていた雅彦を引き戻すには、人ひとりの力では無理だった。咄嗟に雅彦から離れようとした中島だったが、すでに体勢を立て直すには遅かった。海へ道ずれにしようとする雅彦は中島の服をしっかり握りしめていた。
 二人一緒に数十メートル下の海に落ちた。
「俺は海から引き上げられて、一カ月も眠り続けた」
 醜い中島は、低くはっきりしない声でずっと話し続けている。
 三年前の事件は自殺未遂でも、殺されそうになったのでもなかった。雅彦が殺そうとしたのだ。そんな単純なことで今まで悩んでいたのか。
 雅彦は声に出して笑い出したい気分だった。頭痛も体の痛みも、何も無い。今までとは別の世界に生きているようだ。
「何が可笑しい」
 中島がそれまでと違って怒りに満ちた声で言った。きっと雅彦の解放された気分が顔にまで出ていたのだろう。
「お前は気が狂っている」
 冷静な声で雅彦は言った。
「俺が? 馬鹿な。気が狂っているのはお前じゃないか」
 そこで言葉を切り、中島はじっと雅彦を見つめた。
「俺はお前が好きだった。初めて話をした時に、いい友達になれると思った。一生の親友になれると思った」
 中島の声はより低くくぐもり、震えた。
「俺がお前と親しくなろうとすればするほど、お前は逃げようとした。俺を嫌って逃げようとした。俺がどんなにつらかったか、お前にはわかるか?」
 真直ぐ見つめる醜い顔の真剣な目に、雅彦は思わず笑い出したくなった。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。この救いようもない大馬鹿者にはその醜い姿がぴったりだ。
「だから三年前に偶然、お前に会った時、俺は嘘をついた。今までの仕返しのつもりだったし、もしかしたら、そのちょっとした冗談から、いい友達になれるかもしれないと思った。それなのにお前は冗談を本気に取り、恐ろしい事をした」
 中島は涙を流していた。涙は岩肌のような皮膚に滲み、不気味に光った。
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