グルドフ旅行記

原口源太郎

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グルドフ旅行記・10 靴職人レンダルの非日常な出来事

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 小さなテーブルの上にローソクがひとつ。小さな炎がゆらゆらと揺れている。
 部屋はさして大きくなかったが、そのローソク一本で全体を明るく照らし出すには役不足だった。
 ローソクを囲むようにして二人の男が椅子に座っている。一人は皮の帽子を被り、顔の半分ほどを覆う髭は長いが、きちんと刈り揃えられている。もう一人の頭髪は短く刈り込まれているが、顎は無精ひげで黒々としている。
 ローソクの炎がわずかな風に揺れて、熊のような男たちの影も壁で大きく揺らめいた。
「そいつは本当に金になるのか?」
 短い髪の男が声を潜めて言った。
 時刻は真夜中。大抵の人々は深い眠りの中にいる。
「絶対になる。そいつの作る靴は人気があり過ぎて、今注文しても出来上がるのは二十年後とも三十年後とも言われてる。それだけ待ってもそいつの靴が欲しいって輩がごまんといるってわけだ」
 皮帽子の男が問いかけに応えて説明する。
「じゃ、そいつが作った靴を盗んで売ろうってのか? 大した金にはならんと思うが」
「靴なんか売れんさ。予約の順番が来ると靴屋は客の足を細かく採寸して、その客にしか履けない靴を作るんだ。完成品の在庫なんてない」
「それじゃ今まで靴を売って稼いだ金をたんまり蓄えているというわけだ」
「さあ。それはわからねえ」
「じゃ、どうして金になるって言えるんだ?」
 短い髪の男はむっとした表情で言った。
「そいつの作った靴のためなら幾らでも金を払うという奴が何十年先まで控えているんだぞ? 人数にしたら百人は下らねえ。そいつらから金を巻き上げるのよ」
「よくわからねえ。どうやってやるんだ?」
「靴屋を誘拐して、そいつのオーダーリストの端から、靴屋に今まで通り仕事をしてほしかったら金を寄越せと脅すんだ」
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