お家に帰る

原口源太郎

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 源太郎の背丈ほどもある岩が乱立するように並び、川に迫る山肌は流れに削られてそそり立っている。
 源太郎はしぶきを上げる川の水に濡れながら、岩にしがみつき、乗り越え、時には水にはまって転びそうになりながらも下流へと向かった。
 ひときわ大きな岩を回った時、その向こうに岩ほどもある黒いモノがいた。
 源太郎が気付くのと、熊が振り向くのと同時だった。
 熊は両前足を高く上げて吠えた。
「わっ」
 源太郎はびっくりして叫び声をあげた。その拍子に岩を掴んでいた手が離れ、バランスを崩して水の中に落ちた。
 流れに足を取られながらもなんとか立ち上がると、こけないように気を付けながら川の中を走る。
 熊も四本の足で走り、源太郎を追う。
 足を滑らせて源太郎は転んだ。熊がその上に覆い被さる・・・・
 一瞬、源太郎のほうが早く逃げた。流れの激しい方へ跳び込む。
 背中や足を岩に打ち付けながら、流されるというよりは転がるようにして源太郎は激流に飲み込まれていく。

 熊笹をかき分けながら、面長男と丸顔男が辺りを探るよぅにしながら歩いてきた。
「兄貴、途中で引っ掛かってるんじゃないっすか?」
「いや、あれを見ろ」
 面長男の視線の先で熊笹が倒れ、点々とした血の跡がある。
 面長男はそこにしゃがみこんで血の跡をよく見る。
「やっぱりガキの血みてーだ。近くにいるかもしれねえ。捜せ」
 熊笹の茂みは、源太郎がどこに向かったか、その形跡をそれ以上示してはいなかった。
「いねえみたいだ」
 しばらくあちこちを歩き回ったのち、面長男が言った。
「この藪の中じゃ、居たってわからないっすよ」
「藪の中で死んでるんならいいんだが」
「生きてて逃げちまってたら? やばいっす」
「だから捜してんだろ。逃げたんなら多分下流だ。行くぞ!」
「はい」
 笹の中に座り込んでいた丸顔男は、渋々といった感じに立ち上がった。

 虹を浮かべて水煙が立っている。十メートルもないだろうが、ゴツゴツとした岩が壁のように重なり合った滝を水が勢いよく流れ落ちている。
 源太郎は滝つぼに落ちる水に逆らい、滝の中腹にある岩にしがみついていた。激しい水の流れが顔を打ち付ける。
 一人の少女が森の中から現れた。歳は十六、七。綺麗だがどこか寂しい陰のある顔をしている。少女の服装はこの山奥を歩くには似つかわしくない。履いているスカートや上着は、幾度も枝に引っ掛けたらしく、細かく破れたり綻びたりしていた。
「へー。こんな所にも滝があるんだ」
 少女は滝つぼの周りの少し広くなった河原を歩き、滝に近づいていく。
 そして滝の中腹でぶら下がっている源太郎に気付き、ハッと息を飲む。
 少女がよろよろと滝に近づきかけた時、源太郎が落ちた。
 両手を口に当て、目を見開いていた少女は、我に帰り、滝を目指して走る。河原の石に躓き、足を取られて転びそうになりながらも走る。
 滝つぼに源太郎が浮かんできた。水の中で力なくもがいて水上に頭を出そうとしている。
 少女は水の中に足を踏み入れ、手を伸ばす。
「摑まって!」
 少女が叫んだが、滝つぼに落ちる水の音が大きくて源太郎の耳に届かない。
 少女はさらに水の中に足を踏み入れ源太郎の腕を掴んだ。
 もがく源太郎に引っ張れて少女は川の中でひっくり返った。
 結局ずぶ濡れになりながら、少女は半ば気を失いかけた源太郎を抱えるようにして水のないところまで引き上げた。少女の頬に濡れた髪が張り付き、その先からいくつもの雫が滴り落ちる。
 河原に寝かした源太郎の肩を少女が揺さぶる。
「大丈夫?」
 源太郎が目を開ける。
「あ、僕は?」
 起き上がろうとしてゲホゲホと水を吐き出す。
「大丈夫?」
 少女は源太郎の背中をさすってやろうとする。
「キャ!」
 びっくりしたように少女は手を引っ込めた。
 源太郎の服はズタズタに破れていた。特に背中は斜め一文字に裂け、傷口から血が流れ出している。源太郎はほかに腕や額からも血を流している。
「どうしよう」
 少女はおろおろと呟くように言った。
「平気だよ」
 そう源太郎は言ったが、声は弱々しかった。
 少女は上着とカーディガンを脱ぎ捨てると、ブラウスも脱ぎ、バッグから小さなハサミを出してブラウスを切った。
 源太郎の服を脱がせ、切ったブラウスを傷口に巻く。
「こんなことやったことがないからよくわからないけれど、とにかく血を止めなきゃね」
 源太郎は少女の上半身の下着姿に照れながら、手当てされるままになっている。

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