トノサマニンジャ

原口源太郎

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第一章

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 日は頭上高く上っていた。
「徳川には開戦直後から三成の軍に攻め入ると話が付いているのですぞ。家康公は怒っているに違いない」
 それまでの重苦しい沈黙を破って飯田元右が言った。
「うむ」
 友行はあやふやに返事をしたのみであった。
「ごめん!」
 突然大声を出し、元右は太刀を抜きながら立ち上がった。そのまま正面の床几に座る山口直信に斬りかかる。
「何をする!」
 床几から転げ落ちるように尻餅をついた直信の喉元に刀を突き入れた。
 周りの者たちが刀に手をかけて立ち上がる。
「鎮まれ!」
 元右が再び大声を上げて制した。そして友成を見る。
「殿、もう猶予はありませぬ。戦が済めばどのようなお裁きも受けますゆえ、今は戦の命令を」
 元右は落ち着いた声で言った。
 驚いていた友行が立ち上がる。
「わかった。おぬしにそのようなことをさせてしまい済まなかった。これより大谷陣に攻め入る。先鋒は松川伸之」
「お待ち下され」
 直信の隣に座っていた毛利勝義が声を発した。直信が三成方の一番手なら、勝義は二番手という存在であった。
「殿がそう命じられるのなら、それに従いましょう。しかし私は石田三成殿に従うことを主張していたゆえ、二心あると思われたくありませぬ。私が先鋒を務めましょう」
「わかった。よいな」
 友行はそう言って元右を見た。
 元右は血の付いた刀を手にしたまま黙っている。
「あとの差配は飯田元右に任せる」
「は」
 元右は刀の血をぬぐいながら頭を下げた。すでに昨夜のうちから、大谷陣に攻め込む布陣は決まっている。
「承服できぬ!」
 家臣たちの末席付近で声を出す者がいた。
 その男もまた、小早川秀秋のために豊臣から遣わされた元小早川家家臣、松沢元重であった。
「裏切りは末代までの恥である」
「承服できぬ者は去るがよい」
 友成は落ち着いた声で言った。もう戦の覚悟ができている。
 元重はそのまま何も言わずに陣を出ていった。
「他にも従えぬという者がいれば去れ。止めはせぬ」
 友成はそう言って家臣たちを見まわした。

 毛利勝義の隊が先陣を切って松尾山を駆け下りた。
 攻め入ったのは三成方の大谷吉継の陣である。
 その戦いの最中に徳川家康撤退の一報が入った。
「どうする?」
 友成はまだ陣に残る元右に尋ねた。
「これ以上の戦いは無用。兵を引くしかありますまい」
「しかし筑前には帰れぬぞ」
「そうですな」
 そう言って元右は押し黙った。
「家康の後を追うしかありますまい」
 小考後に元右が言った。
「至急兵を引き、ここを下りる」
 友行は命令を下した。

 大谷の陣に攻め入っていた毛利勝義は引かなかった。
「大谷の軍は我らが留めておく。安心していかれよ」
 そんな勝義の言葉を使者が友行に伝えた。
 戦場から撤退するにあたって、多くの家臣たちが離反した。友行に従ったのは美濃の頃から永野に仕えている者がほとんどであった。
 そしてその途上で徳川家康から、追手あればその場に留まり迎え撃つこと、追手無ければしんがりを務めよとの連絡があった。
 半数以上の兵が離反したとはいえ、まだ五千以上の兵を永野は抱えていた。

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