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「もう一度、花瓶で風上の頭を殴ってとどめを刺さずにナイフを使ったのは、偽の手がかりを残すためだったんだ。だからナイフを使う前の現場には犯人の手がかりがあった。おしりの財布は風上を殺したあとでポケットに入れておくことができた。小銭入れを置くこともドアにカギを掛けることも」
「じゃ、森の財布?」
「うん。そう考えると死体の口に詰め込まれた小銭の意味もわかる」
「ん?」
 僕はよくわからずに所を見た。
「今度は犯人の行動を時間を追って考えてみよう。俺は森が犯人だと思うからその行動だ。十二時半にマージャンがお開きになりみんな自分の部屋に帰る。ところが森はもう一度借金の話をしようと風上の部屋に行く。そこで口論になりついカッとなって風上の頭を花瓶で殴ってしまう。殺してしまったと思った森は怖くなって自分の部屋に帰る。ところが部屋に帰ってみると財布を持っていないことに気付く。きっと風上のところに置いてきてしまったんだ。慌てて風上の部屋に戻ってみると風上は床に横たわっていたがまだ意識があった。風上は森の財布を掴んで警察にお前が犯人だとわかるようにすると言う。財布はすでに血まみれだ。そしてその場で森の財布の小銭を口に入れる。そしてこう言う。『お前の金は腹の中だ。腹に入った金から指紋が採れるかわからないが、もし採れたらお前はすぐに捕まる』それを聞き、森は青くなる。『救急車を呼ぶから待ってくれ』とでも言って部屋の外に出た森は何とかしようと考える。飲み込んだ小銭を吐き出させるにはどうするか。腹を切って取り出すか。結局、小銭を取り出す事は諦める。その時、下川が大きなナイフを持っていることを思い出す。それで風上を殺せば疑いは下川にいくかもしれない。下川の部屋のカギを拝借するついでに風上の部屋のカギも借りて、風上の部屋のカギを掛けておけば物取りの犯行だと思われるかもしれないし、飯山も疑われるかもしれないと考える」
 熱心に話を聞いている僕の顔を所が覗き込む。
「何?」
「今言ったことはあくまでも俺が考えたシナリオだからね。かなりこれに近い感じで物事は進んだと思うけど、全く違うかもしれない」
「うん」
 僕は頷く。
「ついでに、ここに居る全員が疑われるようにしてしまえと森は考えた。手掛かりが多ければ多いほど自分の手がかりは重要なものでなくなるかもしれない。そして森は危険を承知で他人の部屋に忍び込み、手がかりを集めた。森のナイフを使ってとどめを刺し、財布をポケットに入れ、小銭を口に突っ込む。これは風上が飲み込んだ自分の小銭を他の者の小銭と混ぜるためだ。腹の中までは入れられなかったけどね。あとは頃合いを見て窓の外に向かって大きな声で悲鳴を上げた後、自分も寝ぼけたふりをして恐々ドアを開けた」
「なるほど。確かに森が犯人だ」
 正解かどうかはわからないけれど、こんな短時間にこの複雑怪奇な事件の辻褄を合わせてしまうとは流石だ。
 僕の言葉を聞いて所が立ち上がった。僕もそれに続く。
 次に先輩に会うのが楽しみだ。自分の実力じゃないけれど、答えはわかった。あとは明日まで所から聞いたことを、この酔っぱらった頭が覚えていてくれることを祈るのみだ。
 僕は嬉しくなって笑い出したくなった。
 所も嬉しそうな顔で僕を振り返って言った。
「さて、次、どこに飲みに行く?」


                              終わり
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