見てはいけないものが見えてしまう

原口源太郎

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 私はごく稀にだが、普通の人には見えないものが見えてしまうときがある。というより、見たくないものが見えてしまう。もっと正確に言えば、見てはいけないものが見えてしまうということになるのだろうか。
 あるアパートに入居した日の夜、枕元に人の気配を感じて振り向いた。
 部屋は暗かったが、はっきりと枕元に立っている女の姿を見ることができた。
 私は心臓が止まりそうになった。かろうじて止まらずに済んだのは、今までにも何度か似た経験をしてきたおかげだ。
 長い髪の女は顔面血だらけで、頭の半分ほどがめり込むように陥没していた。
 それこそ普通の人が見ることのできないものだった。
「あ、あの、どちら様ですか?」
 私は何とか心を落ち着け、ベッドから起き上がりながら女に尋ねた。
「私は美咲。あなたは私の姿が見えるのですね?」
 恐ろしい姿とは裏腹に女の声は優しい。この声も普通の人なら決して聞くことはないだろう。
「たまにあなたのような人が見えてしまうのです。申し訳ない」
「いえ、気付いてもらえて嬉しいです」
 女は血だらけの顔で微笑んだ。
「それで私に何か用でもあるのですか?」
 やっと女の不気味な姿にも慣れてきた。
「はい。私はあの女が憎くて、憎くて、死んでも死に切れません。もう死んでしまいましたが」
「はあ。それで、私にどうしろと? あなたを殺した人間に復讐をしたいのですか?」
「いえ。彼は悪くはないのです。彼というのは私の恋人ですが。彼は警察に捕まり、一生、刑務所から出てこられないと思います。私が憎いのは、私の恋人を奪った女なのです」
「その女に憑りついてやったのですか?」
「いえ、女の居場所を知りませんし、私、こう見えても小心者であまり外に出歩かないたちなので」
「え? 外に出歩かない? ということは、あなたはここで殺された?」
「はい。そうです」
「不動産屋はそんなこと、一言も言ってなかった」
「言ったら誰もここに住もうなんて思いません」
「いや、そういう問題じゃない。まあ、いいや。それは置いておいて。恋人を奪った女の話をしましょう。あなたの憎む女があなたの恋人を誘惑して、あなたを殺させるように仕組んだ。そういうことですか?」
「いえ、そこまではしていないと思います。そうならその女も警察に捕まったでしょうし」
「ということは、女があなたの恋人と恋に落ちた。あるいはあなたの恋人が一方的に熱を上げただけかもしれませんが、とにかく女はあなたの殺害に直接的には関わっていないということでしょ?」
「そうですね」
「じゃ、あなたの恋人はなぜそのような酷いやり方であなたを殺したのですか?」
「なぜ。・・・・彼は私と別れたいと言いました。私は彼のことをとても愛していたので、絶対に別れないと言い・・・・」
「言い争いになった。そして彼はあなたを」
「はい」
 頭の欠けた女は血だらけの顔で涙を流し始めた。
「お悲しみの最中で申し訳ないのですが、それで女を恨むというのはお門違いじゃないですか? あなたが殺されたのはあなたと彼との問題であって、しかも、こんな言い方はかわいそうですが、あなたが彼の別れ話に素直に応じていれば、彼も一生を刑務所で終えることなく幸せな人生を送ることができたかもしれません」
「ああ」
 女は悲痛な声を出した。
「別にあなたが悪いと言っているわけではありません。巡り合わせが悪かっただけのことです。今まであなたのような人を何人か見てきましたが、ものの見方や考え方を変えれば、それほどこの世に留まっている必要なんてないと気付くはずです」
「そうですね。私が間違っていたかも。・・・・何だか心が安らかになってきました。ありがとうござ・・」
 女の最後の言葉は消えていき、聞き取ることができなかった。それと同時に女の姿も消えた。無事成仏してくれたのだろう。
 私もやっと心を落ち着けて眠ることができそうだ。

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