見てはいけないものが見えてしまう

原口源太郎

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 また平和な夜が戻った。
 と、思ったのも束の間だった。
 死神様が去った数日後、眠りから覚めた時に、背筋にぞわぞわっとした悪寒が走った。
 真っ暗な部屋の中に誰かいる。
 私はベッドに横たわったまま、ゆっくりと首を左右に動かして暗い部屋の中を見まわした。
 薄ぼんやりと光る人の姿があった。
「随分と捜しました」
 影のような姿が言った。
 聞いたことのある声のようだった。
 頭の半分潰れた血だらけの姿を見て思い出した。
「あなたは」
「美咲です」
「成仏したんじゃなかったのですか?」
「はい。あの時、ふわふわした感じで気持ちよくなって、すーっと意識が揺らいでいって・・・・。でもその時、私、考えてしまったのです。あんなに優しい、虫も殺せないようなあの人が私にこんなひどいことをするはずがないって」
「でも、実際は彼がやったんでしょ?」
「はい。それは彼の意思じゃなかったと思うのです。きっと裏であの女が指図していたのです」
「それでその女に憑りついて、呪い殺してやりたくて、またこの世に戻ってきたわけ?」
「そんな、憑りついて呪い殺すなんて、そんな恐ろしいことはできません」
「じゃ、どうするの?」
「ここにいて、女を呪ってやります」
「それは困る。アパートに帰ってくれ」
「一人じゃ心細くて。お願いですからここにおいてください」
「駄目だ」
「お願いします」
 そう言って女は、血だらけの手で血だらけの顔を覆ってしくしくと泣き出した。
「おいおい、泣かないで」
「こうなったらあなたを呪ってやります」
「馬鹿なことを言うな。わかった。ここにいていいから静かにしていてくれ」
 そう言ってから、私は考えた。こうなったら何が何でもこの女を成仏させなければならない。しかしどうすればいいのだろう。

「取りあえず彼を奪ったという女を捜してみる。見つかったらすぐに女のところに行って呪い殺してくれ。ここで呪っていたって女に伝わるかわからない」
「でも」
「嫌なら私は一切協力しない」
「じゃ、あなたを呪います」
「おい、止してくれ」
「ごめんなさい。わかりました。おっしゃる通りにいたします」
 女の幽霊はしおらしく言った。
 それから私は事件について知っているかぎりのことを女から聞いた。
 次に男や女の名前で検索をして事件のことを調べた。
 するとすぐにおかしなことに気が付いた。
 さらに詳しく調べ、遂に相手の女の居場所を突き止めた。
「女を見つけた。明日様子を見に行ってくる。一緒に行く?」
 私は幽霊に尋ねた。
「いえ、私は夜にしか動けません」
「じゃ、帰ってきてから女の居場所を教えるから」
「はい。ありがとうございます」
 頭の潰れた女は深く頭を下げた。

 幽霊の彼を奪ったという女は、事件のあった時に住んでいたマンションにまだいた。私は丸一日かけて女を知っている人を捜し、様子を聞いた。
 想像した通りだった。それはネットで調べて感じていた結果を裏付けるものだった。
「色々とわかったよ」
 その日の夜、私は枕元に立つ女に言った。
「そうですか。ありがとうございます」
「彼の新しい恋人は事件があってから、毎日のように泣いていたそうだよ。そして今でも時々彼に会いに行っている。彼女は彼が出所するまで待つつもりらしい」
「まあ。でも、あの人は一生刑務所から出られないのではないのですか?」
「いや。調べてみてすぐにわかったんだけど、先に手を出したのはあなたのほうだよね?」
「え? ええ。ついカッとなってしまって」
「ついカッとなって何をしたの?」
「その、台所に行って包丁を持ってきて・・・・」
「包丁で彼を刺し殺そうとした」
「いえ、そんな、殺そうなんて。ちょっと脅かして彼の心を変えようと」
「とにかく素手の彼を相手に、包丁を振り回した。当時の事件のニュースを見ると出てる。彼は沢山の小さな切り傷を負っていたと。あなたは相当激しく包丁を振り回したのでしょうね」
 女はまた感情的になって両手で顔を覆い、泣き出した。いくら泣いても殺された時のビジュアルはそのままだ。
「殺人を犯したという罪は変わらないが、彼はかなり情状酌量されて、それほど長い間、刑務所にいなくて済みそうだ。だから恋人も待ってる。これはどう見ても悪いのはあなただと思うが」
 私は半分顔の潰れた女にきっぱりと言ってやった。もう、女が成仏しようがしまいが関係ない。そうしたほうが女はここから出ていってくれるだろうと考えたからだ。
「ああ。私が悪かった。私が悪かった。私が・・・・」
 呻くような女の声は、その血だらけの姿と共に徐々に薄れていき、やがて跡形もなく消えた。
 私はしばらくの間、その何もない黒い空間を見つめた。そして再び女が姿を現さないのを確認してから布団に潜り込んだ。

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