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私が何かで大損をする前に貧乏神様は名残惜しそうにこの家を出ていった。私は少々可哀相だと思ったが、しばらくの間は(少なくとも百年以上は)この家に来ないと約束をしてから出ていってもらった。
それからまた、安らかな夜を過ごすことができるようになった。しかしそれがいつまでも続かないだろうということは覚悟していた。今までの流れからいって、そう簡単に心休まる日々が続くはずがない。
案の定、また夜中に誰かが部屋に現れ、私は目を覚ました。
幽霊や貧乏神様のように自ら光を発しないその姿を見て、私はすぐに誰だかわかった。
「また来てやったぞ」
死神様は私に気が付いて言った。
「来てくださいと頼んだ覚えはありません」
私はうんざりして言った。
「何だ。この前は歓迎してくれたではないか」
「この前はこの前。色々と事情が変わりました」
「そうか。では今回は歓迎されていないというわけだな?」
「はっきり言って申し訳ないのですが、その通りです」
「うむ」
死神様の表情は暗くて全く見えないが、きっと落胆の色を浮かべているのだろう。
「何か用でもおありですか?」
「貧乏神から、お前が早まったマネをするかもしれないと聞いたから、様子を見に来た」
「早まったマネなんかしません」
「そうか。それならいいが」
「早く死んでくれたら死神様は嬉しいんじゃないのですか?」
「そんなことはない。誰も皆、死亡日時は定められている。時々それを自分で勝手に早めてしまう輩がいるので困るのだ。私は人間の死を早めることはできるが、人間のほうで早めてしまうと予定が狂うので困る」
「そういうものなのですか」
「そういうものだ」
「私は早まったマネなんてしませんから、帰ってもらって結構です」
「そうか。わかった。私は貧乏神から話を聞いてお前の力になってやりたいと思った」
「私の力に?」
「私が人間にできる事といったら、その寿命を教えてやるか、死に様を教えてやるくらいだと思っていたが、もうひとつ出来ることがあるのを忘れていた。ほとんど使うことがないからな」
死神様はもったいぶったように、そこで言葉を切った。
「それはどのようなことなのですか? 私にしてくれるのですか?」
「そうだ。私は人間の霊感を弱めることができる。お前がその強すぎる霊感に困っていると聞いたから思い出した。どうする?」
「もちろん、そのようなことができるのなら、お願いします」
「お前のような人間がたまにいたから、私らの存在が人間に知られている。私としてはできればそのままでいてほしいと思うが」
「私はそのままでいたくないです」
私は強く言った。この特別な霊感がなくなったら、これから先の人生はどれほど素晴らしいものになるだろう。
「わかった。では、二度と私と話をすることもないだろう。さらばだ」
そう言ってから死神様は何やら小声でごにょごにょと呟いた。
すると目の前の闇に浮かび上がる死神様の黒い姿が、すーっと消えていった。
「死神様?」
呼びかけてみたが、何の反応もなかった。
「ありがとうございます」
私は何もない真っ暗な部屋の空間に向かって言った。
私は普通の人間になった。もう幽霊も神様も見ることはないのだろう。この素晴らしい家を今度こそ独り占めできるのだ。
そんな喜びに満ちた一日を過ごした日の夕方、携帯が鳴った。
不動産屋からだった。
「家主さんが北海道から戻ってくることになりました。別の物件をご案内いたしますので、お早めに当店へお越しください・・・・」
私は狭いアパート暮らしに戻った。
あの家は気に入っていたが、私が建てたものではないから仕方がない。夜中に暗い部屋で何者かの気配を感じて起きることがなくなったので、それで良しとするしかない。あの家に行かなければこの平和な夜は手に入れることができなかった。
そしてアパートでの平穏な日々が一年続いた時に、また不動産屋から電話があった。
今度はこのアパートを出ていってくれと言われるのではないか? 私は何も悪い事はしていないのに。
そんなことを考えながら電話に出た。
「どうもお世話になります。私・・・・」
例の若い不動産屋の社員が名乗り、挨拶を長々と述べた。
「・・・・それで、実は以前入居していただいた一軒家なのですが、そこの家主様がまた北海道へ行くことになしまして、今度は長くなるということで、そちらの方に家を建てることをお決めになられました。あなた様はあの物件を大変お気に召していたようですので、初めにお声かけさせていただきました。以前とは賃貸条件が変わりますので賃貸料は少々上がってしまいますが」
「すぐに契約します」
若い不動産屋の声を遮って私は言った。
終わり
それからまた、安らかな夜を過ごすことができるようになった。しかしそれがいつまでも続かないだろうということは覚悟していた。今までの流れからいって、そう簡単に心休まる日々が続くはずがない。
案の定、また夜中に誰かが部屋に現れ、私は目を覚ました。
幽霊や貧乏神様のように自ら光を発しないその姿を見て、私はすぐに誰だかわかった。
「また来てやったぞ」
死神様は私に気が付いて言った。
「来てくださいと頼んだ覚えはありません」
私はうんざりして言った。
「何だ。この前は歓迎してくれたではないか」
「この前はこの前。色々と事情が変わりました」
「そうか。では今回は歓迎されていないというわけだな?」
「はっきり言って申し訳ないのですが、その通りです」
「うむ」
死神様の表情は暗くて全く見えないが、きっと落胆の色を浮かべているのだろう。
「何か用でもおありですか?」
「貧乏神から、お前が早まったマネをするかもしれないと聞いたから、様子を見に来た」
「早まったマネなんかしません」
「そうか。それならいいが」
「早く死んでくれたら死神様は嬉しいんじゃないのですか?」
「そんなことはない。誰も皆、死亡日時は定められている。時々それを自分で勝手に早めてしまう輩がいるので困るのだ。私は人間の死を早めることはできるが、人間のほうで早めてしまうと予定が狂うので困る」
「そういうものなのですか」
「そういうものだ」
「私は早まったマネなんてしませんから、帰ってもらって結構です」
「そうか。わかった。私は貧乏神から話を聞いてお前の力になってやりたいと思った」
「私の力に?」
「私が人間にできる事といったら、その寿命を教えてやるか、死に様を教えてやるくらいだと思っていたが、もうひとつ出来ることがあるのを忘れていた。ほとんど使うことがないからな」
死神様はもったいぶったように、そこで言葉を切った。
「それはどのようなことなのですか? 私にしてくれるのですか?」
「そうだ。私は人間の霊感を弱めることができる。お前がその強すぎる霊感に困っていると聞いたから思い出した。どうする?」
「もちろん、そのようなことができるのなら、お願いします」
「お前のような人間がたまにいたから、私らの存在が人間に知られている。私としてはできればそのままでいてほしいと思うが」
「私はそのままでいたくないです」
私は強く言った。この特別な霊感がなくなったら、これから先の人生はどれほど素晴らしいものになるだろう。
「わかった。では、二度と私と話をすることもないだろう。さらばだ」
そう言ってから死神様は何やら小声でごにょごにょと呟いた。
すると目の前の闇に浮かび上がる死神様の黒い姿が、すーっと消えていった。
「死神様?」
呼びかけてみたが、何の反応もなかった。
「ありがとうございます」
私は何もない真っ暗な部屋の空間に向かって言った。
私は普通の人間になった。もう幽霊も神様も見ることはないのだろう。この素晴らしい家を今度こそ独り占めできるのだ。
そんな喜びに満ちた一日を過ごした日の夕方、携帯が鳴った。
不動産屋からだった。
「家主さんが北海道から戻ってくることになりました。別の物件をご案内いたしますので、お早めに当店へお越しください・・・・」
私は狭いアパート暮らしに戻った。
あの家は気に入っていたが、私が建てたものではないから仕方がない。夜中に暗い部屋で何者かの気配を感じて起きることがなくなったので、それで良しとするしかない。あの家に行かなければこの平和な夜は手に入れることができなかった。
そしてアパートでの平穏な日々が一年続いた時に、また不動産屋から電話があった。
今度はこのアパートを出ていってくれと言われるのではないか? 私は何も悪い事はしていないのに。
そんなことを考えながら電話に出た。
「どうもお世話になります。私・・・・」
例の若い不動産屋の社員が名乗り、挨拶を長々と述べた。
「・・・・それで、実は以前入居していただいた一軒家なのですが、そこの家主様がまた北海道へ行くことになしまして、今度は長くなるということで、そちらの方に家を建てることをお決めになられました。あなた様はあの物件を大変お気に召していたようですので、初めにお声かけさせていただきました。以前とは賃貸条件が変わりますので賃貸料は少々上がってしまいますが」
「すぐに契約します」
若い不動産屋の声を遮って私は言った。
終わり
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