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 ごつい体の刑事が車に戻ってきた。浮かない顔をしているから、とんでもない死体に手を焼いているのだろう。
 助手席に乗り込むと、早速僕たちを見る。
「ボタンは五つ見つかった。男のワイシャツのボタンだ。君の予想通り右のマンションとの間で見つかった。それから死体の身元は、ポケットにあった財布からAマンションの1107号室のCという男だとわかった。まだ断定はできないが、まず間違いないだろう。Aマンションというのは、そのマンションだ」
 そう言って刑事は右のマンションを顎で示した。
 そして所と僕の顔を交互に見る。僕たちにこんなことを教えてくれるという事は、何らかの意見を聞きたいのだろう。
 所が口を開こうとするのを遮るようにして刑事が再び話し始めた。
「身元を確認するためにマンションの管理者を叩き起こして男の部屋に行ってみると、部屋は綺麗に片付けられていて、ベランダにスリッパがきちんと揃えて置いてあった」
「じゃ、状況的には自殺ですか」
 所がぼそぼそと言った。酔いが醒めてしまったらしい。
 ところが、再び話しだした所の滑舌は滑らかだった。
「あなたたちは状況は自殺に思えるけど、実はそうはないと考えているんでしょ?」
 その時僕は気が付いた。所の息が酒臭い。ウイスキーの匂いだ。どうもさっきから口数が多いと思っていたんだ。
 僕の視線に気が付いて、所はズボンのポケットから小さなビンを取り出した。
「飲む?」
 僕に見せたのはウイスキーのビンだ。僕は慌てて首を振った。所はいつからそんなに酒飲みになったのだろう。
 刑事にも酒を勧めて断られると、所は瓶の蓋を開けて一口飲むとまたポケットにしまった。
 刑事は目の前でウイスキーを飲む男を見て、明らかに機嫌を悪くしたようだった。
「死体がそれらしい場所になかった理由をあなたたちはわかったのですか?」
「わからない。もう少し調べてみないと。何かわかっているのなら、参考までに聞かせてくれると助かるのだが」
「いいですよ」
 所は陽気に応えた。いつからウイスキーを飲んでいたのか知らないけれど、酔っ払っているのは確かだ。
 所は左手を刑事の方へ差し出した。
「どうした」
 刑事は驚いたように言う。
「書く物貸してくらさい」
 所の呂律が回っていない。そういえばさっき出したウイスキーのビンの中身はほんの少ししか残っていなかった。
 刑事は真剣な表情でポケットからメモ帳とペンを出して所に渡した。
 所はさらさらと何やら訳のわからない絵を描いた。


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