目撃者

原口源太郎

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「聖人は前にもここに来たことがあるの?」
「いや、始めて」
「じゃ、何でこの場所を知っているの?」
「ん? 何となく」
「何となく? 本当に子供みたい、聖人って」
「そうか?」
「そう」
「ふーん。でも、いいもんだろ? たまにはこういうのも」
「うーん。いいかもね」
 澄玲には真人の言葉が皮肉に聞こえた。毎週のように違う男と遊び歩いている澄玲の心に、小さくちくりとしたものが刺さった気がした。
「やっぱりいいな。秋の終わりから冬の間の、こんなぽかぽかと晴れた日が一番だなあ」
 聖人がしみじみとしたように言った。
 澄玲はちょっと考えて、私なら青々とした野原にごろんと大の字になって、真っ青な空を見ているほうがいいと思った。それをそのまま口にした。
「それもいいな」
 聖人は真剣になって考えた末にそう言った。
 それが澄玲には何となくおかしかった。

 澄玲は沈黙を嫌う。会話がポンポンと交わせない男とは打ち解けられない。いつもどこでもいい会話を楽しんでいたい。でも、今は沈黙もいいかなと思った。聖人との、ポツリポツリと間延びした会話がこの場所には一番似合っていると思った。
「さて、帰ろうか」
 聖人が立ち上がる。
「うん」
 澄玲も名残惜しい気持ちを脇に置いて立ち上がった。

 その時、二人は男の怒鳴り声を聞いた。
 聖人は澄玲をちらりと見ると、声のした方へと歩き出す。
 澄玲もそこにいるわけにもいかず、聖人の後を追った。
 少し小高くなった場所に上ると、百メートルほど先の葉を落とした木々の中で二人の男が争っているのが見えた。
 小太りの男と、背の高い男が取っ組み合っているようだ。
 小太りの男が背の高い男の首に手をかけた。背の高い男はその手を引き離そうとしている。
 聖人も澄玲もその様子に驚いて足がすくみ、その場から動けなかった。
「やばいぞ」
 聖人が声を出した。
 小太りの男の手に力が入り、背の高い男から力が抜けていくのが聖人たちにもわかった。
 小太りの男が手を離すと、背の高い男がどさりと音を立てるようにその場に崩れ落ちた。
「警察に知らせよう」
 聖人が言い、スマホを取り出したが、電波は圏外を示していた。試しにダイヤルをしてみたが繋がらない。
 聖人が澄玲に繋がらないと告げた時、小太りの男が二人のほうを見た。そしてこちらへと走り出す。
「行こう」
 聖人は澄玲の手を掴んだ。
 澄玲は男から目を離す時、男が背広の中から何かを取り出すのを見ていた。
「止まれ!」
 遠くから男が叫んだ。
 澄玲は聖人に手を引かれて走った。落ち葉で敷き詰められた地面を蹴って、夢中で走った。聖人にぐいぐい引っ張られて、こけないように付いていくので精一杯だった。
 男は追いかけてくるのだろうか。さっき見たのは殺人なのだろうか。踏みつけられる落ち葉の音は誰のものかわからない。
 そのうちに目の前が暗くなってきた。胸はきりきりと締め付けられるように苦しい。このまま走り続けると、心臓がパンクするのではないかと思った。
「車に乗れ!」
 気が付くと目の前に聖人の車があった。
 初めて澄玲はこの車が素敵に見えた。
 澄玲が車に飛び込み、ドアを閉めるのと同時に車は勢いよく走り出した。
 フーッと大きく息を吐いてもまだ肺が擦り切れるように苦しくて、心臓がバクバクと音を立てているかのように踊っている。
 突然、澄玲の横でドアのガラスがガシャンと割れた。
 拳銃が澄玲の前ににゅっと現れる。歪んだ顔で男が車の窓にしがみ付いている。
 澄玲は男を認めてから、ちょうど三秒後に簡単だけど強力な言葉を発した。
「きゃーーー!」
 ザザザザザ。
 澄玲の悲鳴に従うように聖人はブレーキを思いっきり踏み、車は舗装されていない道をポンポン弾みながら滑って止まった。
 男は振り飛ばされた。聖人はすぐにアクセルを踏む。
 澄玲が振り返ると、男が立ち上がり、拳銃を構えるのが見えた。
「伏せろ!」
 バックミラーを見ながら聖人が叫ぶ。
 澄玲は頭を抱えて助手席で丸くなった。
 銃声はしなかった。
 小太りの男がゆっくりと拳銃を背広の下のホルダーに戻すと、手帳を取り出し、聖人の車のナンバーを書き留めた後、ニヤリと微笑んだ。

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