目撃者

原口源太郎

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 酎ハイ一本で気持ちよくなる経済的な澄玲は、パソコンの動画を見ているうちにウトウトしていた。
 チャイムの音がして、ハッと身を起こし、ドアを見つめた。
「誰?」
「私、桃子」
 桃子ったら、こんな遅くに帰ってきて。当然差し入れでも持ってきたんでしょうね。
 澄玲がドアを開けると、桃子が突進してきた。
「きゃあ」
 澄玲は尻餅をついた。その隣に桃子が倒れ込む。
 男がドアを閉めた。男は夜中なのにマスクとサングラスという、誰が見ても怪しい姿をしている。マスクとサングラスを取らなくても誰かは見当が付いた。
 片手にナイフを持った男が空いた手を懐に入れ、拳銃を取り出した。
 澄玲は自分の歯がカタカタと鳴るのも気が付かなかった。男を、そして自分に向けられた拳銃をじっと見つめた。
「動くなよ」
 そう言って男が近づいてくる。
 拳銃は脅しで、実際に使うのはもう一方の手に握られたナイフだと気が付いた。でも悲鳴を上げようとすれば、男は容赦なく拳銃を使うだろう。
 もうダメだ。私は殺されてしまうのだと思った。
 その時、ドアが勢いよく開いた。
 聖人が飛び込んできて、男めがけて足を上げる。
 男はそれをかわして聖人を突き飛ばした。
 聖人は流し台にぶつかり、食器の入ったカゴや炊飯器が床に落ちて大きな音を立てた。
 聖人がよろよろと立ち上がった時、男はすでに姿を消していた。
「大丈夫?」
 澄玲は聖人のところに駆け寄った。
「いてて、バカ力のある男だな」
 聖人は顔をしかめて立ち上がった。

 警察を呼ぼうかと少しの間議論し、結局呼ぶのは止めることになった。今度は桃子を巻き込んで三人で嘘をついていると言われかねないからだ。
 押し入った男は何の痕跡も残していなかった。
 夜中に友達のところから帰ってきた桃子は、アパート入り口近くの暗がりで男に脅されて澄玲の部屋を訪ね、ドアを開けたところで後ろから男に突き飛ばされたのだった。そんな桃子も暗がりでマスクにサングラス姿の男しか見ていなかったので、これといった特徴は覚えていなかった。
 澄玲のいれたコーヒーの匂いが部屋に広がった。堅焼きせんべいを澄玲が出して、チョコレートとクッキーを桃子が部屋から持ってきた。それらがテーブルの上に並んでいる。
 澄玲はまだ夕食を食べていなかったし、聖人もそうだろう。
「いったいこれはどういうこと?」
 桃子が聖人と澄玲を交互に見ながら尋ねた。
「えーと」
「俺が吉村をドライブに誘って・・・・」
 聖人が大体のことを話していき、澄玲がそれをフォローするような形で今日一日のことを伝えた。
「じゃ、あなたたち、誰かにはめられたってこと?」
「そうみたいだ」
「それで、さっきの人が犯人?」
「そう」
「そう」
 聖人と澄玲が同時に答えた。
「ふーん、怖い話」
「現実の話だよ」
「それで、この方が」
 桃子は助けを求めるように澄玲を見る。
「藤森君」
 澄玲が聖人の名を告げた。
「それで、藤森さんは家に帰らなかったの?」
「うん。何かあったら困ると思って」
「ずっと車にいたの?」
 澄玲はハッとしたように聖人を見た。
「うん」
「凄い」
 桃子が感嘆したように言った。
「吉村が殺されでもしたら、また俺が疑われちまうからね」
「そうか」
「さて、俺はもう帰ろ」
 聖人はコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「泊まっていかないの?」
 桃子が聖人に言った。
「どこに?」
「ここによ。ねえ澄玲」
「私はどうでもいいけど」
「じゃ、私は帰るね」
「ちょっと待て」
「ちょっと待って」
 また聖人と澄玲が同時に言った。
「男と女が同じ部屋で寝るのはまずいだろ。それに」
 聖人は桃子を見た。
「何?」
「桃子さんだって、もう目撃者だぜ」

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