目撃者

原口源太郎

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「同僚を逮捕するのは嫌なものだ」
 警察署を出て、聖人と澄玲は優しい顔の刑事と歩いていた。
「この商売、敵は多いし、スキャンダルには人一倍神経質になってしまうし、岡田刑事にも同情したくなる部分もあるんだ。だからって、罪を犯していいってことにはならないけれどね」
「犯人は刑事だったんですか」
「殺された男はゆすりで飯を食っている男でね。岡田刑事はほとんどノイローゼのような状態だったらしい」
「刑事さんならピストルを持っていたり、聖人が弾き飛ばされたりするほど体力があるわけだ」
 澄玲は納得したように言う。
「それで、いつその人が犯人だとわかったんですか?」
「昨夜遅くに。君たちの話を聞いていると、口裏を合わせて嘘を言っているようではない。だとすると、目撃情報が間違っているのか、あるいは目撃者なんていなかったのか。車の指紋はなぜない? それに男が車の窓ガラスを割ってしがみ付いていたということが作り話だとすると、そんな事を言うメリットがあるのか? 色々考えたよ。そして警察内部に犯人がいるのではないかと思った。岡田刑事が犯人かもしれないと思ったのは今朝になってからだ」
「あのおじいさんたちは?」
「殺人現場近くの丘に有料道路が通っていて、普通に走っていれば車道からあの場所は見えないんだが、カーブの膨らんだ場所に車を停めてガードレールの辺に立てば見える。あの人たちは敬老会の旅行だったんだけど、老人たちだから、トイレが近くてね。無理矢理あそこにバスを停めてもらって、俺も俺もってバスから降りてきたら、ちょうど大変な場面に遭遇したってわけ。夕方にバス会社から連絡があって、それで君たちを帰した」
「そうだったんですか」
 聖人が言った。
「他に質問は?」
「いえ」
「ありません」
「それじゃ」
 刑事は二人から離れていった。
 聖人と澄玲は警察の駐車場に止めた車のところに来ていた。
 聖人は自分の車のボンネットに腰掛ける。
「何とも」
 疲れたように聖人が言った。
「何とも」
 澄玲が聖人の言葉を真似した。
「身が縮む思いだったぜ」
「でもよかった、無事に終わって」
「そうだな」
「あ、私、昨日から思っていたことがるんだ」
「何?」
「あの場所をどうやって見つけたの?」
「昨日行ったところ? 何年か前に家族旅行で近くのバイパスを通った時に見つけた。帰ってきてからグーグルアースで検索してみたらいい所みたいで、一度行ってみたいと思っていたんだ。もちろんそこに車を停めた理由は爺さんたちを同じだ」
「そうか」
「きっと素敵な場所に違いない、もし一緒に行くとしたら・・・・なんてパソコンで上空からの景色を見るたびに考えていたよ」
「もし一緒に行くとしたら?」
「行くとしたら、・・・・うん」
「何よ」
「ちょっと俺には言えないセリフを言いそうになっちまった」
「言いなさいよ」
「行くんなら想いを寄せている人と」
「ふーん」
 澄玲はそれまでと違って関心の薄い返事をした。
「どうした?」
「いえ、別に」
「何だよ、言えよ」
「三番目でもよかったわけだ」
「三番目?」
「三番目に声をかけた人でよかったんだ」
「どういうこと?」
「千代美で、桃香で、私」
「ああ、そんなことか」
「そんなこと?」
「いや、そんなことはどうでも・・・・よくないか」
「よくない・・・・と思う」
「うん、じゃあ、言っちゃおう」
「教えて」
「まあ、その、何だな。内気な俺としては、好きな子に一番初めに声をかけるのはとても照れくさくて勇気のいることだった。だから声をかけやすい方法を考えた。何人かに声をかけた後なら本命の子にも声をかけられる。デートの誘いだ」
「そうなの? 本命って誰? 私が行ったのはまずかったってこと?」
「いや。千代美には付き合っている彼がいる。そいつにぞっこんだから俺の誘いを受けるはずがない。桃香は親戚の人の具合が悪くて、その日はお見舞いのために地元に帰るということを小耳に挟んでいた。だから二人が断ることはわかっていたんだ」
「じゃ、私が断っていたら?」
「きっと一人で行っていただろうな」
「て言うことは、本命は私?」
「うん。実は、そう」
「ふーん」
「何だか感動がないな。愛の告白をしたようなものなのに。結局、俺はフラれたのか」
「そんなことない。嬉しい」
 そう口にした途端に、澄玲は何かが込み上げてきた。普段なら無感動に聞き流してしまいそうな会話なのに。聖人のことを含めて、特別好きな人がいるわけでもないのに。
 でも、聖人の言葉を聞いて、嬉しくて、涙がこぼれてきそうになった。
「午後から大学の講義に出る?」
「どうしよう」
「あまり行きたい気分じゃないだろ?」
「そうだね」
「どっちかっていうとドライブとか」
「いいね」
「決まり」
 聖人が車に乗り込んだ。澄玲も助手席に乗り込む。
「この車だって、よく見りゃ、格好いいだろ?」
 格好いいか悪いかはわからない。でも、この車に愛着のようなものが芽生えたのは確かだ。
「さて、どこに行こう」
「海が見たい」
「よーし」
 聖人はエンジンをかけた。
「おっと、忘れ物」
 少し車が動いたところで聖人が言った。
「え?」
 パタパタと足音が近づいてくる。
「ひどーい、置いていっちゃうつもり?」
「ごめんごめん」
 三人を乗せた古いクーペは、少し苦しそうに走り出した。





                                 終わり
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