路地裏の厄介事

氷魚彰人

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厄介事-1-

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 ネオンサインを掲げている酒場や遊戯場が立ち並ぶけばけばしい繁華街から少し離れた薄暗い道を吉良きらは上機嫌で歩いていた。
 経営しているバーの定休日を利用してここ一ヶ月ほどパチンコ店へ通っていたが、今日が一番玉の出が良く、煙草を二カートンと少々の小遣いが手に入った。
 晩飯はうな重か寿司にしようかと考え、慣れた道を歩いて行く。
店の裏口へと続く路地へと差し掛かり、大きな影が横たわっているのに気付いた吉良は足を止めた。
 酔っ払いか浮浪者の類かと確認の為に近寄り、影の正体を黙認した吉良は顔を顰めた。
 全身黒ずくめ。明らかな過剰暴力を受けた痕跡のある若い男。
 死体ならいいが、厄介な事に生きている。

「面倒臭ぇな、おい」

 吉良はぼさぼさの頭を掻くと、手に持っていた煙草を物陰に置いた。
 横向きで倒れている体格のいい男をうつ伏せにし、上体を起こすと、腰から立ち上げ慣れた動作で腹を背負うようにして抱え込み、持ち上げた。

「重てぇなぁ。クソ」

 愚痴りながらも男を店の二階にある客間へと運び込み、置きっぱなしの煙草を取りに戻ったが二カートンもの煙草は目敏い誰かに横取りされた後だった。
 あぶく銭で手に入れたものと思えば諦めもつくが、面白くはない。

「何処のどいつだ。まったく」

 来た道を戻り、裏口を開けると直ぐ横の階段を上った。
 客間へ入ると男は意識を失ったままだった。
 男は身長百八十センチ以上。スポーツをやっているのか、鍛えられた体躯。顔は腫れ上がっているため人相のほどは分からないが、肌や全体から受ける印象から年齢は二十歳前後だろう。

「何でこんなもん拾ってきちまったかね」

 己の不条理な行動に溜息を零す。
 吉良は悪人ではないが善人でもない。
 進んで厄介事に首を突っ込む趣味もない。
 だと言うのに、男を助けたのは『腐った臭い』がしなかったからだ。
 性根の腐った人間はどれだけ取り繕っても腐臭がする。
 悪党と多く接してこないと嗅ぎ分けられない異臭。
 裏社会の人間を見て来た吉良だから分かる。
 目の前の男は真っ当な人間だと。
 どんな理由で暴力を受けたかは分からないが、十分過ぎる制裁は受けている。これ以上は傷つく必要はないと判断できた。
 買い置きしていた最後の箱から煙草を取り出し、吹かしながら思う。

「面倒臭ぇ」





 近所の店で特上のうな重を買ってきた吉良は、遅めの晩飯を食べ始めた。
 テレビを観ながら八割ほど食べ終わった頃、うめき声が聞こえた。

「よお、気が付いたか?」

 吉良が声を掛けると男は警戒心を露に吉良を睨んだ。
 驚きと困惑。
 感情に正直な眼差しに吉良は薄く笑う。

「あんた、誰だ?」
「俺は行き倒れていたお前さんを拾ったもの好きだよ」

 言われ、男は自分の身体に施された治療に気付いた。

「頑丈な身体だな。骨は何処も折れていなかったぜ。その代わり打ち身は酷かったんでな、適当に処理しておいた」
「あんた、医者か?」
「俺が医者に見えるか?」

 問われて男は答えに困った。
 吉良は武道をやっていると一目で分かるほど鍛え上げられた体躯に、無造作に伸ばされた癖のあるワンレンヘアー。厳つい顔には無精髭がある。
 医者と言うよりも、ならず者と言った方がしっくりくる風体だ。
 男が何を思っているか分かった吉良は喉の奥で笑った。

「人間四十五年も生きていると、いろんな事ができるようになるんだよ。それはそうと、内臓の方はどうだか分からん。ヤバそうなら救急車呼んで病院へ行けよ」
「それは…多分平気だ。空手で鍛えてきたから……」
「ふうん。心配ないならそれでいいけどよ。変な感じしたら言えよ」

 素直に頷く男に、吉良は買っておいた男の分のうな重を差し出した。

「食えそうか?」
「はい。あの……」
「何だ? 茶か?」
「いや、その…俺の服とパンツは……」

 人間は盾の役割を持つ服を失うと委縮する。
 見知らぬ人間の前で裸でいる事が不安な男は、そわそわと視線を彷徨わせた。

「血と泥で汚ねぇから洗濯機に放り込んだよ。後で洗ってやるから」

 取り合えずこれでも巻いておけ――と吉良はタオルを投げ渡した。
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