路地裏の厄介事

氷魚彰人

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厄介事-2-

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 厄介事を拾った翌日。
 開店準備をしていると、店の扉が荒々しく開かれた。
 一見してチンピラだと分かる風体の若い男が五人。
 真新しい喧嘩の痕が顔にある事から、聞かずとも要件の想像はついた。

「中学まで義務教育を受けたならcloseの意味くらい分かるだろ。まだ開店前だ。酒が飲みたければ他へ行きな」
「酒なんかどうでもいい。ここに全身黒ずくめの若い男がいるだろう!」

 目を剥き出し怒鳴り散らす男へ視線を向ける事なく、カウンターの内側で吉良は開店準備を進める。

「ここは俺一人でやっている。他に人間はいねぇよ」
「嘘吐くんじゃねーよ。痛い目見たくなけりゃ、さっさと出せや!」

 リーダーと思わしき男は身近にあった椅子を蹴り上げ、威嚇した。

「いないもんを出せと言われてもねぇ」
「いないって言うなら家探ししても問題ねーよな?」

 カウンター内へ入るための扉に近付こうとする男を吉良は視線で制した。

「カウンターからこちら側は俺のテリトリーだ。入れる人間は選ぶ。力ずくで押し通ろうとする礼儀知らずは、実力を持って排除する」

 数でまさる自分達を相手に、勝つ自信があると言ってのける吉良に苛立ち、男はカウンターテーブルを叩くが、その時初めてカウンター向こうで料理の下準備をしていた吉良の手に包丁が握られている事に気が付いた。
 男の顔に僅かに警戒の色が浮かぶ。

「俺等がどこの組のもんか分かって言っているのか?」
「テメェ等のバックがどこかなんて知らねぇし、興味もねぇが、名乗りたかったら名乗れよ。但し、組の名前を出した時点でテメェ個人の喧嘩じゃなくなるって意味を理解してからにしろよ」
「そりゃあ、どういう意味だ?」
「分からなければ上の人間にでも聞いてこい」

 吉良の落ち着き払った態度と言葉から同業者かもしれないと考えた男は、歯噛みしつつも一旦引く事を選んだ。

「一日猶予をやる。店が大事なら男を引き渡す準備をしておけ」

 捨てセリフを吐き、立ち去ろうとする男を吉良は呼び止めた。

「おい」
「あぁ?」
「直していけ」

 倒れた椅子を包丁で指示され、男は鼻を鳴らしそれを蹴とばすと、店から出て行った。





 男達の気配がなくなると、住居スペースである二階から人の下りてくる気配に吉良は階段を覗いた。

「あの、すみません。俺の所為で……」

 神妙な面持ちで謝る黒ずくめの男を追い払うように手を振った。

「上行ってろ」
「でも……」
「歓楽街で店やっていれば、チンピラなんか周期的にやって来るもんだ。気にする程の事じゃねぇよ」
「けど……」
「けどもクソもねぇんだよ。あいつら見張りたてて監視しているだろうから、迷惑かけたくなければ大人しく上に居ろ」

 男が階段を上るのを見送ると、吉良はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。

「よぉ、原木ばらき。今晩、飲みに来いよ」

 電話の相手は突然の誘いに難色を示したが。

「奢ってやるからさ」

 その一言に渋々了承した。





 レトロな雰囲気の店はカウンターが八席。四人がけのテーブルが四つ。全ての席が満席になる事もあるが、半分も埋まらない日の方が多い。今日もカウンターに二人。テーブル席に二人ずつ座っているだけだった。
 カウンターに座る顔馴染みの客と談笑していると、スーツ姿の男が入って来た。
 一見して筋者に見える強面の男がカウンター席に着くと、吉良はカウンターに座る他の客に席を外すように頼んだ。

「それで、俺に何をさせたいんだ?」

 常に不機嫌そうな顔を更に不機嫌にした原木は、単刀直入に問うた。

「表に顔を腫らしたチンピラが居ただろ?」
「暗くて顔がどうだったかは分からねぇが、何か居たな」

 原木の好物であるサーモンのカルパッチョと日本酒を置くと、僅かに表情が柔らかくなるが、眉間の皴もへの字口もそのままに吉良を伺い見る。

「国家権力を持って排除してくんねぇか?」
「今日は非番で警察手帳は持ってねぇよ」
「まる暴の人間だろ? 顔でなんとかいけるだろ?」
「バカか。チンピラ全員が俺の顔を知っている訳じゃねぇよ。大体、チンピラ相手なら幼馴染に頼んだ方が早いんじゃねぇか?」
「まあ、この辺一帯咲良さくら組の縄張りだからな、そこに乗り込んで来るって事は咲良組のもんの可能性が高いが、違ったら面倒臭ぇ事になるだろ? 第一、シロートの俺に顎で使われてたらあいつの面子が立たねぇし」
「俺はいいのかよ」
「お前は公僕だからいいんだよ。給料分、国民の為に働くもんだろ?」
「今は勤務外だ」
「だから奢るって言ってんじゃねぇか」

 ふんと鼻を鳴らすと原木は冷酒を一気に煽った。

「飯の分だけだぞ」
「恩に着る」

 原木を一時カウンターに立たせ、吉良は二階へ駆けあがった。

「おい。若造」

 呼ばれて、布団に横たわっていた男は慌てて起き上がった。

「もう少ししたら俺の友達が表のチンピラを退かす。その隙にそこの窓から隣へ移れ」
「え?」
「隣に移ったら、メルメルっておかまが待っているから、そいつの指示に従って更に隣に移れ。いいな」
「あの、傷……」
「傷が痛むかもしれねぇが、あいつら明日乗り込んで来る可能性があるからな。今日中に逃げとけ」
「違くて、傷の手当のお礼とかしてないから」

 黒目がちな真っ直ぐな瞳で真剣に言われ、吉良は笑った。

「そんなもん気にしなくていい。それよりここを出たら暫くは遠くに住む親せきの家にでも転がり込んでおけよ」

 行くあてがあるのか男は「分かった」と返事をする。

「チンピラを退けたら店の電話からこの携帯にかけ、三コールで切る。それを合図に出ろ」

 男は頷き吉良に渡された携帯電話をテーブルに置いた。

「それじゃあ、店に戻るわ」
「待ってくれ!」
「ああ?」
「名前……」
「言う気もねぇし、聞く気もねぇ。これ以上面倒事に係るのはごめんだからな」

 吉良にそう突き放され、男は静かに頷いた。







 何時も通りの時間に店を閉め、居住スペースである二階に上がると男の姿は消えていた。
 外で騒ぎが起こった様子がない事から男は上手く脱出できたのだろう。
 箪笥の引き出しを見れば、パチンコで儲けた金は手付かずで入っていた。
 男の所持品に財布は勿論、携帯電話もなかった。
 無一文では逃げるのに困るだろうと、くれてやるつもりでわざと男の目の前でそこに金を入れておいたのだが……。
 直接手渡せばよかったかと考え、吉良は頭を振った。
 そこまで面倒を見てやる義理はないと。
 生き汚く何でもやれば生存率は高まる。
 正義や道徳の為にそれを下げるのは、バカのする事だ。
 バカの事など知るかと、吉良は煙草に取り出し毒の煙を吸い込んだ。





 翌日。
 チンピラ共がどんな嫌がらせをしに来るのかと朝から待ってはみたが、一向に現れる気配がなかった。そのまた翌日もチンピラが現れる事はなく、店の窓から外を確認しても監視役の人間すら見当たらなかった。
 組の人間から、この店が咲良組若頭の贔屓の店だと聞かされ、手を出すのを止めたのかもしれない。
 何にせよ、面倒事がなくなりよかったと郵便受けから新聞を抜き取り、二階に上がった。
 客間に入るとちゃぶ台に新聞を置き、代わりに煙草を取るがライターが見当たらず、部屋を見回すと部屋の隅に置いたままの客用の布団が目に入った。
 何となく出したままになっていたそれを片付けると、チェストの引き出しから纏め買いしていたライターを取り出し火を点けた。
 立ち上る煙を見詰め、ふと思う。
 チンピラが現れない理由は、男が捕まったからではないかと。
 もしも捕まったのだとしたら一度逃がすという失敗をしているだけに、拘束も監視も厳しくなっているだろう。自力で逃げるのは無理だ。
 前以上の暴力を受けるに違いない。
 気まぐれとは言え、助けた人間が簡単に死体に変わってしまっては後味が悪い。
 せめて完全に記憶から消え去るまでの間は生きておいてくれと、勝手な希望を並べていると、開店前のドアを叩く音に窓から覗けば、くたびれたスーツに身を包んだ友人の姿があった。
 一階に下りて行き店のドアを開けると、原木はカウンター席に座り、持っていた茶封筒を置いた。

「お前の店を張っていたチンピラ。咲良組の末端の事務所の人間だったぞ」
「頼んでねぇのに調べてくれたのか?」
「恍けんな。調べさせる為に俺を呼んだんだろうが」

 原木が眉を吊り上げると、吉良はカウンター向こうのキッチンに回り、棚から酒瓶を取り出した。

「飲むか?」
「勤務中だ。要らねぇよ」

 代わりに烏龍茶を差し出すと、原木はそれを一口飲んだ。

「お前が匿っていた人間はどういう人間なんだ?」
「誰も匿ってねぇよ」
「お前自身が監視されていたなら放っておくか、自分で追い払うだろう。俺を呼んで追い払わせたんだ、誰かいたんだろう」

 曖昧に微笑む吉良をそれ以上追及せずに、原木は席を立った。

「チンピラ共は薬の売人だ。匿っていた人間が薬に関わっているなら、容赦なくしょっ引くからな」
「お前、マトリじゃねぇだろ?」
「関係ねぇよ」

 そう言い捨て出て行く原木を見送ると、吉良はテーブルに置かれた茶封筒を覗いた。
 中には記憶に新しいチンピラの顔写真と共に所属している事務所の情報などが書かれた書類があった。
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