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厄介事-3-
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原木から貰った情報を役立てるために公園に住む友人を訪ねて行くと、何処からか拾ってきたらしいビーチチェアーに横たわり、煙を燻らせていた。
ホームレスには決して見えない小洒落た格好をした男は、目深く被ったハンチング帽を持ち上げ、吉良の姿を確認すると相好を崩した。
「やあ、吉良くん。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「そりゃあ、どう言う意味だ源さん」
「私は情報屋だよ。持っている情報から君の動向くらい予測できる」
「なら俺がどう言う用件で来たのかも分かっているよな?」
「チンピラが例の青年を捕まえていないか、だよね」
「ああ」
「捕まえていないよ」
あっさりそう言われ、肩透かしを食らった吉良は出番のなかった茶封筒を二つ折りにし自身のウエスト部分に刺した。
源の情報にこれまで誤りはない。
捕まっていないと言うならそうなのだろうと、吉良は礼金を忍ばせた菓子箱を渡した。
「倍出してくれるなら居場所も教えてあげるよ」
懐に用意していた小さな菓子箱を二つ取り出し差し出すと、それを受け取った源は代わりに二つ折りにした紙切れを渡した。
紙を開き書かれている住所と名前に吉良は目を剥いた。
「これって、咲良組幹部の愛人の家じゃねぇかよ。何であいつがそんなところに居るんだ?」
「そりゃあ、私が頼んで匿って貰っているからだね」
「はあ?」
「実はあの夜、君が黒ずくめの青年を拾っているのを見たんだよ。暫くしてその青年が公園でうろうろしているのを見つけてね。若い男は公園では目立つし、公園は金さえもらえれば直ぐに口を割る連中が多いから避難させった訳だ」
確かに、下っ端のチンピラが決して近寄れない場所ではある。
あるのだが……。
「緊急避難って、野郎と鉢合わせしたらどうすんだよ」
「大丈夫。亀くんは暫く九州に行っているからね。帰ってくる前に君が迎えに行くと思っていたし」
「俺が行かなかったら、どうする気だったんだよ」
「それはない」
「何でそう言い切れる」
「君は冷徹な一面を持つが、基本的に優しい。特にあの手の真っ当なタイプには弱い。だろ?」
図星を刺され吉良は苦虫を噛み潰したような顔で源を見た。
「そんなに見つめられても、これ以上は何も出ないよ。さあ、行った行った。早くしないと暇と性を持て余した女に食われてしまうよ」
手で追い払われ踵を返すが、最後に重要な要件を思い出し、振り返る。
「あんただろ、俺の煙草を盗んだの」
源は返事の代わりにハンチング帽を持ち上げ、挨拶をし、吉良は溜息を零し公園を後にした。
一等地に建つ高級マンションを訪ねると、質素な服を着ていても色気が漂う女に出迎えられた。
「吉良さんいらっしゃい」
女の後に続いて室内に入ると、黒ずくめだった男は青いジャージに身を包み窓ガラスの拭き掃除をしていた。
「何やってんだ、お前……」
突如リビングに現れた吉良を見て、男は慌てて雑巾を背に隠した。
「こいつとさしで話さないといけねぇんだ。悪いけど……」
「いいわ。私はスポーツジムへ行くから、出て行くなら鍵はポストにでも入れておいて」
女は鍵を渡すとハンドバッグ1つで出て行った。
「そこに座れ」
吉良に言われ男は雑巾をバケツに掛け、ソファ側の床に正座するが、ソファに腰かけた吉良に隣に座るように促され、座り直した。
「それで、お前は何をやらかしたんだ?」
咎めるような吉良の眼差しから逃げるように男は目を伏せた。
「すいません。直ぐに出て行きます」
「そういう話をしているんじゃねぇよ」
「迷惑かけませんから……」
立ち上がろうとする男の腕を掴み、座らせる。
頑なに話そうとしない男に、別れ際言った言葉を思い出す。
「面倒と思ってたらここまで来ねぇよ。いいから話せ」
「でも……」
「俺が話せって言っているんだ。いいから話せ」
困ったように眉根を寄せ、躊躇いながらも男は重い口を開いた。
「住んでいたアパートが……放火された」
「放火? お前、一体何をやらかしたんだ?」
男は歯を食いしばり、頬を振るわせる。
痛みを耐えるように目を瞑り、振り絞るように声を発した。
「い…妹が、レイプされた」
吉良が相槌も打たずに聞いていると、男はぼそぼそと続きを話し出した。
「俺、妹に酷い事した奴らをぶっ飛ばしてやろうと、そいつらのたまり場へ行ったんだ。相手五人だったし、正面から行っても返り討ちにあうから、物陰に隠れて連中がバラけるの待ってたら、薬の話始めて……」
その先は聞かなくとも想像がついた。
「それで、ブツはどうした?」
「S駅前のコインロッカーに隠した」
「そうか」
吉良は立ち上がると男の腕を掴んだ。
「取りに行くぞ」
マンション前に停められていた車に乗り、シートベルトを締めると吉良からペンと紙が渡された。
「それに連中のたまり場の地図と住所。名前も分かるぶんだけでいいから書け」
男は頷くと、記憶にある限りの情報を紙に書き始めた。
揺れる車内でなんとか書き上げると、無言のまま運転する吉良の横顔を見る。
吉良を巻き込んだ事と、この情報と薬をどう扱うのかに不安を覚え、声が掛けられなかった。
そんな男の視線を感じてか、吉良は「安心しろ」と声をかけた。
「何とかしてやる」
吉良がどういう人間かは知らない。
それでも、吉良に任せておけば何とかなる。そう思わせる安心感があった。
責任を押し付けるようで「頼みます」とは言えず「有難う御座います」と男は小さく呟いた。
ホームレスには決して見えない小洒落た格好をした男は、目深く被ったハンチング帽を持ち上げ、吉良の姿を確認すると相好を崩した。
「やあ、吉良くん。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「そりゃあ、どう言う意味だ源さん」
「私は情報屋だよ。持っている情報から君の動向くらい予測できる」
「なら俺がどう言う用件で来たのかも分かっているよな?」
「チンピラが例の青年を捕まえていないか、だよね」
「ああ」
「捕まえていないよ」
あっさりそう言われ、肩透かしを食らった吉良は出番のなかった茶封筒を二つ折りにし自身のウエスト部分に刺した。
源の情報にこれまで誤りはない。
捕まっていないと言うならそうなのだろうと、吉良は礼金を忍ばせた菓子箱を渡した。
「倍出してくれるなら居場所も教えてあげるよ」
懐に用意していた小さな菓子箱を二つ取り出し差し出すと、それを受け取った源は代わりに二つ折りにした紙切れを渡した。
紙を開き書かれている住所と名前に吉良は目を剥いた。
「これって、咲良組幹部の愛人の家じゃねぇかよ。何であいつがそんなところに居るんだ?」
「そりゃあ、私が頼んで匿って貰っているからだね」
「はあ?」
「実はあの夜、君が黒ずくめの青年を拾っているのを見たんだよ。暫くしてその青年が公園でうろうろしているのを見つけてね。若い男は公園では目立つし、公園は金さえもらえれば直ぐに口を割る連中が多いから避難させった訳だ」
確かに、下っ端のチンピラが決して近寄れない場所ではある。
あるのだが……。
「緊急避難って、野郎と鉢合わせしたらどうすんだよ」
「大丈夫。亀くんは暫く九州に行っているからね。帰ってくる前に君が迎えに行くと思っていたし」
「俺が行かなかったら、どうする気だったんだよ」
「それはない」
「何でそう言い切れる」
「君は冷徹な一面を持つが、基本的に優しい。特にあの手の真っ当なタイプには弱い。だろ?」
図星を刺され吉良は苦虫を噛み潰したような顔で源を見た。
「そんなに見つめられても、これ以上は何も出ないよ。さあ、行った行った。早くしないと暇と性を持て余した女に食われてしまうよ」
手で追い払われ踵を返すが、最後に重要な要件を思い出し、振り返る。
「あんただろ、俺の煙草を盗んだの」
源は返事の代わりにハンチング帽を持ち上げ、挨拶をし、吉良は溜息を零し公園を後にした。
一等地に建つ高級マンションを訪ねると、質素な服を着ていても色気が漂う女に出迎えられた。
「吉良さんいらっしゃい」
女の後に続いて室内に入ると、黒ずくめだった男は青いジャージに身を包み窓ガラスの拭き掃除をしていた。
「何やってんだ、お前……」
突如リビングに現れた吉良を見て、男は慌てて雑巾を背に隠した。
「こいつとさしで話さないといけねぇんだ。悪いけど……」
「いいわ。私はスポーツジムへ行くから、出て行くなら鍵はポストにでも入れておいて」
女は鍵を渡すとハンドバッグ1つで出て行った。
「そこに座れ」
吉良に言われ男は雑巾をバケツに掛け、ソファ側の床に正座するが、ソファに腰かけた吉良に隣に座るように促され、座り直した。
「それで、お前は何をやらかしたんだ?」
咎めるような吉良の眼差しから逃げるように男は目を伏せた。
「すいません。直ぐに出て行きます」
「そういう話をしているんじゃねぇよ」
「迷惑かけませんから……」
立ち上がろうとする男の腕を掴み、座らせる。
頑なに話そうとしない男に、別れ際言った言葉を思い出す。
「面倒と思ってたらここまで来ねぇよ。いいから話せ」
「でも……」
「俺が話せって言っているんだ。いいから話せ」
困ったように眉根を寄せ、躊躇いながらも男は重い口を開いた。
「住んでいたアパートが……放火された」
「放火? お前、一体何をやらかしたんだ?」
男は歯を食いしばり、頬を振るわせる。
痛みを耐えるように目を瞑り、振り絞るように声を発した。
「い…妹が、レイプされた」
吉良が相槌も打たずに聞いていると、男はぼそぼそと続きを話し出した。
「俺、妹に酷い事した奴らをぶっ飛ばしてやろうと、そいつらのたまり場へ行ったんだ。相手五人だったし、正面から行っても返り討ちにあうから、物陰に隠れて連中がバラけるの待ってたら、薬の話始めて……」
その先は聞かなくとも想像がついた。
「それで、ブツはどうした?」
「S駅前のコインロッカーに隠した」
「そうか」
吉良は立ち上がると男の腕を掴んだ。
「取りに行くぞ」
マンション前に停められていた車に乗り、シートベルトを締めると吉良からペンと紙が渡された。
「それに連中のたまり場の地図と住所。名前も分かるぶんだけでいいから書け」
男は頷くと、記憶にある限りの情報を紙に書き始めた。
揺れる車内でなんとか書き上げると、無言のまま運転する吉良の横顔を見る。
吉良を巻き込んだ事と、この情報と薬をどう扱うのかに不安を覚え、声が掛けられなかった。
そんな男の視線を感じてか、吉良は「安心しろ」と声をかけた。
「何とかしてやる」
吉良がどういう人間かは知らない。
それでも、吉良に任せておけば何とかなる。そう思わせる安心感があった。
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