見習い術師イフのとある休日

氷魚彰人

文字の大きさ
3 / 5

とある休日-3-

しおりを挟む
「ちょっと離れた場所にも貼って来ますから、死にたくなければ其処から動かないで下さいね」

 男が不安げな顔で頷くのを見て少年は安心させるためか、優しい微笑みを見せ、直ぐに行動に移った。
 護衛者の姿が見えなくなると男は妙な不安に駆られた。この場に一人で置いていかれたのではないのかと……。

 居ても立っても居られず、立ち上がり少年の後を追おうかと考えるが、少年の消えた方向も分からなければ、今から追いかけて追いつける気もしなかった。
 途方に暮れ、その場に立ち尽くしていると暫くして少年は戻ってきた。

「遅いじゃねぇか。何やってたんだよ!」
「五分離れていただけじゃないですか」

 男の苦情など歯牙にもかけず、少年は平然としたものである。

「さて、大分休みましたから、もう走れますよね?」
「バカ言うな。もう少し休ませろ」
「命の危機が其処まで迫っているというのに、危機感無いなぁ」

 そう零した少年の声にこそ危機感は感じられなかった。

「じゃあ、あと三分だけですよ」

 少年の言いに、男は短いと文句を垂れながら再び腰を下ろした。
 話す事もないので無言のまま時が過ぎるのを待ち、そろそろ時間かと腕時計を見たときだった。

「なぁ」
「これ以上は延長しませんよ」
「そうじゃねーよ」

 なら何なのだと問うような視線を向けると、男は落ち着き無く辺りを見渡し、震えるような声で言った。

「静かじゃねーか?」

 言われ、耳を澄ませてみる。山に居れば必ず聞こえるはずの虫や動物の声は全く聞こえず、怖いほどの静けさだった。

「そうですね」
「あのガキ、戦ってんだよな?」
「そのはずですけど」
「本当に戦ってんのか?」
「はい?」

 男の言葉の意味が分からず、イフは眉根を寄せる。

「お前、さっき言っただろ。あのガキなら魔物から逃げられるって」
「僕だっておじさんが居なければ逃げられますよ」

 暗に男の所為で命の危険に晒されていると訴えるが、男は視線を少年から外し、意図的にその訴えを無視した。

「旗色が悪くなって逃げたんじゃないのか?」
「はい?」
「いくら金を貰っていても、命あっての物種だ。適わないと知って逃げたんじゃねーのかよ」

 男が何を言っているのか漸く理解した少年は納得顔で頷き、

「それは有り得ないです」

 キッパリはっきりと断言した。

「オズは表情が乏しいため分かり辛いですが、かなり熱い男なんですよ。そんな彼がおじさんは兎も角僕を置いて逃げる訳がありません」
「どうだかな」
「何が言いたんいですか?」
「人間は簡単に裏切るもんだぜ」
「何事にも例外はあります。僕とオズのようにね」

 子供特有の夢見がちな発言をあざ笑うように男は見下げる。

「だといいな」
「何なんですかさっきから態度悪いですよ」

 イフが睨みつけると男は慌てて謝罪した。

「悪い悪い。ついな。大人になると汚いものばかり見るからよ」

 気まずい空気を払拭する為に男は笑って見せるがイフの表情から苛立ちを消す事はできなかった。

「そっ……れにしてもお前の友達中々追いつかねーな。大丈夫か?」
「確かに遅いですね。ちょっと見てこようかな」
「バカ言うな。金払っているんだからお前は俺の護衛に徹しろよ」
「うーん」

 腕組みし、面倒だと少年が思い悩んでいると突如爆音が鳴り響いた。
 男は情けない悲鳴を上げガタガタと振るえ、少年は緊急事態を想像し表情を無くす。

「おじさんはここに居て下さい。直ぐに戻りますから」

 今にも走り出そうとする小さな背中にしがみ付く。

「待て! 俺を一人にするな!」
「魔物除けの札を貼りましたからここにいれば大丈夫ですから!」
「そんなの効くかどうか分からないって言ってたじゃねーか! それに今更行っても意味ねぇて!」
「行って見なければ分からないでしょう!」

 最悪の事態を想像しているのか、感情的に叫ぶ少年に男は低い声で答える。

「分かるんだよ」

 背中から胸にかけて重く鋭い衝撃を感じ、少年は何が起こったのか確認しようと視線を下ろす。
 見ると灰色に輝く刃が胸から生えていた。

「何で……」

 少年は何が起こったのか理解できぬまま、絶望に染まった目を男に向ける。
 男はただ笑っていた。
 血を噴出しその場に倒れ、血の海に沈みながらも必死に友の名を呼び続ける哀れな子供を笑いながら見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

処理中です...