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三章 リズム
35 マーキュリー
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いよいよ二度目のライブである。
前回のハコよりは、倍ほども人数の入るライブハウス・マーキュリー。
老舗のハコであり、基本的にロックバンドが出演する。
ここを起点にして、大きく飛躍してメジャーに至ったバンドもいた。
本日は五組のバンドが入っており、その四番目がノイズという予定だ。
「懐かしいなあ」
休日であるのに、リハ段階からやってきている西園は、大丈夫なのだろうか。
まあたまの休日の一日ぐらいは大丈夫なのだろう。
少なくとも小学生にまでなれば、ある程度は子供も世話がかからなくなるだろうか。
年齢によって子育ては、難しさの種類が変わってくるらしいが。
そういえば珍しくないことだが、ここにいる三人は一人っ子だなと月子は思ったりした。
ノイズの前後のバンドも、順番にPAとのチェックやサウンドチェックをしていく。
そして一曲ほど、軽く演奏していく。
スピード感が必要な、ノイジーガールである。
それを見ていたライブハウスのスタッフや、居合わせた他のバンドが、目を丸くする。
まだ流しているだけだが、月子と暁の傑出した実力と、それを支える西園のドラムというのは、そうそう見かけないであろう。
特にまだ、ほとんど無名のバンドであるのだ。
この三人に混じると、本当に自分の楽器演奏の才のなさに、俊はコンプレックスを感じてしまう。
だが俊は打ち込みをはじめ、潤滑剤として通用する存在だ。
さしあたってセッティングまで調整は出来た。
あとは時間であるが、その間に少し俊は考えていたことがある。
ノイズの後に演奏する、アトミック・ハート。
メジャーデビューも直前という彼らは、男だけの五人組バンド。
ビートルズ編成にボーカルを加えたという、まあよくある構成だ。
それぞれ確かに上手いが、突出して上手いというわけでもない。
その中ではリードギターが上手いが、あまりリードギターっぽくない。
正確な運指から導かれる、テクニカルなギター。
だがテクニックに頼りすぎていて、あまりフィーリングを感じないというか。
音楽性の違いとかではなく、何かもっと根本的なところで、このギターは合っていないのではないかと思う。
(本当はリズムの方を弾きたいんじゃないのか?)
この技術でリズムギターというのも変な気はするが。
別にやってはいけないというわけではない。ツインリードギターというのもあるのだし。
狭い楽屋に全員がずっといるのも苦しい。
とりあえず俊は暁を連れて他のバンドも見ることにした。
月子は仮面の関係上、あまり連れまわせない。
もっとも関係者に特に隠しているというわけではなく、なんであのルックスなのに仮面を被せてるんだ、とは何度も問われた。
そんなこともあって、順番に前のバンドを見ていっている。
正確には聴いているわけだ。
引抜などが出来るかどうかはともかく、いいドラマーとベーシストは必要だ。
だがそう上手い話はない。
正直なところドラマーは俊より上手い程度のプレイヤーはいるが、ベーシストは俊の方がだいたいは上だ。
現代ではリズム隊は、そもそも打ち込みでやっているところも少なくない。
本来のものでは難しいドラムパターンを作れるのが、打ち込みのいい点だろう。
問題は生ドラムのパワーがないと、あの二人が暴走してしまうということであって。
「ノイズの人だよね」
考えながら聴いていた俊に、声がかけられた。
長身のその男は、先ほども見ていた。
「確かアトミック・ハートの」
「ギターの森脇信吾。よろしく」
「ああ、俺はサリエリで、こっちはアッシュ」
「現実のサリエリって最近では再評価されてるよね」
「クラシックに興味あるの?」
「そういうわけじゃないけど、ボカロPのサリエリについては前から知ってたから。ベースラインがいい曲作ってたよね」
「それは、ありがとう」
森脇は髪を少し脱色している程度だが、ビジュアルはそれほどV系に寄せているわけではない。
声をかけてきたが、軽薄な感じではなく、俊に話しているのだ。
「ノイズのファーストライブのことは聞いてたけど、女の子で俺よりギターの上手い子は初めて見た」
わずかに暁は会釈した。照れている。
「初めてのライブ、ちょっとした話題になってるよね。でもノイズの公開している中では、ギターが入ってない」
「レコーディングは彼女が加入する前にやってたんだ」
「サリエリ君がそれもやったの?」
「まあ、大学の設備も使ったけど」
「大学? 音大?」
「そうだけど多分、想像しているような大学とは違うよ」
「ふ~ん」
何やら探っている気配はあるのだが、その探る先が読めない。
なので俊は話題を変える。
「アトミック・ハートはメジャーとの契約間近だって聞いたけど」
「ああ、あれか……」
それまでは明るく見せていた森脇が、途端に無表情になる。
「メジャーから声がかかったからって、絶対に売れるとは限らないし、そもそも条件が悪いと思うんだけどな、俺は」
「アトミック・ハートが有名になってきたのはこの一年ぐらい?」
「いや、ファンが確実に定着してきたのは、やっぱり半年ってところかな。二年間やってきて、やっとここまで」
二年間が組んでからなのか、ライブハウスデビューなのか、そのあたりは知らない。
途中でメンバーチェンジなどもあったかもしれない。
だが比較的早い出世とでも言えるのでは、と俊は思う。
インディーズではCDも出しているのだ。
もっとも今は、現物のCDというのはほとんど、ファングッズのようなものであるのだが。
ただ音源をプレスしていると、全国のライブハウスなどに送って、出演交渉が出来る。
ノイズはどのみち、今はまだ全国のライブハウスをツアーするなど考えられない。
どうも森脇は、独自の考えを持っているようである。
「うちのメンバーは今時、あんまり配信とかに詳しくなくてさ。まあレコーディングにも金はかかるんだけど」
「インディーズでけっこう売れてたんじゃないの?」
「いや~、確かに流通と宣伝はある程度やってくれたけど、レコーディングは自費だったから。それなりに売れても、今はとんとんだよ」
やはり大学の設備を使って、自分たちでやったのは正解だったな、と俊は思う。
レコーディングならおそらく、月子と暁の暴走は起こらない。
だが同時に、あの迫力も出ないと思っている。
二人を同時に録ってみないと、本当の力は出ないのではないか。
これが俊が、完全版のノイジーガールや、ライブでやった曲で公開していないのが多い理由である。
(俺は恵まれている)
逆に言えばここまで環境が整っていてもなお、不足しているのが才能だ。
(デビュー曲から売れた彩とは違う)
そうは思っても、自分の手札で勝負するしかないのだ。
森脇とはそれからも、しばらく話した。
もっとも演奏の騒音の中であったので、どうしても細かいニュアンスなどは伝わらなかったが。
ただ彼は、俊と似通ったところがあるのでは、と話していて思った。
何か狙いがありそうだ。
あるいは普通に、仲良くなりたいという程度のものだったのかもしれないが。
自分たちのすぐ前のバンドが気になるのは、当たり前のことかもしれない。
他のメンバーと一緒でなかったのは、言われていた通りにわだかまりが出来ているのか。
どのみちそろそろ、自分たちの順番である。
「そろそろ」
「ああ」
軽く手を上げて見送る森脇に、俊も頷き返す。
「なんだったのかな、あれ」
俊は疑問をそのまま口にしたが、暁は少し考えて、意外な答えを出した。
「次のバンドを探してたとか?」
「うちはもうアキがいるのに?」
「ツインリードギターっていうのはあるし、ギターが二人いればもっと、演奏できる曲は増えるでしょ?」
「それはそうだけど……」
確かにギターがもう一枚増えたら、演奏に幅が出来るだろう。
それに二人が暴走する時の、上手いリミッターになるかもしれない。
だがそれでも、結成してからまだ二度目のバンドに、入りたいと思うはずはない。
あるいは女のメンバー目当てであるのか。
いや、それなら普通に、今のメジャーデビュー前のバンドから脱退するわけはない。
俊のことを知っていたが、まさかファンだとでもいうのか。
それにしては、俊を見る目には普通の感情しかなかった。
さっぱり狙いが分からないが、ともかく重要なのは、目の前のライブである。
楽屋に入ると、他の二人の準備はしてある。
今日は飛び道具的なことはせず、月子には普通のドレスを着てもらっている。
ラストナンバーはバラードであるので。
ちなみに今日の暁のTシャツは、ブラックサバスである。
俊は前と同じような、ノータイジャケット。
西園は地味にYシャツとジーンズだけである。
ノイズは本当に、月子以外を飾ることがない。
ボーカルはバンドの顔、というのは確かなことだろう。
その顔が、マスクをしているというのがなんとも、不思議なところかもしれないが。
美人の顔をどうして隠すのだ、というのは何度も言われていることだ。
月子が求めるなら、別に外してもいいのだが。
このわずかに外界を遮断しているマスクは、おそらく月子の拘束具にもなっているのだから。
前のバンドが終わって、ノイズの出番となる。
セッティングを調整し、俊はシンセサイザーとノートPC、そしてベースを持って出て行く。
一人でやることが大変であるが、マルチプレイヤーであるということが、今の段階ではバンドにとって有益である。
特に今日は、中でも得意なベースとキーボードをやるので。
薄明かりの中で、各自のセッティングが終了したことを確認する。
スペースを見ればそれほど期待している顔は見えない。
ちょっとバズったからといって、それでわざわざ見に来る者は少ない。
ただあの日に見ていたオーディエンスが来てくれている気もする。
まだこんなものだ。
やはりYourtubeでバンドとしての演奏を流さなければいけない。
しかしレコーディング作業に西園を巻き込むのは、さすがに厳しいだろう。
出来れば一番いい形で、流したいのだ。
MVを撮影したいな、とは思っている。
たださすがに、大学には撮影用スタジオなどはない。
なので録音にどう映像を合わせていくかが、重要になるのだ。
(先は長いな)
しかしショートカットするつもりのない俊である。
まずはベースを持つ。一曲目はこれなのだ。
『どうも、ノイズです。これで二度目のライブになります』
全く知らない、というオーディエンスもいるだろう。
しかしそんなバンドが、アトミック・ハートの前に演奏する。
この演奏の順番は、ある程度は店長が決めることだ。
トリ前というのは、それなりに重要な順番だ。
おそらくここは、アトミック・ハート目当ての客が多いのだろう。
それを全てとは言わないが、九割は奪ってやろう。
ビジュアル系のバンドから女性客を奪うというのが、さすがに苦しいのだから。
『今日はオリジナルを二曲、カバーを三曲やります。二曲目には前回好評だったタフボーイ、それで一曲目にはちょっと、誰でも知っている曲を準備しました』
まだMCは終わっていないが、俊と西園、そして暁の間で視線が交錯する。
カンカンカンカンとドラムスティックが鳴らされる。
そしてギターが始まる。
ジャージャジャンジャジャジャジャ ジャンジャジャージャジャジャ
ジャンジャンジャジャジャジャ ジャジャジャジャジャジャジャ
『タッチ』
ギターとドラムの調和の取れた演奏から、すぐに歌唱パートが始まる。
ギターの旋律が有名すぎるこの曲だが、よく聞けば相当にベースも重要なのである。
暁のギターはクリーンな音で、完全に歌に寄り添ったものになっている。
アップテンポな曲ながら、歌詞は実にセンチメントなものである。
そしてギターのソロパートが始まるが、ここで暁は一気に音を上げていく演奏をして、オーディエンスの気持ちを引き上げる。
意外なほどの歌唱パートが多いこの歌は、毎年のように甲子園で、また運動会や体育祭などでも使用される。
ロックなギターであるが、本来ならこんなライブでやるには、カラーが違うだろう。
月子の歌い方で合うのか、と思ったこともある。
だが彼女もどんどんと表現力を上げている。
昭和歌謡に分類されるのかもしれない、この楽曲。
だが月子が歌うと、ソウルフルになる。
そして終盤にかけての暁のギターが、一気に音を歪ませて聞かせていく。
技術で圧倒的に心を掴み取る。
曲が終わったときには、口笛が吹かれた。
上手く受け入れられた。おそらくあまりにも誰にとっても懐かしいので、反感なども感じはしなかったのだろう。
ただ色物的な選曲だな、とは思われたかもしれない。
だが本格的なロック要素は、後で暁に任せているのだ。
『ありがとうございます。それじゃあ二曲目は、この間一番評判の良かったタフボーイを』
俊はそこで暁に目を向けたのだが、ちょっと驚いてしまう。
レスポールを下ろした暁は、もう髪ゴムを外して、さらにTシャツを脱いでいた。
早くも暖まってきたらしい。
そしてまたギターを装備した暁は、他のメンバーを見ることもなく、演奏を開始した。
西園はそれについていき、俊も慌ててシンセサイザーとPCを動かしていく。
(一人で暴走するなよ)
頭が痛くなるが、今日も暁は見事にノっていた。
前回のハコよりは、倍ほども人数の入るライブハウス・マーキュリー。
老舗のハコであり、基本的にロックバンドが出演する。
ここを起点にして、大きく飛躍してメジャーに至ったバンドもいた。
本日は五組のバンドが入っており、その四番目がノイズという予定だ。
「懐かしいなあ」
休日であるのに、リハ段階からやってきている西園は、大丈夫なのだろうか。
まあたまの休日の一日ぐらいは大丈夫なのだろう。
少なくとも小学生にまでなれば、ある程度は子供も世話がかからなくなるだろうか。
年齢によって子育ては、難しさの種類が変わってくるらしいが。
そういえば珍しくないことだが、ここにいる三人は一人っ子だなと月子は思ったりした。
ノイズの前後のバンドも、順番にPAとのチェックやサウンドチェックをしていく。
そして一曲ほど、軽く演奏していく。
スピード感が必要な、ノイジーガールである。
それを見ていたライブハウスのスタッフや、居合わせた他のバンドが、目を丸くする。
まだ流しているだけだが、月子と暁の傑出した実力と、それを支える西園のドラムというのは、そうそう見かけないであろう。
特にまだ、ほとんど無名のバンドであるのだ。
この三人に混じると、本当に自分の楽器演奏の才のなさに、俊はコンプレックスを感じてしまう。
だが俊は打ち込みをはじめ、潤滑剤として通用する存在だ。
さしあたってセッティングまで調整は出来た。
あとは時間であるが、その間に少し俊は考えていたことがある。
ノイズの後に演奏する、アトミック・ハート。
メジャーデビューも直前という彼らは、男だけの五人組バンド。
ビートルズ編成にボーカルを加えたという、まあよくある構成だ。
それぞれ確かに上手いが、突出して上手いというわけでもない。
その中ではリードギターが上手いが、あまりリードギターっぽくない。
正確な運指から導かれる、テクニカルなギター。
だがテクニックに頼りすぎていて、あまりフィーリングを感じないというか。
音楽性の違いとかではなく、何かもっと根本的なところで、このギターは合っていないのではないかと思う。
(本当はリズムの方を弾きたいんじゃないのか?)
この技術でリズムギターというのも変な気はするが。
別にやってはいけないというわけではない。ツインリードギターというのもあるのだし。
狭い楽屋に全員がずっといるのも苦しい。
とりあえず俊は暁を連れて他のバンドも見ることにした。
月子は仮面の関係上、あまり連れまわせない。
もっとも関係者に特に隠しているというわけではなく、なんであのルックスなのに仮面を被せてるんだ、とは何度も問われた。
そんなこともあって、順番に前のバンドを見ていっている。
正確には聴いているわけだ。
引抜などが出来るかどうかはともかく、いいドラマーとベーシストは必要だ。
だがそう上手い話はない。
正直なところドラマーは俊より上手い程度のプレイヤーはいるが、ベーシストは俊の方がだいたいは上だ。
現代ではリズム隊は、そもそも打ち込みでやっているところも少なくない。
本来のものでは難しいドラムパターンを作れるのが、打ち込みのいい点だろう。
問題は生ドラムのパワーがないと、あの二人が暴走してしまうということであって。
「ノイズの人だよね」
考えながら聴いていた俊に、声がかけられた。
長身のその男は、先ほども見ていた。
「確かアトミック・ハートの」
「ギターの森脇信吾。よろしく」
「ああ、俺はサリエリで、こっちはアッシュ」
「現実のサリエリって最近では再評価されてるよね」
「クラシックに興味あるの?」
「そういうわけじゃないけど、ボカロPのサリエリについては前から知ってたから。ベースラインがいい曲作ってたよね」
「それは、ありがとう」
森脇は髪を少し脱色している程度だが、ビジュアルはそれほどV系に寄せているわけではない。
声をかけてきたが、軽薄な感じではなく、俊に話しているのだ。
「ノイズのファーストライブのことは聞いてたけど、女の子で俺よりギターの上手い子は初めて見た」
わずかに暁は会釈した。照れている。
「初めてのライブ、ちょっとした話題になってるよね。でもノイズの公開している中では、ギターが入ってない」
「レコーディングは彼女が加入する前にやってたんだ」
「サリエリ君がそれもやったの?」
「まあ、大学の設備も使ったけど」
「大学? 音大?」
「そうだけど多分、想像しているような大学とは違うよ」
「ふ~ん」
何やら探っている気配はあるのだが、その探る先が読めない。
なので俊は話題を変える。
「アトミック・ハートはメジャーとの契約間近だって聞いたけど」
「ああ、あれか……」
それまでは明るく見せていた森脇が、途端に無表情になる。
「メジャーから声がかかったからって、絶対に売れるとは限らないし、そもそも条件が悪いと思うんだけどな、俺は」
「アトミック・ハートが有名になってきたのはこの一年ぐらい?」
「いや、ファンが確実に定着してきたのは、やっぱり半年ってところかな。二年間やってきて、やっとここまで」
二年間が組んでからなのか、ライブハウスデビューなのか、そのあたりは知らない。
途中でメンバーチェンジなどもあったかもしれない。
だが比較的早い出世とでも言えるのでは、と俊は思う。
インディーズではCDも出しているのだ。
もっとも今は、現物のCDというのはほとんど、ファングッズのようなものであるのだが。
ただ音源をプレスしていると、全国のライブハウスなどに送って、出演交渉が出来る。
ノイズはどのみち、今はまだ全国のライブハウスをツアーするなど考えられない。
どうも森脇は、独自の考えを持っているようである。
「うちのメンバーは今時、あんまり配信とかに詳しくなくてさ。まあレコーディングにも金はかかるんだけど」
「インディーズでけっこう売れてたんじゃないの?」
「いや~、確かに流通と宣伝はある程度やってくれたけど、レコーディングは自費だったから。それなりに売れても、今はとんとんだよ」
やはり大学の設備を使って、自分たちでやったのは正解だったな、と俊は思う。
レコーディングならおそらく、月子と暁の暴走は起こらない。
だが同時に、あの迫力も出ないと思っている。
二人を同時に録ってみないと、本当の力は出ないのではないか。
これが俊が、完全版のノイジーガールや、ライブでやった曲で公開していないのが多い理由である。
(俺は恵まれている)
逆に言えばここまで環境が整っていてもなお、不足しているのが才能だ。
(デビュー曲から売れた彩とは違う)
そうは思っても、自分の手札で勝負するしかないのだ。
森脇とはそれからも、しばらく話した。
もっとも演奏の騒音の中であったので、どうしても細かいニュアンスなどは伝わらなかったが。
ただ彼は、俊と似通ったところがあるのでは、と話していて思った。
何か狙いがありそうだ。
あるいは普通に、仲良くなりたいという程度のものだったのかもしれないが。
自分たちのすぐ前のバンドが気になるのは、当たり前のことかもしれない。
他のメンバーと一緒でなかったのは、言われていた通りにわだかまりが出来ているのか。
どのみちそろそろ、自分たちの順番である。
「そろそろ」
「ああ」
軽く手を上げて見送る森脇に、俊も頷き返す。
「なんだったのかな、あれ」
俊は疑問をそのまま口にしたが、暁は少し考えて、意外な答えを出した。
「次のバンドを探してたとか?」
「うちはもうアキがいるのに?」
「ツインリードギターっていうのはあるし、ギターが二人いればもっと、演奏できる曲は増えるでしょ?」
「それはそうだけど……」
確かにギターがもう一枚増えたら、演奏に幅が出来るだろう。
それに二人が暴走する時の、上手いリミッターになるかもしれない。
だがそれでも、結成してからまだ二度目のバンドに、入りたいと思うはずはない。
あるいは女のメンバー目当てであるのか。
いや、それなら普通に、今のメジャーデビュー前のバンドから脱退するわけはない。
俊のことを知っていたが、まさかファンだとでもいうのか。
それにしては、俊を見る目には普通の感情しかなかった。
さっぱり狙いが分からないが、ともかく重要なのは、目の前のライブである。
楽屋に入ると、他の二人の準備はしてある。
今日は飛び道具的なことはせず、月子には普通のドレスを着てもらっている。
ラストナンバーはバラードであるので。
ちなみに今日の暁のTシャツは、ブラックサバスである。
俊は前と同じような、ノータイジャケット。
西園は地味にYシャツとジーンズだけである。
ノイズは本当に、月子以外を飾ることがない。
ボーカルはバンドの顔、というのは確かなことだろう。
その顔が、マスクをしているというのがなんとも、不思議なところかもしれないが。
美人の顔をどうして隠すのだ、というのは何度も言われていることだ。
月子が求めるなら、別に外してもいいのだが。
このわずかに外界を遮断しているマスクは、おそらく月子の拘束具にもなっているのだから。
前のバンドが終わって、ノイズの出番となる。
セッティングを調整し、俊はシンセサイザーとノートPC、そしてベースを持って出て行く。
一人でやることが大変であるが、マルチプレイヤーであるということが、今の段階ではバンドにとって有益である。
特に今日は、中でも得意なベースとキーボードをやるので。
薄明かりの中で、各自のセッティングが終了したことを確認する。
スペースを見ればそれほど期待している顔は見えない。
ちょっとバズったからといって、それでわざわざ見に来る者は少ない。
ただあの日に見ていたオーディエンスが来てくれている気もする。
まだこんなものだ。
やはりYourtubeでバンドとしての演奏を流さなければいけない。
しかしレコーディング作業に西園を巻き込むのは、さすがに厳しいだろう。
出来れば一番いい形で、流したいのだ。
MVを撮影したいな、とは思っている。
たださすがに、大学には撮影用スタジオなどはない。
なので録音にどう映像を合わせていくかが、重要になるのだ。
(先は長いな)
しかしショートカットするつもりのない俊である。
まずはベースを持つ。一曲目はこれなのだ。
『どうも、ノイズです。これで二度目のライブになります』
全く知らない、というオーディエンスもいるだろう。
しかしそんなバンドが、アトミック・ハートの前に演奏する。
この演奏の順番は、ある程度は店長が決めることだ。
トリ前というのは、それなりに重要な順番だ。
おそらくここは、アトミック・ハート目当ての客が多いのだろう。
それを全てとは言わないが、九割は奪ってやろう。
ビジュアル系のバンドから女性客を奪うというのが、さすがに苦しいのだから。
『今日はオリジナルを二曲、カバーを三曲やります。二曲目には前回好評だったタフボーイ、それで一曲目にはちょっと、誰でも知っている曲を準備しました』
まだMCは終わっていないが、俊と西園、そして暁の間で視線が交錯する。
カンカンカンカンとドラムスティックが鳴らされる。
そしてギターが始まる。
ジャージャジャンジャジャジャジャ ジャンジャジャージャジャジャ
ジャンジャンジャジャジャジャ ジャジャジャジャジャジャジャ
『タッチ』
ギターとドラムの調和の取れた演奏から、すぐに歌唱パートが始まる。
ギターの旋律が有名すぎるこの曲だが、よく聞けば相当にベースも重要なのである。
暁のギターはクリーンな音で、完全に歌に寄り添ったものになっている。
アップテンポな曲ながら、歌詞は実にセンチメントなものである。
そしてギターのソロパートが始まるが、ここで暁は一気に音を上げていく演奏をして、オーディエンスの気持ちを引き上げる。
意外なほどの歌唱パートが多いこの歌は、毎年のように甲子園で、また運動会や体育祭などでも使用される。
ロックなギターであるが、本来ならこんなライブでやるには、カラーが違うだろう。
月子の歌い方で合うのか、と思ったこともある。
だが彼女もどんどんと表現力を上げている。
昭和歌謡に分類されるのかもしれない、この楽曲。
だが月子が歌うと、ソウルフルになる。
そして終盤にかけての暁のギターが、一気に音を歪ませて聞かせていく。
技術で圧倒的に心を掴み取る。
曲が終わったときには、口笛が吹かれた。
上手く受け入れられた。おそらくあまりにも誰にとっても懐かしいので、反感なども感じはしなかったのだろう。
ただ色物的な選曲だな、とは思われたかもしれない。
だが本格的なロック要素は、後で暁に任せているのだ。
『ありがとうございます。それじゃあ二曲目は、この間一番評判の良かったタフボーイを』
俊はそこで暁に目を向けたのだが、ちょっと驚いてしまう。
レスポールを下ろした暁は、もう髪ゴムを外して、さらにTシャツを脱いでいた。
早くも暖まってきたらしい。
そしてまたギターを装備した暁は、他のメンバーを見ることもなく、演奏を開始した。
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