35 / 207
三章 リズム
35 マーキュリー
しおりを挟む
いよいよ二度目のライブである。
前回のハコよりは、倍ほども人数の入るライブハウス・マーキュリー。
老舗のハコであり、基本的にロックバンドが出演する。
ここを起点にして、大きく飛躍してメジャーに至ったバンドもいた。
本日は五組のバンドが入っており、その四番目がノイズという予定だ。
「懐かしいなあ」
休日であるのに、リハ段階からやってきている西園は、大丈夫なのだろうか。
まあたまの休日の一日ぐらいは大丈夫なのだろう。
少なくとも小学生にまでなれば、ある程度は子供も世話がかからなくなるだろうか。
年齢によって子育ては、難しさの種類が変わってくるらしいが。
そういえば珍しくないことだが、ここにいる三人は一人っ子だなと月子は思ったりした。
ノイズの前後のバンドも、順番にPAとのチェックやサウンドチェックをしていく。
そして一曲ほど、軽く演奏していく。
スピード感が必要な、ノイジーガールである。
それを見ていたライブハウスのスタッフや、居合わせた他のバンドが、目を丸くする。
まだ流しているだけだが、月子と暁の傑出した実力と、それを支える西園のドラムというのは、そうそう見かけないであろう。
特にまだ、ほとんど無名のバンドであるのだ。
この三人に混じると、本当に自分の楽器演奏の才のなさに、俊はコンプレックスを感じてしまう。
だが俊は打ち込みをはじめ、潤滑剤として通用する存在だ。
さしあたってセッティングまで調整は出来た。
あとは時間であるが、その間に少し俊は考えていたことがある。
ノイズの後に演奏する、アトミック・ハート。
メジャーデビューも直前という彼らは、男だけの五人組バンド。
ビートルズ編成にボーカルを加えたという、まあよくある構成だ。
それぞれ確かに上手いが、突出して上手いというわけでもない。
その中ではリードギターが上手いが、あまりリードギターっぽくない。
正確な運指から導かれる、テクニカルなギター。
だがテクニックに頼りすぎていて、あまりフィーリングを感じないというか。
音楽性の違いとかではなく、何かもっと根本的なところで、このギターは合っていないのではないかと思う。
(本当はリズムの方を弾きたいんじゃないのか?)
この技術でリズムギターというのも変な気はするが。
別にやってはいけないというわけではない。ツインリードギターというのもあるのだし。
狭い楽屋に全員がずっといるのも苦しい。
とりあえず俊は暁を連れて他のバンドも見ることにした。
月子は仮面の関係上、あまり連れまわせない。
もっとも関係者に特に隠しているというわけではなく、なんであのルックスなのに仮面を被せてるんだ、とは何度も問われた。
そんなこともあって、順番に前のバンドを見ていっている。
正確には聴いているわけだ。
引抜などが出来るかどうかはともかく、いいドラマーとベーシストは必要だ。
だがそう上手い話はない。
正直なところドラマーは俊より上手い程度のプレイヤーはいるが、ベーシストは俊の方がだいたいは上だ。
現代ではリズム隊は、そもそも打ち込みでやっているところも少なくない。
本来のものでは難しいドラムパターンを作れるのが、打ち込みのいい点だろう。
問題は生ドラムのパワーがないと、あの二人が暴走してしまうということであって。
「ノイズの人だよね」
考えながら聴いていた俊に、声がかけられた。
長身のその男は、先ほども見ていた。
「確かアトミック・ハートの」
「ギターの森脇信吾。よろしく」
「ああ、俺はサリエリで、こっちはアッシュ」
「現実のサリエリって最近では再評価されてるよね」
「クラシックに興味あるの?」
「そういうわけじゃないけど、ボカロPのサリエリについては前から知ってたから。ベースラインがいい曲作ってたよね」
「それは、ありがとう」
森脇は髪を少し脱色している程度だが、ビジュアルはそれほどV系に寄せているわけではない。
声をかけてきたが、軽薄な感じではなく、俊に話しているのだ。
「ノイズのファーストライブのことは聞いてたけど、女の子で俺よりギターの上手い子は初めて見た」
わずかに暁は会釈した。照れている。
「初めてのライブ、ちょっとした話題になってるよね。でもノイズの公開している中では、ギターが入ってない」
「レコーディングは彼女が加入する前にやってたんだ」
「サリエリ君がそれもやったの?」
「まあ、大学の設備も使ったけど」
「大学? 音大?」
「そうだけど多分、想像しているような大学とは違うよ」
「ふ~ん」
何やら探っている気配はあるのだが、その探る先が読めない。
なので俊は話題を変える。
「アトミック・ハートはメジャーとの契約間近だって聞いたけど」
「ああ、あれか……」
それまでは明るく見せていた森脇が、途端に無表情になる。
「メジャーから声がかかったからって、絶対に売れるとは限らないし、そもそも条件が悪いと思うんだけどな、俺は」
「アトミック・ハートが有名になってきたのはこの一年ぐらい?」
「いや、ファンが確実に定着してきたのは、やっぱり半年ってところかな。二年間やってきて、やっとここまで」
二年間が組んでからなのか、ライブハウスデビューなのか、そのあたりは知らない。
途中でメンバーチェンジなどもあったかもしれない。
だが比較的早い出世とでも言えるのでは、と俊は思う。
インディーズではCDも出しているのだ。
もっとも今は、現物のCDというのはほとんど、ファングッズのようなものであるのだが。
ただ音源をプレスしていると、全国のライブハウスなどに送って、出演交渉が出来る。
ノイズはどのみち、今はまだ全国のライブハウスをツアーするなど考えられない。
どうも森脇は、独自の考えを持っているようである。
「うちのメンバーは今時、あんまり配信とかに詳しくなくてさ。まあレコーディングにも金はかかるんだけど」
「インディーズでけっこう売れてたんじゃないの?」
「いや~、確かに流通と宣伝はある程度やってくれたけど、レコーディングは自費だったから。それなりに売れても、今はとんとんだよ」
やはり大学の設備を使って、自分たちでやったのは正解だったな、と俊は思う。
レコーディングならおそらく、月子と暁の暴走は起こらない。
だが同時に、あの迫力も出ないと思っている。
二人を同時に録ってみないと、本当の力は出ないのではないか。
これが俊が、完全版のノイジーガールや、ライブでやった曲で公開していないのが多い理由である。
(俺は恵まれている)
逆に言えばここまで環境が整っていてもなお、不足しているのが才能だ。
(デビュー曲から売れた彩とは違う)
そうは思っても、自分の手札で勝負するしかないのだ。
森脇とはそれからも、しばらく話した。
もっとも演奏の騒音の中であったので、どうしても細かいニュアンスなどは伝わらなかったが。
ただ彼は、俊と似通ったところがあるのでは、と話していて思った。
何か狙いがありそうだ。
あるいは普通に、仲良くなりたいという程度のものだったのかもしれないが。
自分たちのすぐ前のバンドが気になるのは、当たり前のことかもしれない。
他のメンバーと一緒でなかったのは、言われていた通りにわだかまりが出来ているのか。
どのみちそろそろ、自分たちの順番である。
「そろそろ」
「ああ」
軽く手を上げて見送る森脇に、俊も頷き返す。
「なんだったのかな、あれ」
俊は疑問をそのまま口にしたが、暁は少し考えて、意外な答えを出した。
「次のバンドを探してたとか?」
「うちはもうアキがいるのに?」
「ツインリードギターっていうのはあるし、ギターが二人いればもっと、演奏できる曲は増えるでしょ?」
「それはそうだけど……」
確かにギターがもう一枚増えたら、演奏に幅が出来るだろう。
それに二人が暴走する時の、上手いリミッターになるかもしれない。
だがそれでも、結成してからまだ二度目のバンドに、入りたいと思うはずはない。
あるいは女のメンバー目当てであるのか。
いや、それなら普通に、今のメジャーデビュー前のバンドから脱退するわけはない。
俊のことを知っていたが、まさかファンだとでもいうのか。
それにしては、俊を見る目には普通の感情しかなかった。
さっぱり狙いが分からないが、ともかく重要なのは、目の前のライブである。
楽屋に入ると、他の二人の準備はしてある。
今日は飛び道具的なことはせず、月子には普通のドレスを着てもらっている。
ラストナンバーはバラードであるので。
ちなみに今日の暁のTシャツは、ブラックサバスである。
俊は前と同じような、ノータイジャケット。
西園は地味にYシャツとジーンズだけである。
ノイズは本当に、月子以外を飾ることがない。
ボーカルはバンドの顔、というのは確かなことだろう。
その顔が、マスクをしているというのがなんとも、不思議なところかもしれないが。
美人の顔をどうして隠すのだ、というのは何度も言われていることだ。
月子が求めるなら、別に外してもいいのだが。
このわずかに外界を遮断しているマスクは、おそらく月子の拘束具にもなっているのだから。
前のバンドが終わって、ノイズの出番となる。
セッティングを調整し、俊はシンセサイザーとノートPC、そしてベースを持って出て行く。
一人でやることが大変であるが、マルチプレイヤーであるということが、今の段階ではバンドにとって有益である。
特に今日は、中でも得意なベースとキーボードをやるので。
薄明かりの中で、各自のセッティングが終了したことを確認する。
スペースを見ればそれほど期待している顔は見えない。
ちょっとバズったからといって、それでわざわざ見に来る者は少ない。
ただあの日に見ていたオーディエンスが来てくれている気もする。
まだこんなものだ。
やはりYourtubeでバンドとしての演奏を流さなければいけない。
しかしレコーディング作業に西園を巻き込むのは、さすがに厳しいだろう。
出来れば一番いい形で、流したいのだ。
MVを撮影したいな、とは思っている。
たださすがに、大学には撮影用スタジオなどはない。
なので録音にどう映像を合わせていくかが、重要になるのだ。
(先は長いな)
しかしショートカットするつもりのない俊である。
まずはベースを持つ。一曲目はこれなのだ。
『どうも、ノイズです。これで二度目のライブになります』
全く知らない、というオーディエンスもいるだろう。
しかしそんなバンドが、アトミック・ハートの前に演奏する。
この演奏の順番は、ある程度は店長が決めることだ。
トリ前というのは、それなりに重要な順番だ。
おそらくここは、アトミック・ハート目当ての客が多いのだろう。
それを全てとは言わないが、九割は奪ってやろう。
ビジュアル系のバンドから女性客を奪うというのが、さすがに苦しいのだから。
『今日はオリジナルを二曲、カバーを三曲やります。二曲目には前回好評だったタフボーイ、それで一曲目にはちょっと、誰でも知っている曲を準備しました』
まだMCは終わっていないが、俊と西園、そして暁の間で視線が交錯する。
カンカンカンカンとドラムスティックが鳴らされる。
そしてギターが始まる。
ジャージャジャンジャジャジャジャ ジャンジャジャージャジャジャ
ジャンジャンジャジャジャジャ ジャジャジャジャジャジャジャ
『タッチ』
ギターとドラムの調和の取れた演奏から、すぐに歌唱パートが始まる。
ギターの旋律が有名すぎるこの曲だが、よく聞けば相当にベースも重要なのである。
暁のギターはクリーンな音で、完全に歌に寄り添ったものになっている。
アップテンポな曲ながら、歌詞は実にセンチメントなものである。
そしてギターのソロパートが始まるが、ここで暁は一気に音を上げていく演奏をして、オーディエンスの気持ちを引き上げる。
意外なほどの歌唱パートが多いこの歌は、毎年のように甲子園で、また運動会や体育祭などでも使用される。
ロックなギターであるが、本来ならこんなライブでやるには、カラーが違うだろう。
月子の歌い方で合うのか、と思ったこともある。
だが彼女もどんどんと表現力を上げている。
昭和歌謡に分類されるのかもしれない、この楽曲。
だが月子が歌うと、ソウルフルになる。
そして終盤にかけての暁のギターが、一気に音を歪ませて聞かせていく。
技術で圧倒的に心を掴み取る。
曲が終わったときには、口笛が吹かれた。
上手く受け入れられた。おそらくあまりにも誰にとっても懐かしいので、反感なども感じはしなかったのだろう。
ただ色物的な選曲だな、とは思われたかもしれない。
だが本格的なロック要素は、後で暁に任せているのだ。
『ありがとうございます。それじゃあ二曲目は、この間一番評判の良かったタフボーイを』
俊はそこで暁に目を向けたのだが、ちょっと驚いてしまう。
レスポールを下ろした暁は、もう髪ゴムを外して、さらにTシャツを脱いでいた。
早くも暖まってきたらしい。
そしてまたギターを装備した暁は、他のメンバーを見ることもなく、演奏を開始した。
西園はそれについていき、俊も慌ててシンセサイザーとPCを動かしていく。
(一人で暴走するなよ)
頭が痛くなるが、今日も暁は見事にノっていた。
前回のハコよりは、倍ほども人数の入るライブハウス・マーキュリー。
老舗のハコであり、基本的にロックバンドが出演する。
ここを起点にして、大きく飛躍してメジャーに至ったバンドもいた。
本日は五組のバンドが入っており、その四番目がノイズという予定だ。
「懐かしいなあ」
休日であるのに、リハ段階からやってきている西園は、大丈夫なのだろうか。
まあたまの休日の一日ぐらいは大丈夫なのだろう。
少なくとも小学生にまでなれば、ある程度は子供も世話がかからなくなるだろうか。
年齢によって子育ては、難しさの種類が変わってくるらしいが。
そういえば珍しくないことだが、ここにいる三人は一人っ子だなと月子は思ったりした。
ノイズの前後のバンドも、順番にPAとのチェックやサウンドチェックをしていく。
そして一曲ほど、軽く演奏していく。
スピード感が必要な、ノイジーガールである。
それを見ていたライブハウスのスタッフや、居合わせた他のバンドが、目を丸くする。
まだ流しているだけだが、月子と暁の傑出した実力と、それを支える西園のドラムというのは、そうそう見かけないであろう。
特にまだ、ほとんど無名のバンドであるのだ。
この三人に混じると、本当に自分の楽器演奏の才のなさに、俊はコンプレックスを感じてしまう。
だが俊は打ち込みをはじめ、潤滑剤として通用する存在だ。
さしあたってセッティングまで調整は出来た。
あとは時間であるが、その間に少し俊は考えていたことがある。
ノイズの後に演奏する、アトミック・ハート。
メジャーデビューも直前という彼らは、男だけの五人組バンド。
ビートルズ編成にボーカルを加えたという、まあよくある構成だ。
それぞれ確かに上手いが、突出して上手いというわけでもない。
その中ではリードギターが上手いが、あまりリードギターっぽくない。
正確な運指から導かれる、テクニカルなギター。
だがテクニックに頼りすぎていて、あまりフィーリングを感じないというか。
音楽性の違いとかではなく、何かもっと根本的なところで、このギターは合っていないのではないかと思う。
(本当はリズムの方を弾きたいんじゃないのか?)
この技術でリズムギターというのも変な気はするが。
別にやってはいけないというわけではない。ツインリードギターというのもあるのだし。
狭い楽屋に全員がずっといるのも苦しい。
とりあえず俊は暁を連れて他のバンドも見ることにした。
月子は仮面の関係上、あまり連れまわせない。
もっとも関係者に特に隠しているというわけではなく、なんであのルックスなのに仮面を被せてるんだ、とは何度も問われた。
そんなこともあって、順番に前のバンドを見ていっている。
正確には聴いているわけだ。
引抜などが出来るかどうかはともかく、いいドラマーとベーシストは必要だ。
だがそう上手い話はない。
正直なところドラマーは俊より上手い程度のプレイヤーはいるが、ベーシストは俊の方がだいたいは上だ。
現代ではリズム隊は、そもそも打ち込みでやっているところも少なくない。
本来のものでは難しいドラムパターンを作れるのが、打ち込みのいい点だろう。
問題は生ドラムのパワーがないと、あの二人が暴走してしまうということであって。
「ノイズの人だよね」
考えながら聴いていた俊に、声がかけられた。
長身のその男は、先ほども見ていた。
「確かアトミック・ハートの」
「ギターの森脇信吾。よろしく」
「ああ、俺はサリエリで、こっちはアッシュ」
「現実のサリエリって最近では再評価されてるよね」
「クラシックに興味あるの?」
「そういうわけじゃないけど、ボカロPのサリエリについては前から知ってたから。ベースラインがいい曲作ってたよね」
「それは、ありがとう」
森脇は髪を少し脱色している程度だが、ビジュアルはそれほどV系に寄せているわけではない。
声をかけてきたが、軽薄な感じではなく、俊に話しているのだ。
「ノイズのファーストライブのことは聞いてたけど、女の子で俺よりギターの上手い子は初めて見た」
わずかに暁は会釈した。照れている。
「初めてのライブ、ちょっとした話題になってるよね。でもノイズの公開している中では、ギターが入ってない」
「レコーディングは彼女が加入する前にやってたんだ」
「サリエリ君がそれもやったの?」
「まあ、大学の設備も使ったけど」
「大学? 音大?」
「そうだけど多分、想像しているような大学とは違うよ」
「ふ~ん」
何やら探っている気配はあるのだが、その探る先が読めない。
なので俊は話題を変える。
「アトミック・ハートはメジャーとの契約間近だって聞いたけど」
「ああ、あれか……」
それまでは明るく見せていた森脇が、途端に無表情になる。
「メジャーから声がかかったからって、絶対に売れるとは限らないし、そもそも条件が悪いと思うんだけどな、俺は」
「アトミック・ハートが有名になってきたのはこの一年ぐらい?」
「いや、ファンが確実に定着してきたのは、やっぱり半年ってところかな。二年間やってきて、やっとここまで」
二年間が組んでからなのか、ライブハウスデビューなのか、そのあたりは知らない。
途中でメンバーチェンジなどもあったかもしれない。
だが比較的早い出世とでも言えるのでは、と俊は思う。
インディーズではCDも出しているのだ。
もっとも今は、現物のCDというのはほとんど、ファングッズのようなものであるのだが。
ただ音源をプレスしていると、全国のライブハウスなどに送って、出演交渉が出来る。
ノイズはどのみち、今はまだ全国のライブハウスをツアーするなど考えられない。
どうも森脇は、独自の考えを持っているようである。
「うちのメンバーは今時、あんまり配信とかに詳しくなくてさ。まあレコーディングにも金はかかるんだけど」
「インディーズでけっこう売れてたんじゃないの?」
「いや~、確かに流通と宣伝はある程度やってくれたけど、レコーディングは自費だったから。それなりに売れても、今はとんとんだよ」
やはり大学の設備を使って、自分たちでやったのは正解だったな、と俊は思う。
レコーディングならおそらく、月子と暁の暴走は起こらない。
だが同時に、あの迫力も出ないと思っている。
二人を同時に録ってみないと、本当の力は出ないのではないか。
これが俊が、完全版のノイジーガールや、ライブでやった曲で公開していないのが多い理由である。
(俺は恵まれている)
逆に言えばここまで環境が整っていてもなお、不足しているのが才能だ。
(デビュー曲から売れた彩とは違う)
そうは思っても、自分の手札で勝負するしかないのだ。
森脇とはそれからも、しばらく話した。
もっとも演奏の騒音の中であったので、どうしても細かいニュアンスなどは伝わらなかったが。
ただ彼は、俊と似通ったところがあるのでは、と話していて思った。
何か狙いがありそうだ。
あるいは普通に、仲良くなりたいという程度のものだったのかもしれないが。
自分たちのすぐ前のバンドが気になるのは、当たり前のことかもしれない。
他のメンバーと一緒でなかったのは、言われていた通りにわだかまりが出来ているのか。
どのみちそろそろ、自分たちの順番である。
「そろそろ」
「ああ」
軽く手を上げて見送る森脇に、俊も頷き返す。
「なんだったのかな、あれ」
俊は疑問をそのまま口にしたが、暁は少し考えて、意外な答えを出した。
「次のバンドを探してたとか?」
「うちはもうアキがいるのに?」
「ツインリードギターっていうのはあるし、ギターが二人いればもっと、演奏できる曲は増えるでしょ?」
「それはそうだけど……」
確かにギターがもう一枚増えたら、演奏に幅が出来るだろう。
それに二人が暴走する時の、上手いリミッターになるかもしれない。
だがそれでも、結成してからまだ二度目のバンドに、入りたいと思うはずはない。
あるいは女のメンバー目当てであるのか。
いや、それなら普通に、今のメジャーデビュー前のバンドから脱退するわけはない。
俊のことを知っていたが、まさかファンだとでもいうのか。
それにしては、俊を見る目には普通の感情しかなかった。
さっぱり狙いが分からないが、ともかく重要なのは、目の前のライブである。
楽屋に入ると、他の二人の準備はしてある。
今日は飛び道具的なことはせず、月子には普通のドレスを着てもらっている。
ラストナンバーはバラードであるので。
ちなみに今日の暁のTシャツは、ブラックサバスである。
俊は前と同じような、ノータイジャケット。
西園は地味にYシャツとジーンズだけである。
ノイズは本当に、月子以外を飾ることがない。
ボーカルはバンドの顔、というのは確かなことだろう。
その顔が、マスクをしているというのがなんとも、不思議なところかもしれないが。
美人の顔をどうして隠すのだ、というのは何度も言われていることだ。
月子が求めるなら、別に外してもいいのだが。
このわずかに外界を遮断しているマスクは、おそらく月子の拘束具にもなっているのだから。
前のバンドが終わって、ノイズの出番となる。
セッティングを調整し、俊はシンセサイザーとノートPC、そしてベースを持って出て行く。
一人でやることが大変であるが、マルチプレイヤーであるということが、今の段階ではバンドにとって有益である。
特に今日は、中でも得意なベースとキーボードをやるので。
薄明かりの中で、各自のセッティングが終了したことを確認する。
スペースを見ればそれほど期待している顔は見えない。
ちょっとバズったからといって、それでわざわざ見に来る者は少ない。
ただあの日に見ていたオーディエンスが来てくれている気もする。
まだこんなものだ。
やはりYourtubeでバンドとしての演奏を流さなければいけない。
しかしレコーディング作業に西園を巻き込むのは、さすがに厳しいだろう。
出来れば一番いい形で、流したいのだ。
MVを撮影したいな、とは思っている。
たださすがに、大学には撮影用スタジオなどはない。
なので録音にどう映像を合わせていくかが、重要になるのだ。
(先は長いな)
しかしショートカットするつもりのない俊である。
まずはベースを持つ。一曲目はこれなのだ。
『どうも、ノイズです。これで二度目のライブになります』
全く知らない、というオーディエンスもいるだろう。
しかしそんなバンドが、アトミック・ハートの前に演奏する。
この演奏の順番は、ある程度は店長が決めることだ。
トリ前というのは、それなりに重要な順番だ。
おそらくここは、アトミック・ハート目当ての客が多いのだろう。
それを全てとは言わないが、九割は奪ってやろう。
ビジュアル系のバンドから女性客を奪うというのが、さすがに苦しいのだから。
『今日はオリジナルを二曲、カバーを三曲やります。二曲目には前回好評だったタフボーイ、それで一曲目にはちょっと、誰でも知っている曲を準備しました』
まだMCは終わっていないが、俊と西園、そして暁の間で視線が交錯する。
カンカンカンカンとドラムスティックが鳴らされる。
そしてギターが始まる。
ジャージャジャンジャジャジャジャ ジャンジャジャージャジャジャ
ジャンジャンジャジャジャジャ ジャジャジャジャジャジャジャ
『タッチ』
ギターとドラムの調和の取れた演奏から、すぐに歌唱パートが始まる。
ギターの旋律が有名すぎるこの曲だが、よく聞けば相当にベースも重要なのである。
暁のギターはクリーンな音で、完全に歌に寄り添ったものになっている。
アップテンポな曲ながら、歌詞は実にセンチメントなものである。
そしてギターのソロパートが始まるが、ここで暁は一気に音を上げていく演奏をして、オーディエンスの気持ちを引き上げる。
意外なほどの歌唱パートが多いこの歌は、毎年のように甲子園で、また運動会や体育祭などでも使用される。
ロックなギターであるが、本来ならこんなライブでやるには、カラーが違うだろう。
月子の歌い方で合うのか、と思ったこともある。
だが彼女もどんどんと表現力を上げている。
昭和歌謡に分類されるのかもしれない、この楽曲。
だが月子が歌うと、ソウルフルになる。
そして終盤にかけての暁のギターが、一気に音を歪ませて聞かせていく。
技術で圧倒的に心を掴み取る。
曲が終わったときには、口笛が吹かれた。
上手く受け入れられた。おそらくあまりにも誰にとっても懐かしいので、反感なども感じはしなかったのだろう。
ただ色物的な選曲だな、とは思われたかもしれない。
だが本格的なロック要素は、後で暁に任せているのだ。
『ありがとうございます。それじゃあ二曲目は、この間一番評判の良かったタフボーイを』
俊はそこで暁に目を向けたのだが、ちょっと驚いてしまう。
レスポールを下ろした暁は、もう髪ゴムを外して、さらにTシャツを脱いでいた。
早くも暖まってきたらしい。
そしてまたギターを装備した暁は、他のメンバーを見ることもなく、演奏を開始した。
西園はそれについていき、俊も慌ててシンセサイザーとPCを動かしていく。
(一人で暴走するなよ)
頭が痛くなるが、今日も暁は見事にノっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる