ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~

草野猫彦

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四章 ラストピース

48 五人はどこか欠落している

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 天才の誕生する条件、というのはこれまでに実は、真面目に研究されたことがあったりする。
 そして特定の分野では、ある程度それが明らかになっている。
 ただそれを統計で示すとなると、現代に近づくにつれて、条件が合わなくなってきたりもする。
 表現者というのは、なんらかの渇望がなくてはいけない。
 それは確かにそうなのだが、この渇望が先天的なものなのか、後天的な環境なのかも、確実なことは言えない。

 しかし一つ確かなことは言えるだろう。
 人間は満足してしまえば、それ以上を求めることはない。
 なので欲望が大きければ大きいほど、より高みに登ろうとする。
 無欲に見える人間は、無欲であるように見せたい、という欲望が強大すぎるだけである。
「まず、改めて自己紹介といこうか。もちろん言わなくてもいいことは言わないということで」
 喉を潤した俊は、言いだしっぺということで、自分から話し出す。
「渡辺俊。21歳。ノイズではサリエリ。父は元マジックアワーの東条高志。母は元歌手で今はオペラ歌ってるカグヤ。ほとんど一人暮らしで、現在音大の三年生。将来的な目標は、人類史に残る曲をいくつか作ること。何か質問は?」
「質問じゃないけど、俊さんすごいこと考えてたんだね」
 呆れ声で暁は言うが、彼女の考えていることも、それなりに難易度は高い。
「担当する楽器とかも言っておいた方がいいだろ」
 信吾の言葉にも、呆れている成分が含まれていた。
「基本はシンセとかの電子音に、楽器はピアノとベースがそこそこ、ヴァイオリンがそれなりで、ギターとドラムが初心者よりはマシってぐらいかな」
「こいつは自分の評価を低くする傾向にあるから、そこそこでもかなり上手いぞ」
 信吾の解説に、月子と暁はうんうんと無言で頷いていた。

 次は並んでいる順なのか、月子に視線が集まる。
「久遠寺月子です。18歳。ノイズではルナ。淡路出身山形と京都で育ち、今は地下アイドルしながらノイズにも参加してます。ボーカルですが三味線も弾けます」
「アイドル!?」
 この千歳の反応は、誰もが予想していた。
「だから変な仮面で顔隠してたんだ」
「そうそう、あっちでは顔出ししてるんで」
「月子、言いにくいのは分かるけど、話しておいた方がいいことがあるだろ」
 他のメンバーには、既に言ってある。
「あ~、ディスレクシアという失語障害とか言われる発達障害があります。難しい漢字が読めないし書けません。あとアルファベットも筆記体は読めません。それと相貌失認といって、人の顔がなかなか憶えられません」
 属性てんこ盛り、と言ってもいいかもしれない。

 すると次は暁の番である。
「全員知ってるんじゃないかな。安藤暁。16歳。母親がカナダ人なんで、ミドルネームがアシュリー。そこからノイズではアッシュって名乗っています。父親は元マジックアワーの安藤保。ええと他には……ギター以外出来ません」
「アキはけっこう電子機器にも強いし、エフェクターにも詳しいだろ」
「まあ父親も現役でミュージシャンなんで、自然と。あ、ギターで一生食べていきたいです」
 千歳はふむふむと頷いていたが、同じ名前が二回出てきたことに気づく。
「マジックアワーって昔のバンドだよね?」
「昔な、一時期は出す曲全部、連続一位とかもしてたよな? ギターボーカルのリーダーが死んで解散した、そういう点でも伝説のバンド」
「ロックスターは早死にしないといけないからなあ」
 信吾の解説に俊は皮肉な笑みを浮かべたが、そういう俊の父も、それなりの年齢で死んでいる。

 テーブルを囲んでいる順番だと、次が千歳である。
 ただ加入の順番であれば、次が信吾となる。
 視線は先に、信吾の方に集まった。
「森脇信吾。22歳。本名でやってる。元アトミック・ハート、ギター担当。今はベース弾いてるけど、人並にはギターも弾ける。あとは……仙台出身、ぐらいか?」
「将来の目標とかは?」
「最低でも日本のトップぐらいは取りたいな」
 俊の質問に対して、不適な表情で信吾はそう答える。
 それぐらいの目標がなければ、メジャーデビューを蹴ってまで、他のバンドに入る理由はない。



 なんだかとんでもない人たちが揃っている。
 軽音部の中では京子が、圧倒的に一番上手かった。
 その京子よりもずっと上手いことは、昨日のライブで分かっている。
 元々暁のギターが凄いことは、実感として体験していたのだ。
「香坂千歳です。15歳。ええと……ギター初心者です」
 あまりにも短い自己紹介に、俊が質問の挙手をする。
「歌は何か習ったりしてたのかな」
「いや、うちはお母さんが昔歌手になりたくて、それは諦めたんだけど歌は好きだったから、ずっと一緒に歌ってたぐらいで」
 それだけで、あそこまで歌えるのか。

 一応は歌唱の訓練を受けていた月子よりも、才能の絶対量では上回るのではないか。
 そもそも歌に込められていた熱量が、月子とは似たような方向に思える。
「それで、今は親がいないと?」
「あ~、けっこう重い話なんですけど、いいですか?」
「俺たちの中で両親が健在なのはアキだけだな」
「うちも離婚はしてるけど、新しいお母さんになりそうな人とは仲がいいかな。母親と言うよりはお姉さんって感じだけど」
 ただ暁の場合は、コミュ障がかなりのレベルと言えるのか。
 もっとも普通に話す分には問題がないので、単純に他人をあまり必要としなかった、とも言える。
 今となってはもう、一人でギターを弾く日々には戻れないだろうが。

 重い話を聞く準備は出来た。
「話したくないなら、話せる範囲だけでもいいんだ。ただ保護者に許可は取らないといけないし」
「いや~、ちょっと引かせたいというか、これを話すとだいたい、優しくなってくれるんで」
 おそらく重いと言っても、月子ほどではない。
「まあ起こったことは単純で、事故で両親が、入学するちょっと前に死んじゃったんです」
 そこから数ヶ月ではまだ、感情の整理がついていないのか。
 ただその整理されていない感情こそが、今の千歳の表現力に強く働きかけているのかもしれない。

 現在は叔母が保護者になっている。
「あたしのやることを尊重してくれる人なので、反対とかはしないと思います。本人も小説家なんてやってるし」
「小説家って」
 月子と同じだな、と俊は視線を送った。
「なんて名前?」
「高岡文乃って。ちょっと一般小説じゃないんですけど」
「おいおいおい、芥川賞取ってる児童文学ファンタジーの超売れっ子じゃないか」
「あ、やっぱり有名なんですか」
 俊は視線を向けるが、どうも知っている者はいないらしい。
「竜のフェルナーデの作者だ」
「あ~、知ってる!」
「アニメ化もされてたやつか」
「普通に読んだことある」

 作品に比べて、作者の知名度は低いものであるのか。
 だが単発勝負のシリーズ物を書かない作者は、名前が売れていると思う。
「あのさ君たち、月子はともかく文学とかも読まないと、引き出しが少なくなるよ。図書館に行ったら確か視覚障害者用の読み聞かせとかも置いてあるし」
「俊さんは雑食だよね」
「それぞれの分野の上澄みを掬っていっても、インプットするには人生は短すぎるからな」
 雑食と言った暁は、その真逆の存在であろう。基本的にギター演奏に全てをかけている。



 人はおおよそが、特別な何かになりたいと考えている。
 どこかのタイミングで、それを諦めるのだ。千歳の母のように。
 呪いのように、諦められない者もいる。
 俊などはそうであろうし、そもそも選択肢がない者もいる。 
 暁などはギターに人生が特化しすぎているし、月子も普通の幸せを送るには、あまりにも歪である。

 千歳はまだ、そのボーダーラインを越えていない。
 高校一年生というのは、まだしも可能性を感じさせる年頃だ。
 もっとも社会的成功を得るためなら、もっと早くに路線に乗せなければいけないという、地獄のような社会が資本主義の行き着く先だが。
 スポーツ選手かミュージシャンにでもならなければ、脱出できない最下層というのが、かつては存在した。
 だが現在ではその分野ですら、肉体を作る正しい方法や、インプットにかかる環境が整備されてきて、富裕層でなければ成功しない環境になりつつある。
 芸能人の親の職業を調べれば、それに偏りがあるのは分かるだろう。

 少なくともギターを買ってもらうぐらいの余裕がなければ、演奏は始められない。
 一万円ぐらいの安いギターももちろんあって、単に技術を磨くだけなら、それで充分だろう。
 初心者セットというのはあるが、だいたいそれなりの最終調整しかしていない。
 あとは歌にしても、声質という天性のものはさすがにあるが、ボイストレーニングでかなり鍛えることも出来る。
 スポーツなども、最初に道具を買わなければいけない。

 入り口の時点で既に、選ばれた者しか入れない。
 千歳の前には、その入り口が開かれている。
 亡くなった母と歌っていた、その道の延長上にあるように。
「あたしは、何かやりたいとは思っても、そんなプロになるとか、大それたことが本当に実現するとは思ってなかったんだけど……」
 千歳はそこで、一度言葉を切った。
「そんな中途半端なあたしでも、やっていいのかな?」
「むしろ最初はそんなもんだろ」
「俺は環境的に、最初からガチだったけどな」
 信吾は理解を示したが、俊は同調しなかった。

 何者かになりたい。
 俊の主観からすると、そう考えるのは男の方が多い。
 実際に歴史に名を残す業績を果たしたのは、圧倒的に男の方が大きい。
 別にこれは差別ではなく、肉体がどちらに向いているか、という問題である。
 それでも男顔負けの業績を残す女性はいる。
 たとえば暁などは、高校生の中では男を含めても、一番ギターが上手いかもしれない。

 月子にも感じたが、千歳にもある、何かになりたいという衝動。
 おそらくそれは、一般的な幸福を失ったことによる、反動から生まれているものなのだろう。
 俊にしてもそれが顕著になったのは、父を失ってからだ。
「ギターボーカル一人、加入ということでいいかな」
「ギターもやってもらうの?」
「アキはリードギター弾くために生まれてきたような人間だからな」
 暁ほどの異常な技術を身につけてほしいとは思わない。
 ただ音の厚みを加えたいというのは、前から考えていたことである。

 POPSならいいが、方向性はロックだ。
 ならばギターの役割が多くなる。
 それに月子も、今までは使っていなかったが、三味線は弾けるのだ。
 俊はいくつか、三味線を使っているPOPSを見つけたりしている。
 しかもその曲は、月子よりは千歳の声の方が、おそらく合うと思われている。



 五人が揃った。
 これに西園が加われば、俊の見たバンドの形態が完成する。
「でも栄二さんを誘うのは、かなり難しいだろ」
 現実的な安定性を求めて、栄二は会社に所属のサラリーマンミュージシャンとなったのだ。
「これだけのメンバーを揃えたんだから、野心のあるドラムの引抜とかも出来るんじゃないか?」
「やろうと思えば、そりゃ出来るんだろうけど、大きな問題がある」
 それは以前に、信吾には言っていたことだ。
「男女混合バンドが解散する、最大の理由は?」
「バンド内のどろどろした恋愛関係、ってやつだな。あ、そうか」
 西園は既婚者である。
 つまりそういったことが起こりにくいと考えられるのだ。

 ドラマーに必要なのは安定感。
 そういう意味で西園は、逆に安心できる人選だというわけだ。
 もっともだからといって、勧誘して引き抜けるかというのとは別の話であろう。
「昨日の栄二さんの様子を見れば、脈がないわけではないってのは分かるだろ」
「それは……確かに、ショックを受けてたとは思うな」
「一度は音楽で食っていくって決めたのが、いつまでも黒子でいられるかってのは、ちょっと疑問なんだよな」
「けどあちらは、家族の生活がかかってるんだぞ?」
「どれだけの可能性を感じさせることが出来るか、分の悪い勝負じゃないと思うんだけどな」
 難しいことは年長の男子二人に任せて、暁と千歳はギターのレッスンに入ったりしていた。

 とりあえずは、次のライブのことを考える。
「次、CLIPで演奏するんだけど、香坂は歌いたい曲とかあるか? これは加入者特典みたいなもんで、信吾の時もやったんだけど」
「え、あたしが選んでいいの?」
「とりあえずこのPCからYourtubeで出てくる音源なら、ほとんど候補になる。まあギターとかドラムとか全く使わない、ピアノ伴奏のみの曲とかは却下するけど」
「練習の時間はどうするの?」
「難しい曲も却下する。自分で歌える曲を選ぶんだ」
「あ、じゃあちょっと歌ってみたい曲はあるんだあ」

 千歳はPCを普通に使って、その曲を出した。
 だがそれは、他の四人を当惑させるものであった。
「アニソン……だな?」
「そうだろうな。俊、知ってるか?」
「かなり古そうな作品だけど、なんでこんなの知ってるんだ?」
 タッチのように後にリマスターが再販されたものではない。
 もっとも昨日のアンコールの時も、かなり古い曲を挙げていた。歌手志望であったという、母親の影響であろうか。



 一応俊は、この作品だけは知っている。
 だがロボットアニメということ以外は、全く何も知らないと言っていい。
 主題歌にしても、本当に初めて聞いた。
「曲自体はいいな。コーラスが入るし、ギターも二本使ってるか? そのくせ難しくないし」
 ただ妙な演出が入っていて、なんじゃこりゃとはなる。
「カバーしている人は……一応いるな。原作は打ち切りみたいだけど」
「打ち切り作品か……」
「でもそれを言うなら初代ガンダムも宇宙戦艦ヤマトも打ち切り作品だったんだぞ」
「え、マジで?」
「マジマジ」
 俊たちの世代からすると、今でも普通に名前だけは知っている作品が、まさか当時は打ち切りであったというのは、ちょっと驚きなのだが。
 昨今のアニメでは、おそらく打ち切りというのはないのではなかろうか。

 演奏は出来なくもない。いや、曲自体は確かにそれほど難しくはないのだ。
「作詞は大御所がやってるな」
「あのおっさん、こういう仕事もしてたのか」
「女声版のカバーもあるし、分かりやすいな」
「サビをイントロのギターに持ってきてるって、けっこう好き」
 選曲は構わないのだが、いったいどこからこんなものを持ってきたのか。

 歌手志望だったという母親にしても、歌わない曲だと思うのだが。
「お父さん、けっこうオタクだったんだ。それでいつか、昔の自分が見たアニメを全部見直そうとしてたんだって。その後入学式まで引きこもって、だいたいそういうの見てたんだけど」
 背景が重い。
 ただもう、下手に色物と思われるよりは、振り切ってしまってもいいだろう。ここまでマニアックだと、逆に潔い。
「じゃあ、やるか」
 言ってはみたものの、本当に自分の選択が採用されて、かなり驚く千歳であった。
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