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六章 ライブバンド

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 最後にノイジーガールをやったことで、思った以上の体力を使った。
 フロントガールズは楽屋で椅子に、燃え尽きたように座り込む。
 信吾と栄二さえもある程度の疲れは見えていて、俊もまたラストのドタバタで一気に疲れていた。
 だがそれでも、楽屋に来てくれたマスターには、詫びをいれなければいけない。
 当初の予定とセットリストが変わってしまったことである。
「まあ初めてのワンマンなら、あることだな」
 超過しすぎるよりはいいだろう、ということである。
 それに予定していたことは、ちゃんと全て伝えられたのだから。

 ただ反省すべき点は他にもあった。
 物販を頼んでいた友人が、早々に売切れてしまったことを伝えてきたのだ。
 300人のハコで、100枚が瞬時に完売。
「一人三枚までにすぐしたんだけど、三枚買っていく人多かったよ」
 なんでだ、というのが俊の感想である。
 通販でも販売すると言っているではないか。

 しかし栄二が当たり前のように推測する。
「ファーストアルバムも通販で売り切れてたし、転売目的なのかもな」
「完全にカバーアルバムなのに?」
「あとはチケットを取れなかった知り合いの分まで、頼まれていた人間がいたとか」
 それもあるのか。いや、それこそ通販があるのだが、やはり売り切れるのだろうか。
 ネットでの販売は、明日から開始である。
 その動きを見れば、新たな推測も出来るであろう。

 直販をどれだけ持っておくか、というのは確かに難しいのだ。
 シェヘラザードからたくさんもらったら、それを売るのは自分たちの力となる。
 売れ残ったら在庫を、最終的には処分しなければいけない。
 それに今回はレコーディング費用やジャケット作成なども、かなり自分たちでやっている。
 インディーズから出す方が、基本的にアーティストの取り分は多くなる。
 CDに限った場合であり、そもそもCDが売れなくなっているので、そこは困ったものだが。
 インディーズでも宣伝が強ければ、それは問題ない。宣伝に強いインディーズとは、という問題はあるが。

 今回の会場での収益は直販であるため、売上の75%にもなる計算である。
 これは既に著作権を引いて計算したものだ。
 3000円のアルバムが100枚売れて、その75%が儲けになる。
 ざっと225千円であり、これを六人で割ると37500円となる。
「たった一日で37500円!」
 千歳などは感激しているが、男性陣に加えて月子や暁も、難しい顔をする。
「準備するの少なすぎたね……」
 暁も少しは勉強しているのでそう言うし、月子もアイドル時代の活動で、CDの売上に関する知識は少しある。
「いや、しかしこれは……マーケティングに完全に失敗してるな」
 栄二がため息をつくが、信吾も難しい顔をする。
「かといって在庫を持つのは、それはそれでリスクだしな」
 この二人はメジャーデビューが目の前にあっただけに、余計に金を稼ぐ難しさを理解しているのだ。

 この問題については、ちゃんと教えなければいけないだろう。
「在庫はまだあるんだっけ?」
「20枚だけな。不良品との交換とか、あとは配布用に残しておいた」
 自分にはどうも、商売の才能はないのではないか、と思い始めている俊である。
 ただ他のメンバーも、もっと自分たちで売ろう、という意見は出していない。
 特に今回は、カバーアルバムであったのだから。



 反省点の多かったライブに、続いて反省点の多い物販の問題である。
 いや、自分の懐に、売れるかどうか分からないアルバムを、そう大量に置いておくことこそが怖いのだ。
 しかしクラウドファンディングのことを考えれば、もっとプレスしても良かったのか。
 ただあれは投資してくれた人間には、最優先で買える権利が回るようにはしてある。
 おかげでレコーディング費用を、自分たちで出す必要が全くなかったので、その分を売上からもらえることになっている。

 やはり、レーベルと事務所の力は必要なのか。
 そう悩んでいるところに、やってきたのは阿部香澄である。
 ライブが終わってからという話をしていたのに、すっかり忘れてしまっていた。
「ライブは大成功だったみたいだけど、何を落ち込んでるの?」
「いや~……メジャーレーベルの方に言っても」
「売り方が分からないんじゃない?」
 その通りである。

 中途半端に、業界のシステムは知っている。
 そして売るためには何を削ぎ落とすかも分かる。
 ギターと共に生きているような暁はともかく、まだ音楽に完全に身を置いていない千歳は、いなくてもそれなりにどうにかなる。
 また自分自身は、完全に打ち込みなどのエンジニアになる。
 そうした方が自由度も上がり、よりスピーディに進むだろう。
 だが自分の求める最強のためには、千歳を切るという選択はありえない。
 メジャーレーベルの事務所であれば、簡単にそれを求めてくる可能性が高い。

 今はもうインディーズとメジャーの垣根もなくなりつつある。
 だが音楽を売るために何が必要なのか、それは間違いなく宣伝であるのだ。
 もっとも今は、わざとらしい宣伝というのは、むしろイメージがマイナスになる。
 SNSなどによる、ある程度は信頼性のある筋からの口コミなどが、今は大きな効果を持つ。
 それでも広告会社の力は、いまだに強いと思われているのだが。

 ノイズのCDが売れているというのは、随分と奇妙なことであるのだ。
 インディーズでいきなり5000枚というのは、かなり異例のことであった。
 ただそれはメンバーに、信吾や栄二がいたということで、ある程度の売上が見込めたことと、インディーズの矜持というものでやや多めに見込んだと言えよう。
 そしてそれは多めどころか、早々に二度の再プレスをすることになった。
 シェヘラザードを失望させなかったことによって、二枚目のカバーアルバムが出せたということはあるのだ。

 ただシェヘラザードはあくまでも、CDを出すためのレーベルで、芸能事務所ではない。
 制作、流通とある程度の宣伝はしてくれるが、あくまでも企画を最初に出すのはアーティスト側である。
 同じインディーズでも、企画やマネジメントまでしてくれる、大手メジャーとあまり変わらないという事務所もある。
 しかしそういう場合はやはり、事務所の方針に従って、仕事をしなければいけない場合がある。
 事務所も利益を出す必要があるため、それは当然のことなのだ。

 俊は目標としては、やはりメジャーレーベルに所属しなければ、どうしようもない壁があるのだとは考えている。
 ただそれまでに実績を積み重ねて、より良い条件で大手と契約をしたい。
 実績は積み重なって、人気も出ていることは間違いない。
 だがあまり利益が出ていないのが問題なのだ。

 栄二はフリーでやっている部分があるため、音楽で食っているとは言える。
 そもそもドラマーの上手いのは、かなり貴重であるためだ。
 しかし信吾と月子は、まだある程度のアルバイトをして、生活を成立させている。
 家賃がなくなったと言っても、ある程度の食費と光熱費は負担させている。
 またバンドと自分の腕を維持するのに、それなりの金は必要になってくるのだ。
 スタジオ料金がかからないのと、俊が足を出すのだけで、大きく経済的には安定するようになった。
 多少は嗜好品を買えるようにもなったが、まだ音楽で食えているとは言えない。



 そういった社会人組三人の事情を、高校生組二人は理解出来ない。
 月子がアルバイトをしていることは、普通に誰もが知っているが。
「今度、うちでインディーズの新しいレーベルを立ち上げる企画があるのだけど」
 そこに阿部は、こういうことを言ってきたのだ。
「貴方たち、興味ない?」
「ありますね」
「え~、なんでメジャーレーベルがまたインディーズのレーベルまで立ち上げんの?」
 こういう基本的なことを聞いてくれると、俊としてもメリットなどを確認しやすい。
「それは貴方たちみたいなわがままなアーティストを、どうにか売り出して儲けたいと思ってるからでしょ」
 そういうことであるらしい。

 ノイズは既に実績がかなり積み重なってきている。
 夏のフェスと今日のワンマンを入れて、既に15回のライブをしている。
 七月からライブ活動を開始して、これだけの数というのは、ぞれなりに多い。
 もっとも栄二の他との兼ね合いもあるため、本当ならもっと予定を入れられるのだ。
 俊が新曲を作っていく暇がなくなってしまうが。

 6000枚のアルバムがほぼ売り切れたというのは、今の時代ではインディーズのデビューアルバムとしてはかなりすごい。
 またライブハウスのチケットが、ノイズの出る日であると、すぐに売り切れている。
 もっともこれに関しては、他のバンドとの兼ね合いで、問題も出てきている。
「自己プロデュースもいいけれど、売れ行きの見通しとかには失敗しているみたいだし」
 確かに今日のCDの売れ行きは、明らかにマーケティングが出来ていなかったと言うべきか。
「マルチタレントじゃないバンドだと、普通にインディーズが多いから、うちも改めて進出するの。その第一号に誘いにきたんだけど」
 これは、悪い話ではない。
 むしろいい話である。

 栄二がメジャーデビューした頃は、まだメジャーに対する憧れというものがあった。
 それこそ俊の父がプロデュースしていた時代は、大きな資本による宣伝が、何よりも重要であったのだ。
 だが時代は変わっていく。
 信吾がメジャーデビューしなかったというのも、音楽の方向性などの他に、金銭面の問題もあったのは確かだ。
 根本的な話として、ノイズは人数が多すぎる。
 作曲作詞の俊が、自分の分のアーティスト演奏料を他に回しても、五人のバンドとなっている。
 今なら五人でも、それなりに多いと思われることはある。



 いい話かもしれない、と俊は思っている。
 だが年末には既に、一つフェスの予定が入っている。
 1000人規模の有名なハコで行われるだけに、さらにインディーズのレーベルとの接触があるかもしれない。
 それに人脈を辿っていけば、ここで飛びつく必要もない。
「年末のフェスに参加するんで、まだちょっと考えられないですね」
 俊はもったいぶった後、こう続けた。
「考える余裕が出てきたら、一番最初に声をかけていただいたことは、しっかりと思い出します」
 この言葉で、阿部は頷くしかなかった。

 東京を既に拠点としていて、ライブ実績も積み、チケットも売り上げている。
 そもそもシェヘラザードのアルバムで大成功した時点で、もっと声がかかってもおかしくないのだ。
 それこそGDレコードだが、あそこは完全なメジャー路線であるか。
 彩もただのシンガーとしてではなく、タレント業もしていたはずだ。

 年末のフェスが終われば、さすがに考えていく必要がある。
 そして高校生組には、どれだけの活動を音楽に捧げることが出来るか。
 フェスが終われば、環境が変わっていく可能性があるのを、俊は感じていた。



  第六章 了
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