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第28話 迷宮の花園
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深い水底から浮かび上がるように、意識が浮上していく。
それは眠りから覚めるものであり、同時にリアという存在を再構成する作業でもあった。
五感が戻っていく。その中ではっきりと感じるのは、触覚だった。
(動く…?)
暗闇の中、手を伸ばす。ぱりっと何かが割れて、目に光が飛び込んでくる。
五体が動く。指先から爪先まで。
記憶を思い出す。片足は斬ったはずだ。ルルーがつなげてくれたのか。
自分が今どうなっているのか、はっきりしないままリアは起き上がった。
全裸で寝台の上に寝ていた。木の匂いの強い小屋の中だ。寝台の上には黒い何かの破片があり、どうやらそれがリアを覆っていたらしい。
(どこだ、ここは?)
板の間から日の光が差し込んでくる。迷宮の外に出たのなら、どうしてこんな小屋の中にいるのか。
寝台のすぐ傍の椅子の上に、リアの着替え一式が置いてあった。その下にはブーツもある。全てあの決戦の前にサージに渡しておいた物だ。
下着までちゃんと畳んで置いてある。そういえばサージにくれぐれも変なことに使わないように言っておいたが、彼は憮然とした表情で答えたものだ。
「姉ちゃん、おいらまだ性欲が出てくる年齢じゃないよ。それに中身にしか興味ないし」
思い出し笑いをして、リアは着替えた。鎧と武器はない。魔法の袋もない。巨人の胃の中で溶けてしまったのだろう。印章付きの短剣はあった。
非常に心細くなる装備だったが、リアは小屋を出た。
「うわ…」
光の中に、花にあふれた野原が広がっていた
太陽はほぼ真上に位置し、それなのに柔らかな陽光を注いでいる。広がる空間にはところどころに大樹があり、木陰を作っている。
その一番近い木の下から、こちらに駆け寄ってくる姿があった。
「姉ちゃ~ん」
サージだ。満面の笑顔でこちらに駆けてくるが、それよりリアには気になったことがあった。
「良かった。ちゃんと目が覚めたんだ」
「マールは?」
勢い良く抱きついてきた少年の頭をぽんぽんと叩きながらも、リアが気にしていたのはもう一人の生き残りのことだった。
「マールには伝言を伝えてもらったよ。おいらは姉ちゃんが卵から孵るのを待ってたんだ」
いきなり聞き捨てならないことを言ってくれた。
「卵?」
訳が分からない。だが、察するに寝台に落ちていた破片のことか。
「あれ? 姉ちゃんのギフトか何かだと思ったんだけど」
サージも首を傾げるが、リアにも心当たりはなかった。自己確認してみると、それらしきギフトが解放されている。
休眠、脱皮というのがそれっぽい。他に超再生というのもある。高速再生よりも上なのか。
「どうやらそうらしいな。あんな怪我は、私も初めてだったからな」
それはそれでいい。サージの話によると、気を失ったリアの肉体を包むように、黒い殻が覆ったそうだ。そしてそのまま何の反応もなく、一週間が過ぎたらしい。
「一週間か…」
「マールには丸一日経過した時点で、地上に戻ってもらったんだ。おいらが残ったのは、迷宮の主との話があったからで…」
「迷宮の主、ということは、ここは迷宮の中なんだよな?」
予想はしていたが、太陽まで作り出してしまうのか、この迷宮は。
「迷宮の第11階層だってさ。正確にはどうも、異世界に近いらしいけど」
異世界とはまた、スケールの大きな話だ。
「それで、その迷宮の主というのは?」
やや身構える。こんな穏やかな空間を作り出している存在なのだから、邪悪なものではないだろうし、人間の感性に近いのだろう。サージの佇まいからも、そう判断できる。
だが同時に、強大な力の持ち主でもあるはずだ。あるいはサイクロプスよりも厄介なのかもしれない。
「お~い、ラビリンス~」
サージは自分がいた大樹に向かって手を振る。するとそこから、ふわふわと光がこちらに向かってきた。
大きなものではない。せいぜい30センチぐらいだろう。光の中に、羽を持った妖精の姿が見える。
それにしても、ラビリンス?
「あら、お目覚めね」
柔らかな光が収まり、緑色のドレスを着た小さ妖精が姿を現す。
「私はラビリンス。この迷宮の主」
好奇心の強そうな顔をしている。この視線には覚えがある。迷宮でずっと感じていた視線だ。
続けた言葉に、リアはしばし固まった。
「そしてあなたたちと同じ、転生者よ」
とりあえずお互いに自己紹介を終えると、ラビリンスは笑顔で言った。
「お姫様に生まれるなんて、よっぽどポイント使ったのね~」
ここでも誤解されたが、訂正は簡単に済んだ。ラビリンスは妖精の心眼というギフトを持っていて、なんとリアを鑑定出来たのだ。
「竜の血族か。アナイアと同じギフトね。スキルはアナイアよりいっぱいあるみたいだけど、まだギフトの力を引き出してないわね」
さりげに重要なことを言いながらも、ラビリンスはサイクロプスを倒してからの経緯を補足してくれた。
リアが気を失った後、すぐに体が黒い殻で覆われ、右往左往する二人の前に、ラビリンスが現れた。
ラビリンスは自分がこの迷宮の主であると告げ、卵と二人をこの空間へと転移させた。
鑑定によると竜の卵となっていたため、様子を見るようにと提言。二人はそれに従う。
マールには先にご褒美をあげて地上へ転移させ、卵は寝台へ。あとはサージと日本の思い出話などをしたり、魔法の修行を見ていたりしたそうだ。
「日本の思い出話? と言っても1000年は差があるんじゃ…」
リアの疑問はもっともで、サージも最初はそう思ったのだが、どうもこの世界に転生するのは、21世紀の日本人で、転生する先の年代はバラバラらしい。実際にラビリンスの死んだ年を聞くと、リアのほんの少し前でしかなかった。
「私が取ったギフトは創世魔法。そして1000年前の大戦でレベルを上げて、迷宮創造のギフトに昇華させたのね。それからずっと、ここで冒険者たちを鍛えてるわけ」
探索者たちとは言わなかった。ラビリンスがこの迷宮を作った頃は、その名称の方が一般的だったのだ。
「鍛えるというのは?」
「もうすぐまた大戦の時期でしょ? それに備えて、人類側の力を底上げするのよ」
もっとも、と首を振って、死者が出ないというのは優しくしすぎたかもしれないという。
死んでしまっては元も子もないが、せっかくこういった造りにしているのだから、もっとガンガンきてほしいのだ。しかしこの100年で最下層を突破したのは、リアたちを除いて一人しかいないらしい。
「ちなみにその一人の名前は?」
「教えてあげない。個人情報だもの。まあ、大戦になったら自然と会えると思うわよ」
オーガキングの言っていたアルスという人物ではないかと思ったのだが、確認したところでどうということもない。
それより転生関連の話で忘れかけていたが、重要なことはそれだけではないだろう。
「迷宮を攻略したら、何でも願いを叶えてくれるという話だったが…」
「何でも、ではないわね。私が出来る限りは何でも、よ」
おおむね肯定された。この迷宮を見る限り、かなりのことが出来そうではある。
「実は私は、前世では男だったんだが…」
男に戻れないか、という質問にラビリンスは腕を組んで考え込んだ。
「前世と性別が違うってのは初めて聞いたわね…。それはさておき、男になること自体は簡単。魔法で出来る。でも見た目が男なだけじゃないく、機能とかも全部男にしたいのよね?」
リアは頷く。ラビリンスは申し訳なさそうな顔をした。
「結論を言えば、出来るわ。でも遺伝子から書き換えるから、赤ん坊からやり直すことになっちゃうけど…」
さらに言えば、記憶もかなり消えてしまう可能性が高いという。
実質的には無理なのと同じだ。期待していただけに、失望も大きい。
「するともう、方法はなしか…」
「いや、ひょっとしたらだけどね」
小さな可能性だが、と前置きした上で、ラビリンスは言った。
「バルスなら知ってるかも。私よりもずっと長生きだし、竜の血脈についても詳しいしね」
暗黒竜バルス。
またすごい名前が出てきたものである。
五大神竜の中で唯一、明確に人間に味方した竜神である。大陸北西の暗黒迷宮に居を構え、来るべき魔族との戦いに備えているという。
「あとはアゼルフォードかなあ。まだ死んでないよね? 他にはエルフのクオルフォス。他の五大神竜も知識は豊富なはず。まだ心当たりは数件あるけど、大陸のどこにいるか分からないから期待出来ないね。たぶん名前も顔も変えてるし」
アゼルフォードは聖山キュロスに居を構えるという大賢者である。若き日のルーファスも弟子として学んだ。リアにとっては師匠の師匠である。
クオルフォスは大陸北東の大森林の最奥に住む、古代エルフ族である。こちらも伝説的な存在だが、人間にはそこそこ好意的だ。
それにしても伝説的な人物の名が、ぽんぽんと出てくるものである。
歴史に名前は残っていないが、ラビリンスも伝説の英雄の一員ではあるのだろう。
「というわけで、その願いは無理。他に何かある? 戦士ならものすごい武器とか興味ない?」
武器と言えば…。
「サイクロプスとの戦いで、全部武器を使ってしまったんだけど、それを直してもらうというのは可能かな?」
「え? それぐらいならタダでしてあげるよ。ほい」
ラビリンスが手を振ると、リアの目の前に鎧と武器の全てが現れた。もちろん爆発した刀もある。
おまけにボコボコに歪んだカルロスの鎧も復元してくれた。盾も魔法のかかっていない物は大丈夫だそうだ。
「あ、魔法の袋はなしね。魔法のアイテムはちょっと力を使うから、願いの一つにさせてもらう」
魔法の袋は貴重だが、現状サージがいるから必要ないだろう。それに迷宮都市の魔道具屋を巡れば、一つや二つは売っていそうだ。
「ちなみにサージとマールはどうしたんだ?」
尋ねてみると、得意げにサージは分厚い魔道書を取り出した。
ラビリンスの知識の中にある魔法を全て記した魔道書で、今では失伝している魔法もあるのだとか。まだ使えないが、創世魔法まで網羅した、門外不出の品である。サージにしか読めないという特殊な魔法がかかっているという。
マールは魔法が使えるようにしてもらったらしい。正確には、魔法の素質を引き出してもらったのだとか。妖精の瞳を持つマールは、精霊魔法の適性があったので、それを発現させたのだ。詳しくは本人に聞けばいいだろう。
「単純に、強くなりたいというのは…」
「強くなってもらうために、この迷宮はあるんだから。強くなるのに最適な環境を与えることは出来るけど、即席では無理ね」
なるほど道理である。
しかし困った。一番叶えてもらいたかった願いが無理となると、そうそう次の願いなど思い浮かばない。
何しろ一国の王女であるのだ。金で解決出来るようなことなら、大概はどうにかなる。
「魔法の剣とかあげようか? 未熟な貴族が持ち込んだのが、何本もあるけど」
残念ながら、剣の扱いにはそれほど長けていないのだ。剣術スキルは高くても、刀の方がより扱いやすい。
刀はこの世界では割とマイナーな武器で、その製造の工程の複雑さもあって、魔法の武器としてはほとんど存在しない。
「刀が欲しいけど、これよりいい刀はあまりないでしょう」
オーガキングのくれた刀を見せる。だがラビリンスには刀の善し悪しなど分からない。
「そんなに刀が欲しいなら、作ってみる?」
リアの刀に対する執着を見て、ラビリンスはそんなことを提案した。
刀とは、そう簡単に打てるものではない。リアは前世の記憶からそれをよく知っている。
「いや、創世魔法で。魔法の品じゃないなら、けっこう簡単に作れるかもよ」
「ラビリンス、私は前世で名刀と呼ばれる刀をたくさん見る機会に恵まれたんだが、正直この世界の刀で、向こうの業物に比肩する物はほとんどないよ」
ほとんど、というのは建前である。オーガキングのくれたこの刀でさえ、虎徹と比ぶべくもない。虎徹があれば、サイクロプスとの戦いも、もっと楽なものであったろう。
「たくさん見たことがあるなら、余計に作れると思うよ。製造法とか、製造過程とか、そのあたりも分かってる?」
「それはもちろん。実際に刀を打っているところをみたのも二度や三度じゃない」
なんせそれに関して本を出したこともあるぐらいなのだ。
「創世魔法は、究極的には自分の想像力を現出させる魔法。もし自分の理想の刀が自分の中にあるのなら、それを作り出すことが出来るよ」
それは、本当にそうなら、確かに魅力的だ。
「武器創造っていう魔法を、私の力から分け与えることが出来るよ。最悪でも、目の前の刀と同じものを作り出すことは出来るけど。あ、魔法の武器はまた別だけどね」
これと同じ刀を作れる。それは充分に魅力的だ。
「じゃあ、それで」
あっさりと頷く。ラビリンスはその小さな手をリアの額に当てた。
「ちょっと力が流れるからね。倒れないように気をつけて」
ラビリンスの声と共に、暖かいものが流れてくる。
それは炎の姿をしていた。
鉄を熱し、鍛える炎だった。
懐かしいものだ。それは、憧れたものだ。
心を満たす記憶と共に、リアは新たな力を授かっていた。
それは眠りから覚めるものであり、同時にリアという存在を再構成する作業でもあった。
五感が戻っていく。その中ではっきりと感じるのは、触覚だった。
(動く…?)
暗闇の中、手を伸ばす。ぱりっと何かが割れて、目に光が飛び込んでくる。
五体が動く。指先から爪先まで。
記憶を思い出す。片足は斬ったはずだ。ルルーがつなげてくれたのか。
自分が今どうなっているのか、はっきりしないままリアは起き上がった。
全裸で寝台の上に寝ていた。木の匂いの強い小屋の中だ。寝台の上には黒い何かの破片があり、どうやらそれがリアを覆っていたらしい。
(どこだ、ここは?)
板の間から日の光が差し込んでくる。迷宮の外に出たのなら、どうしてこんな小屋の中にいるのか。
寝台のすぐ傍の椅子の上に、リアの着替え一式が置いてあった。その下にはブーツもある。全てあの決戦の前にサージに渡しておいた物だ。
下着までちゃんと畳んで置いてある。そういえばサージにくれぐれも変なことに使わないように言っておいたが、彼は憮然とした表情で答えたものだ。
「姉ちゃん、おいらまだ性欲が出てくる年齢じゃないよ。それに中身にしか興味ないし」
思い出し笑いをして、リアは着替えた。鎧と武器はない。魔法の袋もない。巨人の胃の中で溶けてしまったのだろう。印章付きの短剣はあった。
非常に心細くなる装備だったが、リアは小屋を出た。
「うわ…」
光の中に、花にあふれた野原が広がっていた
太陽はほぼ真上に位置し、それなのに柔らかな陽光を注いでいる。広がる空間にはところどころに大樹があり、木陰を作っている。
その一番近い木の下から、こちらに駆け寄ってくる姿があった。
「姉ちゃ~ん」
サージだ。満面の笑顔でこちらに駆けてくるが、それよりリアには気になったことがあった。
「良かった。ちゃんと目が覚めたんだ」
「マールは?」
勢い良く抱きついてきた少年の頭をぽんぽんと叩きながらも、リアが気にしていたのはもう一人の生き残りのことだった。
「マールには伝言を伝えてもらったよ。おいらは姉ちゃんが卵から孵るのを待ってたんだ」
いきなり聞き捨てならないことを言ってくれた。
「卵?」
訳が分からない。だが、察するに寝台に落ちていた破片のことか。
「あれ? 姉ちゃんのギフトか何かだと思ったんだけど」
サージも首を傾げるが、リアにも心当たりはなかった。自己確認してみると、それらしきギフトが解放されている。
休眠、脱皮というのがそれっぽい。他に超再生というのもある。高速再生よりも上なのか。
「どうやらそうらしいな。あんな怪我は、私も初めてだったからな」
それはそれでいい。サージの話によると、気を失ったリアの肉体を包むように、黒い殻が覆ったそうだ。そしてそのまま何の反応もなく、一週間が過ぎたらしい。
「一週間か…」
「マールには丸一日経過した時点で、地上に戻ってもらったんだ。おいらが残ったのは、迷宮の主との話があったからで…」
「迷宮の主、ということは、ここは迷宮の中なんだよな?」
予想はしていたが、太陽まで作り出してしまうのか、この迷宮は。
「迷宮の第11階層だってさ。正確にはどうも、異世界に近いらしいけど」
異世界とはまた、スケールの大きな話だ。
「それで、その迷宮の主というのは?」
やや身構える。こんな穏やかな空間を作り出している存在なのだから、邪悪なものではないだろうし、人間の感性に近いのだろう。サージの佇まいからも、そう判断できる。
だが同時に、強大な力の持ち主でもあるはずだ。あるいはサイクロプスよりも厄介なのかもしれない。
「お~い、ラビリンス~」
サージは自分がいた大樹に向かって手を振る。するとそこから、ふわふわと光がこちらに向かってきた。
大きなものではない。せいぜい30センチぐらいだろう。光の中に、羽を持った妖精の姿が見える。
それにしても、ラビリンス?
「あら、お目覚めね」
柔らかな光が収まり、緑色のドレスを着た小さ妖精が姿を現す。
「私はラビリンス。この迷宮の主」
好奇心の強そうな顔をしている。この視線には覚えがある。迷宮でずっと感じていた視線だ。
続けた言葉に、リアはしばし固まった。
「そしてあなたたちと同じ、転生者よ」
とりあえずお互いに自己紹介を終えると、ラビリンスは笑顔で言った。
「お姫様に生まれるなんて、よっぽどポイント使ったのね~」
ここでも誤解されたが、訂正は簡単に済んだ。ラビリンスは妖精の心眼というギフトを持っていて、なんとリアを鑑定出来たのだ。
「竜の血族か。アナイアと同じギフトね。スキルはアナイアよりいっぱいあるみたいだけど、まだギフトの力を引き出してないわね」
さりげに重要なことを言いながらも、ラビリンスはサイクロプスを倒してからの経緯を補足してくれた。
リアが気を失った後、すぐに体が黒い殻で覆われ、右往左往する二人の前に、ラビリンスが現れた。
ラビリンスは自分がこの迷宮の主であると告げ、卵と二人をこの空間へと転移させた。
鑑定によると竜の卵となっていたため、様子を見るようにと提言。二人はそれに従う。
マールには先にご褒美をあげて地上へ転移させ、卵は寝台へ。あとはサージと日本の思い出話などをしたり、魔法の修行を見ていたりしたそうだ。
「日本の思い出話? と言っても1000年は差があるんじゃ…」
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「私が取ったギフトは創世魔法。そして1000年前の大戦でレベルを上げて、迷宮創造のギフトに昇華させたのね。それからずっと、ここで冒険者たちを鍛えてるわけ」
探索者たちとは言わなかった。ラビリンスがこの迷宮を作った頃は、その名称の方が一般的だったのだ。
「鍛えるというのは?」
「もうすぐまた大戦の時期でしょ? それに備えて、人類側の力を底上げするのよ」
もっとも、と首を振って、死者が出ないというのは優しくしすぎたかもしれないという。
死んでしまっては元も子もないが、せっかくこういった造りにしているのだから、もっとガンガンきてほしいのだ。しかしこの100年で最下層を突破したのは、リアたちを除いて一人しかいないらしい。
「ちなみにその一人の名前は?」
「教えてあげない。個人情報だもの。まあ、大戦になったら自然と会えると思うわよ」
オーガキングの言っていたアルスという人物ではないかと思ったのだが、確認したところでどうということもない。
それより転生関連の話で忘れかけていたが、重要なことはそれだけではないだろう。
「迷宮を攻略したら、何でも願いを叶えてくれるという話だったが…」
「何でも、ではないわね。私が出来る限りは何でも、よ」
おおむね肯定された。この迷宮を見る限り、かなりのことが出来そうではある。
「実は私は、前世では男だったんだが…」
男に戻れないか、という質問にラビリンスは腕を組んで考え込んだ。
「前世と性別が違うってのは初めて聞いたわね…。それはさておき、男になること自体は簡単。魔法で出来る。でも見た目が男なだけじゃないく、機能とかも全部男にしたいのよね?」
リアは頷く。ラビリンスは申し訳なさそうな顔をした。
「結論を言えば、出来るわ。でも遺伝子から書き換えるから、赤ん坊からやり直すことになっちゃうけど…」
さらに言えば、記憶もかなり消えてしまう可能性が高いという。
実質的には無理なのと同じだ。期待していただけに、失望も大きい。
「するともう、方法はなしか…」
「いや、ひょっとしたらだけどね」
小さな可能性だが、と前置きした上で、ラビリンスは言った。
「バルスなら知ってるかも。私よりもずっと長生きだし、竜の血脈についても詳しいしね」
暗黒竜バルス。
またすごい名前が出てきたものである。
五大神竜の中で唯一、明確に人間に味方した竜神である。大陸北西の暗黒迷宮に居を構え、来るべき魔族との戦いに備えているという。
「あとはアゼルフォードかなあ。まだ死んでないよね? 他にはエルフのクオルフォス。他の五大神竜も知識は豊富なはず。まだ心当たりは数件あるけど、大陸のどこにいるか分からないから期待出来ないね。たぶん名前も顔も変えてるし」
アゼルフォードは聖山キュロスに居を構えるという大賢者である。若き日のルーファスも弟子として学んだ。リアにとっては師匠の師匠である。
クオルフォスは大陸北東の大森林の最奥に住む、古代エルフ族である。こちらも伝説的な存在だが、人間にはそこそこ好意的だ。
それにしても伝説的な人物の名が、ぽんぽんと出てくるものである。
歴史に名前は残っていないが、ラビリンスも伝説の英雄の一員ではあるのだろう。
「というわけで、その願いは無理。他に何かある? 戦士ならものすごい武器とか興味ない?」
武器と言えば…。
「サイクロプスとの戦いで、全部武器を使ってしまったんだけど、それを直してもらうというのは可能かな?」
「え? それぐらいならタダでしてあげるよ。ほい」
ラビリンスが手を振ると、リアの目の前に鎧と武器の全てが現れた。もちろん爆発した刀もある。
おまけにボコボコに歪んだカルロスの鎧も復元してくれた。盾も魔法のかかっていない物は大丈夫だそうだ。
「あ、魔法の袋はなしね。魔法のアイテムはちょっと力を使うから、願いの一つにさせてもらう」
魔法の袋は貴重だが、現状サージがいるから必要ないだろう。それに迷宮都市の魔道具屋を巡れば、一つや二つは売っていそうだ。
「ちなみにサージとマールはどうしたんだ?」
尋ねてみると、得意げにサージは分厚い魔道書を取り出した。
ラビリンスの知識の中にある魔法を全て記した魔道書で、今では失伝している魔法もあるのだとか。まだ使えないが、創世魔法まで網羅した、門外不出の品である。サージにしか読めないという特殊な魔法がかかっているという。
マールは魔法が使えるようにしてもらったらしい。正確には、魔法の素質を引き出してもらったのだとか。妖精の瞳を持つマールは、精霊魔法の適性があったので、それを発現させたのだ。詳しくは本人に聞けばいいだろう。
「単純に、強くなりたいというのは…」
「強くなってもらうために、この迷宮はあるんだから。強くなるのに最適な環境を与えることは出来るけど、即席では無理ね」
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しかし困った。一番叶えてもらいたかった願いが無理となると、そうそう次の願いなど思い浮かばない。
何しろ一国の王女であるのだ。金で解決出来るようなことなら、大概はどうにかなる。
「魔法の剣とかあげようか? 未熟な貴族が持ち込んだのが、何本もあるけど」
残念ながら、剣の扱いにはそれほど長けていないのだ。剣術スキルは高くても、刀の方がより扱いやすい。
刀はこの世界では割とマイナーな武器で、その製造の工程の複雑さもあって、魔法の武器としてはほとんど存在しない。
「刀が欲しいけど、これよりいい刀はあまりないでしょう」
オーガキングのくれた刀を見せる。だがラビリンスには刀の善し悪しなど分からない。
「そんなに刀が欲しいなら、作ってみる?」
リアの刀に対する執着を見て、ラビリンスはそんなことを提案した。
刀とは、そう簡単に打てるものではない。リアは前世の記憶からそれをよく知っている。
「いや、創世魔法で。魔法の品じゃないなら、けっこう簡単に作れるかもよ」
「ラビリンス、私は前世で名刀と呼ばれる刀をたくさん見る機会に恵まれたんだが、正直この世界の刀で、向こうの業物に比肩する物はほとんどないよ」
ほとんど、というのは建前である。オーガキングのくれたこの刀でさえ、虎徹と比ぶべくもない。虎徹があれば、サイクロプスとの戦いも、もっと楽なものであったろう。
「たくさん見たことがあるなら、余計に作れると思うよ。製造法とか、製造過程とか、そのあたりも分かってる?」
「それはもちろん。実際に刀を打っているところをみたのも二度や三度じゃない」
なんせそれに関して本を出したこともあるぐらいなのだ。
「創世魔法は、究極的には自分の想像力を現出させる魔法。もし自分の理想の刀が自分の中にあるのなら、それを作り出すことが出来るよ」
それは、本当にそうなら、確かに魅力的だ。
「武器創造っていう魔法を、私の力から分け与えることが出来るよ。最悪でも、目の前の刀と同じものを作り出すことは出来るけど。あ、魔法の武器はまた別だけどね」
これと同じ刀を作れる。それは充分に魅力的だ。
「じゃあ、それで」
あっさりと頷く。ラビリンスはその小さな手をリアの額に当てた。
「ちょっと力が流れるからね。倒れないように気をつけて」
ラビリンスの声と共に、暖かいものが流れてくる。
それは炎の姿をしていた。
鉄を熱し、鍛える炎だった。
懐かしいものだ。それは、憧れたものだ。
心を満たす記憶と共に、リアは新たな力を授かっていた。
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シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
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