「婚約破棄させてやる……」最低王子が企むも、純粋な公爵令嬢にその手は効かない。

オコムラナオ

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神の差し金?(アルダタ視点)

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「アルダタ。そろそろマリルノ様が来られる時間だよ」

 数ある客間のうちの一つを掃除していると、廊下から年長の使用人であるタラレッダの呼ぶ声が聞こえた。

「はい、すぐに参ります」

 返事をして、バケツの中に掃除道具をまとめて部屋を出る。
 使用人室に掃除道具を戻しに行くと、そこにタラレッダはいた。

「しかしマリルノ様も熱心な方だね。ここのところずっと通われているじゃないか。
 ペドロル様のお部屋にあるご本を使われているというけれど、やはり安いものじゃないから、持って帰ってご自宅でされるというわけにはいかないんだろうね?」
「そうですね」
 私は曖昧に相槌を打った。

「あんただけに付き添わせてるってのも変な気がするけれど……」
 タラレッダには探りを入れているような雰囲気があった。限られた人としか会わず、同じ労働を繰り返す使用人たちの社会において、噂話ほど気晴らしになるものはない。
 彼女だって、普通に接している分には悪い人じゃないんだが……

 私の顔に何か書いてあったのか、
「ま、私らには関係ない話だね。じゃ、また後でな」
 とすぐに切り上げて、タラレッダは使用人室をでていった。

 ペドロル様に命じられたことが成功しようと失敗しようと、そもそもそれを頼まれた時点で、これからもここに残って働き続けるという選択肢は残されていなかったのかもしれない。
 それでも今は、何とかペドロル様の企みどおり事が運ぶよう行動するしかないだろう。

 掃除道具を片付け、使用人室から出る。
 足取りはとても重かった。

 これまでずっと二人きりで部屋にいたにも関わらず、マリルノに何か勉強以外のことを望む雰囲気は全くなかった。
 まずこのことが誤算だった。

 自分で言うのも生意気な話だが、女性と二人きりにさせられれば、当然、何かが起こるものだと思っていた。
 じっと目を見たり、普通に話を聞いたりしていただけで、これまで様々な女性から、言い寄られたり、もっといえば襲われかけたりした。

 どれも他の使用人たちが証言してくれたおかげで自分のせいにはされなかったが、とっくの昔に解雇されてもおかしくはない。
 私の方から何かした覚えがなくても、ただ黙って働いているだけで女性に変な気を起こさせる使用人なんて、主人としては扱いづらい存在に違いない。

 しかしペドロル様が私をやめさせることはなかった。
 もしかするとあの当時から、「こいつは何かに使えるかもしれない」と考えていたのだろうか。
 頭の切れるペドロル様のことだ。絶対にないとは言い切れない。

 しかしこれまで私に降りかかってきた色恋沙汰にまつわるトラブルにおいて、私は一切、自分から何かをした記憶がないのだ。
 全て相手の方から、私に言い寄ってきたり、付き纏ったりしてきた。

 ペドロル様は「誘惑しろ」とおっしゃられたが、自分から身を乗り出してできることなんて私にはほとんどない。 
 マリルノ様の方からその気になってもらわない限り、私はどうすれば良いか分からないのだ。

 私も考えが甘かった。今まで、周りにいた女性が私に対して見せる反応から、難しいことではないと思っていたのだ。

 傲慢な話だが、マリルノ様のように、私に対して、より正確に言えば私の顔の造りに対して興味をもたない女性がいるなんて、夢にも思わなかった。

 それどころか、自分の方がマリルノ様に惹かれてしまうなんて……

 そんな私の気持ちを知っているはずもなく、今日もマリルノ様は「ごきげんよう」と、変わらぬ美しい笑顔を私に向けた。
 そして部屋で二人になると、「今日はこんなものを持ってきました」と無邪気に言って、取り出した茶色い包みを、私に開けるよう催促した。

「これは便箋です。今日は今まで勉強した文字を使って、手紙を書いてみましょう」

 それを聞いて、私の頭の中にはある考えがひらめいた。

 うまくいくという保証はなかった。
 しかしまるで、神に仕向けられているような絶好のタイミングだとも思った。
 この機会を逃せば、ペドロル様が言われた期限までにできることはほとんどないだろう。そして最初に感じていたような、とにかく慎重に距離を縮めていこうというやり方では何も変わらないだろうという絶望感が強くあった。

 結局のところ、もう半分はやけみたいな状態なのだ

「どうかしましたか?」

 マリルノ様が、無垢な瞳で、私の顔を心配そうに覗き込んだ。

 私の心が悪いものに染まった。
 あなたがいけないのです。
 私の気も知らないで、こんなにも誠実に、真っ直ぐに、私に親切にしてくれるあなたが、魅力的過ぎる可憐なお顔立ちをお持ちのあなたが……

「でしたら、しばらく一人にして頂けませんか? 手紙は、自分の気持ちをしたためるものだと聞いたことがあります。もしそうであるのだとしたら、人に見られながら手紙を書くのは少々気恥ずかしくて……」

「あら。確かにそうですね。これは失礼しました」
 マリルノ様は頬を赤らめて、席を立った。
「では、しばらく私はこの部屋を出ております。書き終わったら、呼んでいただけますでしょうか」

「申し訳ありません」
 私は深く頭を下げた。

「とんでもないです。生徒のためにできることがあれば、何でも行うのが教師の務めですから」
「何でも、ですか」

「え……」
 きょとんとしたマリルノ様の目を、私はじっと見つめたが、やがてそらした。
 なんて美しい瞳なんだ。

「いえ、なんでもありません」
「そ、そうですか。では、しばらく私は部屋をあけますね」

 マリルノ様はそう言い残すと、ぱたぱたと小走りで、部屋から出て行ってしまった。
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