99 / 107
会わなくては(ペドロル視点)
しおりを挟む
屋敷の外に出たからといって、どこへ行くあてもなかった。
本当にただ眠れなくて、息が詰まる思いしかしなかったから外へ出ただけだ。
しかし俺の監視役であるあの男の変わりようはなんだ。
最初は不躾な視線を寄こして、俺のやることなすことに苦言を呈さなければ気がすまなかった男が、今では俺に忠誠を誓うと言ってきている。
あれはあれで、気持ちが悪い。
俺の仕事ぶりがどうとか言っていたが、防衛に関する視察や考察については、以前、俺自身のためにやっているのだとはっきり言ったはずだが。
やはり下の人間ーー頭の悪い、使われる側の人間が考えることはわからない。
だが、……まぁいい。
うるさく口を出されるよりは、黙っていてくれた方がましであることは確かだ。
こうして一人になって、落ち着いて外を歩くことができるということも。
しかし、このまま俺が逃げるなどとは、もう考えていないのだろうか。
俺は今、この田舎都市に幽閉されているも同然の身なのに。
中央とは違い、まったく整備されていない、泥の道。
貴族たちの夜遊び、夜通し明るい社交場から漏れる若い女の笑い声が懐かしい。
代わりに聞こえるのは、体にのしかかってくるような、蛙のわめき声。
風情のかけらもない。
しばらく行くと、道の先で何かが動いた。
『なんだ?』
俺は持ってきたランタンをかざし、その方を見た。
藪から姿を現したのは、巨大な蛙だった。
俺は迷わず、そいつのことを蹴った。
「ゲゴッ」
尖った靴の先が、柔らかいものを捉えた感触があった。蛙は鈍くとんで地面に転がった。
いい気味だ、と俺は思った。毎晩毎晩、うるさく鳴いて俺を不快にさせた罰だ。
しかし蛙は死んでおらず、緩慢な動きを繰り返した。
『とどめをさしてやる』
俺は大股で、そいつに近寄った。
すると目の端で、また別の動くものを捉えた。
するすると、太いロープのようなものが這っている。
蛇だった。
蛇は迷うことなく、蛙に向かっていった。
そしてようやく起き上がりかけた蛙に、飛びついた。
俺はその様子に見入った。
蛇は蛙の横腹を噛んだ。蛙は力なく足を動かし、それから逃れようとする。しかし蛇は、決してそれを離さなかった。
蛙の腹が、赤くにじむ。やがて蛙は、足を動かすのをやめる。
蛇はそれから、時間をかけて蛙を飲み込んだ。
まだ蛙の形が分かる、大きな喉をしたまま、蛇は藪の中に消えていった。
ざぁっと蛙の声が周りからあがって、俺は自分の耳から音が入ってこないほど、その出来事に見入っていたことに気が付いた。
俺は踵を返して、屋敷に戻り始めた。
抜け殻だった自分の体に、はっきりとした意識が戻ってきたような感覚だった。
網膜には、もがく蛙を決して離さず、時間をかけて丸のみにした蛇の姿が焼き付いていた。
屋敷の扉を開けると、ガテスラが近寄ってきた。
「おかえりなさいませ、ペドロル様」
「ああ」
俺はガテスラに、ランタンを渡した。
「……どうかされましたか」
「あ?」
俺はガテスラの顔を見た。
「いえ……」
「なんだ。言え」
「……その、すっきりした表情をされているように見えたので。
何か良い考えでも思い浮かばれたのかと」
「別にそんなことはない。
もう寝る。
お前も俺のことはいいから、自分の部屋に戻れ」
「お気遣いありがとうございます。そうさせていただきます」
ガテスラは素直に頭を下げて、廊下の奥に消えた。
『あいつの信頼……
気色は悪いが、利用できるかもしれないな』
俺は自室の扉を開けた。
『俺はやる。
まずはそう……あの男に会わなくては』
本当にただ眠れなくて、息が詰まる思いしかしなかったから外へ出ただけだ。
しかし俺の監視役であるあの男の変わりようはなんだ。
最初は不躾な視線を寄こして、俺のやることなすことに苦言を呈さなければ気がすまなかった男が、今では俺に忠誠を誓うと言ってきている。
あれはあれで、気持ちが悪い。
俺の仕事ぶりがどうとか言っていたが、防衛に関する視察や考察については、以前、俺自身のためにやっているのだとはっきり言ったはずだが。
やはり下の人間ーー頭の悪い、使われる側の人間が考えることはわからない。
だが、……まぁいい。
うるさく口を出されるよりは、黙っていてくれた方がましであることは確かだ。
こうして一人になって、落ち着いて外を歩くことができるということも。
しかし、このまま俺が逃げるなどとは、もう考えていないのだろうか。
俺は今、この田舎都市に幽閉されているも同然の身なのに。
中央とは違い、まったく整備されていない、泥の道。
貴族たちの夜遊び、夜通し明るい社交場から漏れる若い女の笑い声が懐かしい。
代わりに聞こえるのは、体にのしかかってくるような、蛙のわめき声。
風情のかけらもない。
しばらく行くと、道の先で何かが動いた。
『なんだ?』
俺は持ってきたランタンをかざし、その方を見た。
藪から姿を現したのは、巨大な蛙だった。
俺は迷わず、そいつのことを蹴った。
「ゲゴッ」
尖った靴の先が、柔らかいものを捉えた感触があった。蛙は鈍くとんで地面に転がった。
いい気味だ、と俺は思った。毎晩毎晩、うるさく鳴いて俺を不快にさせた罰だ。
しかし蛙は死んでおらず、緩慢な動きを繰り返した。
『とどめをさしてやる』
俺は大股で、そいつに近寄った。
すると目の端で、また別の動くものを捉えた。
するすると、太いロープのようなものが這っている。
蛇だった。
蛇は迷うことなく、蛙に向かっていった。
そしてようやく起き上がりかけた蛙に、飛びついた。
俺はその様子に見入った。
蛇は蛙の横腹を噛んだ。蛙は力なく足を動かし、それから逃れようとする。しかし蛇は、決してそれを離さなかった。
蛙の腹が、赤くにじむ。やがて蛙は、足を動かすのをやめる。
蛇はそれから、時間をかけて蛙を飲み込んだ。
まだ蛙の形が分かる、大きな喉をしたまま、蛇は藪の中に消えていった。
ざぁっと蛙の声が周りからあがって、俺は自分の耳から音が入ってこないほど、その出来事に見入っていたことに気が付いた。
俺は踵を返して、屋敷に戻り始めた。
抜け殻だった自分の体に、はっきりとした意識が戻ってきたような感覚だった。
網膜には、もがく蛙を決して離さず、時間をかけて丸のみにした蛇の姿が焼き付いていた。
屋敷の扉を開けると、ガテスラが近寄ってきた。
「おかえりなさいませ、ペドロル様」
「ああ」
俺はガテスラに、ランタンを渡した。
「……どうかされましたか」
「あ?」
俺はガテスラの顔を見た。
「いえ……」
「なんだ。言え」
「……その、すっきりした表情をされているように見えたので。
何か良い考えでも思い浮かばれたのかと」
「別にそんなことはない。
もう寝る。
お前も俺のことはいいから、自分の部屋に戻れ」
「お気遣いありがとうございます。そうさせていただきます」
ガテスラは素直に頭を下げて、廊下の奥に消えた。
『あいつの信頼……
気色は悪いが、利用できるかもしれないな』
俺は自室の扉を開けた。
『俺はやる。
まずはそう……あの男に会わなくては』
0
あなたにおすすめの小説
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる