「婚約破棄させてやる……」最低王子が企むも、純粋な公爵令嬢にその手は効かない。

オコムラナオ

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屋敷を出て(ペドロル視点)

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国王との面会を終えてから。

辺境都市に戻った俺は、抜け殻のように日々を過ごした。

スパラの夜は相変わらず蛙がうるさい。

しかし煩わしい音でさえ、どこか遠くに感じる。

人としての感覚をどこかに置きわすれてきたかのようだ。

頭の半分が、全く機能しなくなっているかのような。


鏡をじっと覗き込む。しかしいくら凝視しても、そこに映っている人間が、自分なのだという実感が湧いてこない。

下を見ると、今まで当然のように踏み締めていた地面が、そこにない。

そんな感覚を抱えながら、生活した。

何か次の手をと考えるが、何も考えられないまま時間が流れていった。



「ペドロル様」

俺の監視役――俺がこちらに戻ってからは、以前にも増して大人しくなったが――であるガテスラが部屋に入ってきた。

「……なんだ」

「お疲れのところ大変申し訳ありません。

中央から、ペドロル様にお目通り願いたいという方が来られております」

「誰だ」

俺は立ち上がり、応接間に向かった。



来客は、中央の兵士だった。

俺が国王に提出した辺境地域防衛に関する報告書。それを受けて、国王はたしかに調査兵を派遣すると言っていた。

『ああ、もう来たのか』


しかし今の俺には、どうでもいいとしか思えなかった。

報告したのは下調べをした上で真剣に考察した内容だった。が、あれは、あくまで中央復帰を目的として作成したものだ。

国王が理由をつけて俺を戻そうとしないのであれば、何をしたところで同じことだ。

だからもう、どうでもいい。


「兵団長のラーガです。

今回は、国王様の命によりこちらに参上致しました。

どうぞよろしくお願いします」

俺に頭を下げたのは、生真面目そうな男だった。

「ああ」

俺はひとまず返事をした。


「国王様からは、ペドロル様のご指示に従うよう言われております。

いかがいたしましょうか?」

「俺が提出した報告書は?」

「はい。内容は把握しております」

本当かよ、と心の中で思う。

俺はもう、物事が考えられない馬鹿はうんざりなんだよ。

まぁいい。把握しているというのなら、最低でも目を通すくらいはしたのだろう。

「ではあれをもとに、お前が必要だと思う調査を行え。

何か思いついたら、こちらから追加で指示を出す」

「かしこまりました。

しばらくこちらに滞在させていただきますので、何かご提案ございましたら、すぐにお申し付けください」

「ああ」

ラーガは再び敬礼して、部屋から出ていった。

とりあえず、短い話で理解する奴なのはわかった。

『適当にやっといてくれよ』。

俺の考えを理解しているなら、もう一々聞いてくるなよ。





夜。

蛙の声が、幾重にもこだましていた。

「俺がどこへ行くか。尋ねなくていいのか?」

俺は廊下の奥を見た。暗闇の中から、ガテスラが現れた。

そして手に持っていたランタンを地面に置き、俺の前に跪いた。

「何の真似だ」

夜の廊下に、声が響いた。

「ここに来られたときは、確かにあなたのことを疑っておりました。

しかしこの国の防衛、スパラ周辺の村々を守るため集中して取り組まれたお姿を拝見して、私は自分が間違っていたことを理解しました。

私は今、あなた様のことを信頼し、尊敬し申し上げております」

「ふん」

お前みたいな奴に信頼、尊敬されたところで、何の役にも立たんわ。

「卑小な私めをお許しください。

あなた様ほど優れた方がいつまでこのような辺境でお勤めされるかはわかりませんが、ここスパラにおられる間だけは、私にできることは何でも喜んでやらせていただきます」

「勝手にしろ」

俺は屋敷の出口へと向かった。

「外出されるのであれば、お供いたしましょうか?」

「必要ないと言ったら」

「無事にお帰りになることを思い、屋敷にて待たせていただきます」

俺はガテスラの顔を見た。嘘ではないようだ。

「少し外を歩くだけだ。心配はいらん」

「かしこまりました。ではこちらをお持ちください。

明かりのない夜道は、ぬかるみなどに足をとられることもあり用心が必要です」

「ふん」

俺はガテスラの持っていたランタンを受け取った。

「お気をつけて、いってらっしゃいませ」

頭を下げるガテスラを置いて、俺は屋敷を出た。
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