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第一章

屋敷へ

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                                         ***
 

 人生初の魔法の行使から一夜明け、今日も昨日と同様、魔法の修業をする予定だったのだが……。


「すまないお前たち、急用ができたから今日の特訓はなしだ。代わりに今日の分は明日やるから、適当にゆっくりしといてくれ」


 といった感じで、先生は朝食の席でそれだけ早口で伝えると、そそくさと出ていってしまった。


 ちなみに、ディランの記憶でもこのようなことはさほど珍しかったわけでもなく、先生は度々行先も告げずにどこかへ行き、遅くとも夜までには帰ってくるという行動を取っていた。


  先生が出先で何をしているかは、誰も知らない。多分俺達を養うために仕事でもしているのだろうけれど、今度聞いておこう。

 
  まあ喜ぶべきなのかは置いといて、突然部活が休みになった気分だ。一晩寝てもまだ昨日の疲れが完全に抜けきっていない俺からすれば、ちょっと嬉しかった。


 ゼロたちは、大体何もない日は家でゴロゴロするか、近くを探検したりしてすごしているようだ。ちなみに、街を出た場所では、先生がいないところでは魔法の修業は禁じられている。


 子供だけだと予想外のことが起きることもあるし、魔力枯渇状態である、『リア―』に陥れば、対処も難しい。


 だが今日――そんな先生との約束が破られようとしていた。


「せっかくなんだからさ、もう今から屋敷の捜索に行くのはどうかな?」


 言い出しっぺはゼロだった。本来の作戦では修業が休みの明日、先生が昼寝をしている最中にこっそり出かけることになっていた。まあこれもグレーゾーンに近いし、普通にバレそうな気がしていたが。


「確かに、明るいうちから行ってしまった方がいいかもしれないわね」

「そうね」

 シノリアとミラもそれに賛成し、三人からあとはお前だけだぞ、という視線を向けられれば拒否する権利もくそない。多数決になったところで、この提案が覆らないのは明らかだししょうがない。


「……そうだな、行こうか」


 本当はついさっき前まで、今日はよりこの世界について詳しくなるため、街をグルッと見回そうと考えていたのだけれど、その野望は儚く散った。


 けど一応ゼロの言うことにも一理ある。森の中は日が暮れると三歩前すら満足に見えないだろうから、少しでも日が差し込んでいる午前中に出発するのは悪くない。

 
   そうと決まれば早かった。

 
   三人とも遠足前の小学生みたいなルンルン気分で支度をする。実際に歳は小学生なんだけど。


 「じゃあ行くわよみんな!」


 準備を終えるとシノリアが先陣を切り、扉を勢いよく開ける。この世界の気候は年中比較的安定していて、体感的には二十度ほどだろうか。朝晩は風が吹けば少し肌寒さを感じるけど、暑いのが苦手の俺にとってはちょうどいい。


「シノリアちゃんと道わかるの?」

「大丈夫よ、ゼロがいるから」


 街を出たところで先頭を行くシノリアにミラが問いかけるも、その答えは全然大丈夫なんかじゃなかった。


「実は僕もそこまでハッキリとした道筋は分かっていないんだけど……ディランは覚えてる?」


 俺?


 ……確かに言われてみれば以前にゼロと二人でたまたま見つけた記憶が微かに残っている。


「あまり自信はないかな……」

「そっか、まあでも何とかなるかな」

「なによ、役に立たないわね」


 そしてなぜかシノリアに罵倒を受ける。普通に傷つくからやめてくれ。
 

 ディランの身体を借りているだけに、あまり関係を悪化させるようなことはしたくないけど、小学生に役立たず扱いされるとかなり腹立つなこれ。

  
「ところでディランは昨日先生と二人で何の修業をしていたの?」


 誰も合っているかも分からない道を進みながら、ふとミラがそんなことを口にした。


「そういえばずっと一人でやっていたわね、てっきり私に怖気付いたのかと思っていたわ」

「さすがにそれはないと思うけど」

「僕も先生に聞いたけど特別訓練としか言ってくれなかったな」


 何をしていたか自体は隠すようなことではないと思う。本当の理由は、いくら模擬戦とはいえ人相手に魔法を使って戦うことができない俺を慮っての処置だから、それは秘密にしとかないといけないが。


 そこで俺が紡いだ答えはーー


「最近俺は強くなりすぎたからな、みんなが俺に追いつくまでしばらくは対人戦をしないことにした」


 一応言っておくが断じて俺の意思ではない。先生が誤魔化すためにこう言えって指示されたから、その通りに言っただけだ。

 
みんなの反応は様々……というわけではなく、二通りだった。


「私たちよりちょっと才能があるからって、ディランのくせに生意気言ってんじゃないわよ!」
 
と、今にも飛び掛かって来そうな勢いで地団太を踏むシノリア。


「そうだったんだんね、わたしもそれぐらい言えるように頑張らないと」

「うん、僕もいつかディランにその言葉をそっくりそのまま返せるぐらい強くなるからね」
 

 やや薄い反応ながらも、認めるような発言をしてくれたミラとゼロ。


「わ、私だって絶対にあんたに追い付いてみせるんだから……」


 ぼそりと呟いたシノリアの白銀の頭を優しく撫でるミラ。これじゃあどっちがお姉さんか本当に分からない。俺はてっきり嫌な顔されたりするものだと思っていたけど、いい意味で予想を裏切られた。

 

  みんな純粋すぎやしないか……?


 向上心の塊なのか……俺は自分がディランではないとバレるのが怖くて、極力会話や関りを減らして過ごそうかと考えていたのだが、この三人と仲良くなりたい、ディランの記憶だけではなくみんなのことをもっと知りたい、そういった感情が心のどかで芽生え始めていた。

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