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今日も良い天気
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アルフリードさんが笑うと私の心臓が跳ねる。
寿命が縮むからやめてっ
大丈夫だ、私。
今まで通り落ち着いて事に当たるとしよう。
「それでは、だいぶ時間も遅れてしまいましたが……今日も張り込みを行うで良いですかね?」
遅れたのはお前のせいだ、なんてクレームは受け付けませんよ。
前を向いて生きて行こうじゃあないですか。
「シラハは寝起きだし、まずは食事にしないか?」
「そうですね。それで良いと思います」
変になってしまった空気を変える為にも、まずはこの部屋から出て外に行こう。
私は平気だけど、ノーマルなアルフリードさんは宿屋の食事は食べられないので、提供されている商品に魔薬が混入させられているか判別しやすい屋台で済ませることにした。
「そういえばアルフリード様は、なんで態度が変だったんですか?」
屋台で購入した物を食べながら、思い出したことを聞いてみる。
あれは何とも…むず痒かった。
「むぐっ……い、いや、何でもないよ」
「何でもないって……動揺しまくりじゃないですか」
むぐ、って喉に詰まらせてたし。
「それよりシラハ。君は寝不足なら途中で帰っても構わない。……まぁ、本来なら夜更かしを避けて欲しいところだけどね」
「それについては、本当にスミマセンでした」
思いきり寝坊したからね!
ホントにゴメンよっ
「君が、そんな失敗をするとは驚いたけどね」
むぅ……。
当分はこれでイジられそうだ。
何か仕返しするためのネタを手に入れなければ……
「おっ、いたいた! おーい! アルフリード!」
私達が話をしていると、アルフリードさんの名前を叫びながら黒髪の騎士が、こちらに向かって走ってくる。
げっ……あの人は……
「ヴァンス! どうしたんだ? 今は訓練の時間じゃないのか?」
そう、ヴァンスさんだ。
私に婚約だか結婚だかの話をしてきた要注意人物だ。
私は気付かれないようにアルフリードさんの後ろに隠れた。
「お前を探しに来たからに決まってるだろ? まったく……何をやってるかは知らないが、あちこち探す俺の身にもなってくれよな……」
「おつかれ、ヴァンス。だけど、どうして僕を探してたんだ? 僕が今、ローウェル隊長の下で働いているのは知ってるだろ?」
「え?」
「ん? どうしたんだ、シラハ」
「いえ、なんでも……」
「あ、シラハと一緒にいたのか。……って、仕事中なのにアルフリードは、なんで妹と一緒にいるんだ?」
「それは、まぁ……色々と……」
いけないいけない。
思わず声が漏れてしまった。
というか、アルフリードさんって新米騎士って言ってなかったっけ?
あれ…若手だっけ? まぁ、どっちでもいいや。
それで、なんでその新米が三番隊で働いているの?
調査を始めた初日は、新米騎士達で調査をしてたって言ってたと思ったけど……
もしかして王様が動いた?
というより、あの時、私が王様から受け取ってローウェルさんに届けた手紙があったけど、アレがもし魔薬調査を指示するものだったのなら……
この国は、まだ完全に腐っていないのかもしれない。
「それじゃあ、シラハは俺がアルフリードの家まで送り届けてやるよ」
「「え?」」
ヴァンスさんの言葉に私とアルフリードさんの声が重なった。
というか話を聞いていなかった。なんの話?
「あの……話を聞いていなかったのですが……一体なんの話でしょうか?」
「アルフリードが、これから仕事でローウェル隊長の所に行かなきゃいけないんだよ。だから、一人になってしまう妹を心配するアルフリードの為に、俺がシラハを家に送ってやるって話さ」
そんな話になってたんだね。
私はアルフリードさんの方をチラリと見ると、首を小さく横に振っていた。
だよね。
実家に私の事を、今まで隠していた娘として扱って欲しい、なんて頼める訳ないもんね。
「家には行きません。お兄様について行きます」
「え、いや…シラハ? さすがに城には入れないよ?」
「……私でもそれくらいは分かっています。先日、お兄様にお会いしに伺った時に案内してもらった、訓練場の入り口で待っていますね」
毎日のように夜中に忍び込んでいたから、入っちゃいけない場所って認識が抜け落ちていたね。あぶねー
「だが、どれくらい時間がかかるかも分からないし……」
「そのかわり、お仕事が終わったら私に付き合ってくださいね、お兄様」
「なんだ……お兄様大好きかよ……」
ヴァンスさんが拗ねたように呟く。
まぁ、好きですけどね。
妹設定を表に出している時は、言えないですけど!
あ、異性としての好き、じゃなければ問題ないのか。
「はい。大好きですよ」
「はぁ……俺にも、こんな妹がいたら良かったのに……」
「ヴァンスの所は男ばかりだしな……」
アルフリードさんが私の言葉をスルーした。むぅ……
私達は話をしながら移動する。
アルフリードさんの家の話が出た場合は、私は相槌を打つだけで、あとはアルフリードさんに丸投げだ。
自分が持ち出した設定だけに、なんか申し訳ない気持ちだよ。
そういえば魔薬調査が終わったら、私の妹設定どうしよう……
ずっと王都に滞在してるわけにもいかないし、面倒なことをしてしまったかもしれない。
でも私の存在が好意的に受け入れられているし、必要なことだったと割り切っておこう……
「それじゃあ、行ってくるから大人しく待っていてくれよ?」
「そんなこと言われなくても大人しくしていますよ」
訓練場に到着するとアルフリードさんから注意を受ける。
私、待ってる時、騒がしくした覚えないのに……
「シラハはアルフリードの事が大好きなのを抜きにすれば大人しいだろ?」
「大人しいなら、外を出歩いて勝手に訓練場まで来ないと思うんだ」
「たしかにな! この前だって下町で会ったっけ」
二人して言いたい放題か!
畜生、妹モードじゃなければ、ヘコませてやるところなのにっ!
「ん? ヴァンス…シラハと二人きりで会ったのか?」
「ああ……って、これ言っちゃ不味かった?」
「そんな事ないですよ」
別に秘密という訳でもないしね……って、なんで私を睨むんですかアルフリードさん。
そして足早に私に近づいてこないでください怖いです。
「ヴァンスになにか変な事をされなかったか?」
「え? 最初に聞くことがソレ? 酷くね?」
私もそう思うよ。
ヴァンスさん、一体なにしたのさ?
「ヴァンスは悪い奴じゃないんだが、女性関係はだらしないからな。シラハに変な虫がついたら大変だろ?」
「俺、変な虫扱いかよ……」
「でも婚約しない? みたいな事は聞かれましたね……」
「ほほぅ……」
ぉ、アルフリードさんの声のトーンが下がった。
私の為に怒ってくれてるんだ、きゃっ……ふむ、乙女な私を演じるのも難しいね。
というか方向性を間違えたかもしれない。
もっとも、女の子らしさを獲得しても表に出せるとは思えないけど。
「シラハに何を言ったのか、じっくりと聞かせてもらうよ?」
「いや、俺仕事に戻らなきゃだし……」
「あっはっは。いつも仕事をサボろうと必死のヴァンスが何を言ってるんだい?」
「シラハの前で、そういう事言うのやめようぜ? 心証が悪くなるだろ?」
実を言うとデビュタントの話をした時点で心証は悪いんですけどね。
可哀想だから、それは言わないでおこう。
そしてヴァンスさんは抵抗しながらも、いやいや連れて行かれた。
一人残された私は、訓練場に入れないので入り口付近で待機である。
と言っても、やる事はないので暇だけど。
あ、こういう時にスキルの確認をしなきゃ。
昨夜、ナヴィに手を加えてもらったから慣れておかなきゃね。
名前:シラハ
領域:〈ソードドラゴン+パラライズサーペント〉
《森林鷹狗》 サハギン フォレストマンティス
レッドプラント ハイオーク エアーハント
シャドー 迷宮核 シペトテク(0)
スキル一覧
通常:【牙撃】【爪撃】【竜咆哮】【丸呑み】
【鎌撫】【吸血】【風壁】【影針】
強化:【竜気】【剛体】【熱源感知】【跳躍】
【水渡】【疾空】
身体変化:【竜鱗(剣)】【有翼(鳥)】【血液操作】
【擬態】【潜影】
状態変化:【麻痺付与】【解毒液】
重複:【獣の嗅覚】【側線】【誘引】【誘体】
自動:【体力自動回復(中)】【毒食】【夜目】
【潜水】【散花(●)】
迷宮:【迷宮領域拡大】【迷宮創造】【主の部屋】
特殊:【贄魂喰ライ(0)】
ふむふむ。
変態枠は身体変化枠に名称を変えてくれたんだね。
それと【散花】と【贄魂喰ライ】はスキル効果が分からないからスルーしていたけど、スキル名に●とか0がついてるんだよね。
これはなんなんだろう?
たぶんナヴィも分からないんだろうけど……
さすがに外で、というか街中でスキルの検証を行うわけにもいかないからモヤモヤしちゃうね。
まぁ、どっちのスキルも一度使ってるんだけどさ。
あの時は、お爺ちゃんのフォローに困ったね。
このスキルの使い方が分からないと、正直なんとも言えないんだよねぇ……
このスキルを持っていたシペトテクという魔物が、どんな戦い方や能力を持っているかを聞きたかったのに、全くと言っていい程に参考にならなかった。
なので、こうして持て余してしまっているのだ。
そして、これ以上スキルも見るところがないので、時間も持て余してしまう。
待ってるなんて言わなきゃ良かったかもしれない……
まだ大して待ったわけでもないのに、随分と我慢ができない子になったもんだよ……
なんて思ったりしながら私は空を仰ぐ。
今日も良い天気だねぇ。
◆アルフリード・オーベル視点
僕はローウェル隊長の執務室に向かうまでの間に、ヴァンスに言わなければいけない事を伝えておく。
「いいか? シラハには手を出すなよ? これはヴァンスの為でもあるんだぞ?」
「俺の為ってなんだよー。そんなに妹が可愛いなら護衛でもつけとけよなぁ……」
普通ならそうするんだけどね。
シラハは僕の妹じゃないから、それが出来ないんだよ。
それに、もし…もしもだぞ? 仮の話でヴァンスがシラハと交際する、なんて話になってもシラハは貴族じゃないからな?
口が裂けても言えないけど、僕の妹を名乗ってる彼女は平民だからな。
もしかすると平民どころか王族かもだなんて、もっと言えない。
言いたい事を言った僕は、不満そうな顔のヴァンスを置いてローウェル隊長の執務室に入っていく。
中に入ると、朝来た時と同じようにローウェル隊長は書類に目を通していた。
「来たか、アルフリード」
「はい、ローウェル隊長。それで何かあったのですか? 僕は三番隊所属になったとはいえ、まだ正式なものではないのに……」
ローウェル隊長から話があった時は驚いたけど、魔薬調査時における特別措置と聞いて納得した。
アルクーレでの魔薬調査の実績があるとはいえ、僕はまだ隊に入れるほどの経験などが足りないはずだ。
だからこその特別措置であって、それほどに人が足りないという事だ。
「お前は外に出ているから、大丈夫だとは思って朝は知らせなかったんだが……調べていたら、どうも魔薬にも関係がありそうでな……二度も足を運んで貰って悪かったな」
「いえ、問題ありません!」
ここで本当だよ、とか文句を言ったら殴られるだろうな、と思いつつもシラハの顔が浮かぶ。
もしシラハが隣にいたら、そういう事を言うのかな?
いや、文句は平気で言うけど、やむを得ないのなら分かってくれるか……
「まだ広まっていない話なんだが、実は貴族街で一人の貴族が消えた」
「消えた?」
失踪か行方不明という事なんだろうけど、貴族街でそういった話を聞いた事がなかったから驚いた。
もしも事件性があるのなら父さんにも危険が及ぶかもしれない。
「その貴族が雇っていた護衛や使用人達の話では、姿が見えなくなる前に、誰かと会っていたそうだが帰る時も普通にしていたそうだ。護衛も部屋の前にいたそうだが、物音一つしなかったらしい」
隊長の話を聞く限りだと、その最後に会っていた人物が怪しいとは思うんだけど、手口がわからないなぁ……
「その最後に会っていた男を探してはいるが、あまり事を大きくする訳にはいかないからな。もし何か手掛かりがあったら教えてくれ」
「了解です」
「それと……その消えた貴族は、どうも魔薬の売り上げの一部を受け取っていたらしいんだ。その貴族の屋敷はウチの隊が調べはしたが、お前も調べに行ってみるか?」
「よろしいのですか?」
「構わないさ。もし文句を言う奴がいたらアレを見せてやればいい」
アレとは国王陛下からの許可証の事だろう。
しかし、自分がこうやって調査に参加させて貰えるとなると、なんか認められた気がして嬉しくなる。
もっと頑張らないとな!
「ありがとうございます! 頑張らせ――あっ」
「どうした?」
そうだ。
僕が貴族街に調査に行くとシラハが一緒に来れない。
どうしよう。
せっかく待っててくれるって言ってたのに、やっぱり別行動になったら怒る気がする。
それも、怒鳴るとかじゃなくて静かに怒りそうだ。
怖い……
「あ、あの……大変恐縮なのですが、一人同行させたい者がいるのですが、よろしいですか?」
「同行? 騎士か?」
「い、いえ…その、自分の妹……を名乗っている者です」
「はぁ?」
ですよね。
そりゃ呆れられるよ。
これで屋敷の調査も無し……だよな。
「色々と突っ込みたいところだが……妹を名乗っているってのはどういう事だ?」
「それは……」
ローウェル隊長なら大丈夫だろう。
アルクーレ領主からの信用もある冒険者だと伝えれば、きっと……
僕は緊張しながらも隊長にシラハの事を伝える。
「なるほどな……アルクーレでの調査に貢献した冒険者か……。周りはお前の妹と認識しているんだな?」
「はい」
「……お前がいたとはいえ上手く入り込んだもんだな。確認するが、ソイツは信用できるんだな?」
「彼女が問題を起こしたら、その責任は自分が負います」
「なら文句は言わん、好きにしろ」
「ありがとうございます!」
僕はローウェル隊長に頭を下げてから、部屋をあとにする。
さて……シラハの正体を勝手にバラしたのを、どうやって許してもらおうか…………
それは魔薬調査よりも、ずっと難題だと思った。
僕は現実から目を逸らす為に空を仰ぐ。
ああ……今日も空が青いなぁ。
//////////////////////////////////////////////////////
後書き
狐鈴「どうも作者です。いつも読んでくれてありがとございます。それと誤字報告の方も助かっております!」
シラハ「誤字をそのまま衆目に晒すとか正気ですか?」
狐鈴「シラハちゃんは辛辣だなぁ……もっと優しくしてよぉ」
シラハ「イヤです。また全裸にさせられましたし? 絶対に優しくなんてしませんよ」
狐鈴「根に持ってらっしゃる……」
シラハ「そもそも誤字したら、私がそれをそのまま言葉にしちゃうんですよね?」
狐鈴「だねー……噛みまみた。みたいな?」
シラハ「なら今度、私が言葉を噛むことがあったら、作者さんに噛み付いてあげますね」
狐鈴「噛み付くっていうか、噛みちぎられそうなんですけどー?!」
寿命が縮むからやめてっ
大丈夫だ、私。
今まで通り落ち着いて事に当たるとしよう。
「それでは、だいぶ時間も遅れてしまいましたが……今日も張り込みを行うで良いですかね?」
遅れたのはお前のせいだ、なんてクレームは受け付けませんよ。
前を向いて生きて行こうじゃあないですか。
「シラハは寝起きだし、まずは食事にしないか?」
「そうですね。それで良いと思います」
変になってしまった空気を変える為にも、まずはこの部屋から出て外に行こう。
私は平気だけど、ノーマルなアルフリードさんは宿屋の食事は食べられないので、提供されている商品に魔薬が混入させられているか判別しやすい屋台で済ませることにした。
「そういえばアルフリード様は、なんで態度が変だったんですか?」
屋台で購入した物を食べながら、思い出したことを聞いてみる。
あれは何とも…むず痒かった。
「むぐっ……い、いや、何でもないよ」
「何でもないって……動揺しまくりじゃないですか」
むぐ、って喉に詰まらせてたし。
「それよりシラハ。君は寝不足なら途中で帰っても構わない。……まぁ、本来なら夜更かしを避けて欲しいところだけどね」
「それについては、本当にスミマセンでした」
思いきり寝坊したからね!
ホントにゴメンよっ
「君が、そんな失敗をするとは驚いたけどね」
むぅ……。
当分はこれでイジられそうだ。
何か仕返しするためのネタを手に入れなければ……
「おっ、いたいた! おーい! アルフリード!」
私達が話をしていると、アルフリードさんの名前を叫びながら黒髪の騎士が、こちらに向かって走ってくる。
げっ……あの人は……
「ヴァンス! どうしたんだ? 今は訓練の時間じゃないのか?」
そう、ヴァンスさんだ。
私に婚約だか結婚だかの話をしてきた要注意人物だ。
私は気付かれないようにアルフリードさんの後ろに隠れた。
「お前を探しに来たからに決まってるだろ? まったく……何をやってるかは知らないが、あちこち探す俺の身にもなってくれよな……」
「おつかれ、ヴァンス。だけど、どうして僕を探してたんだ? 僕が今、ローウェル隊長の下で働いているのは知ってるだろ?」
「え?」
「ん? どうしたんだ、シラハ」
「いえ、なんでも……」
「あ、シラハと一緒にいたのか。……って、仕事中なのにアルフリードは、なんで妹と一緒にいるんだ?」
「それは、まぁ……色々と……」
いけないいけない。
思わず声が漏れてしまった。
というか、アルフリードさんって新米騎士って言ってなかったっけ?
あれ…若手だっけ? まぁ、どっちでもいいや。
それで、なんでその新米が三番隊で働いているの?
調査を始めた初日は、新米騎士達で調査をしてたって言ってたと思ったけど……
もしかして王様が動いた?
というより、あの時、私が王様から受け取ってローウェルさんに届けた手紙があったけど、アレがもし魔薬調査を指示するものだったのなら……
この国は、まだ完全に腐っていないのかもしれない。
「それじゃあ、シラハは俺がアルフリードの家まで送り届けてやるよ」
「「え?」」
ヴァンスさんの言葉に私とアルフリードさんの声が重なった。
というか話を聞いていなかった。なんの話?
「あの……話を聞いていなかったのですが……一体なんの話でしょうか?」
「アルフリードが、これから仕事でローウェル隊長の所に行かなきゃいけないんだよ。だから、一人になってしまう妹を心配するアルフリードの為に、俺がシラハを家に送ってやるって話さ」
そんな話になってたんだね。
私はアルフリードさんの方をチラリと見ると、首を小さく横に振っていた。
だよね。
実家に私の事を、今まで隠していた娘として扱って欲しい、なんて頼める訳ないもんね。
「家には行きません。お兄様について行きます」
「え、いや…シラハ? さすがに城には入れないよ?」
「……私でもそれくらいは分かっています。先日、お兄様にお会いしに伺った時に案内してもらった、訓練場の入り口で待っていますね」
毎日のように夜中に忍び込んでいたから、入っちゃいけない場所って認識が抜け落ちていたね。あぶねー
「だが、どれくらい時間がかかるかも分からないし……」
「そのかわり、お仕事が終わったら私に付き合ってくださいね、お兄様」
「なんだ……お兄様大好きかよ……」
ヴァンスさんが拗ねたように呟く。
まぁ、好きですけどね。
妹設定を表に出している時は、言えないですけど!
あ、異性としての好き、じゃなければ問題ないのか。
「はい。大好きですよ」
「はぁ……俺にも、こんな妹がいたら良かったのに……」
「ヴァンスの所は男ばかりだしな……」
アルフリードさんが私の言葉をスルーした。むぅ……
私達は話をしながら移動する。
アルフリードさんの家の話が出た場合は、私は相槌を打つだけで、あとはアルフリードさんに丸投げだ。
自分が持ち出した設定だけに、なんか申し訳ない気持ちだよ。
そういえば魔薬調査が終わったら、私の妹設定どうしよう……
ずっと王都に滞在してるわけにもいかないし、面倒なことをしてしまったかもしれない。
でも私の存在が好意的に受け入れられているし、必要なことだったと割り切っておこう……
「それじゃあ、行ってくるから大人しく待っていてくれよ?」
「そんなこと言われなくても大人しくしていますよ」
訓練場に到着するとアルフリードさんから注意を受ける。
私、待ってる時、騒がしくした覚えないのに……
「シラハはアルフリードの事が大好きなのを抜きにすれば大人しいだろ?」
「大人しいなら、外を出歩いて勝手に訓練場まで来ないと思うんだ」
「たしかにな! この前だって下町で会ったっけ」
二人して言いたい放題か!
畜生、妹モードじゃなければ、ヘコませてやるところなのにっ!
「ん? ヴァンス…シラハと二人きりで会ったのか?」
「ああ……って、これ言っちゃ不味かった?」
「そんな事ないですよ」
別に秘密という訳でもないしね……って、なんで私を睨むんですかアルフリードさん。
そして足早に私に近づいてこないでください怖いです。
「ヴァンスになにか変な事をされなかったか?」
「え? 最初に聞くことがソレ? 酷くね?」
私もそう思うよ。
ヴァンスさん、一体なにしたのさ?
「ヴァンスは悪い奴じゃないんだが、女性関係はだらしないからな。シラハに変な虫がついたら大変だろ?」
「俺、変な虫扱いかよ……」
「でも婚約しない? みたいな事は聞かれましたね……」
「ほほぅ……」
ぉ、アルフリードさんの声のトーンが下がった。
私の為に怒ってくれてるんだ、きゃっ……ふむ、乙女な私を演じるのも難しいね。
というか方向性を間違えたかもしれない。
もっとも、女の子らしさを獲得しても表に出せるとは思えないけど。
「シラハに何を言ったのか、じっくりと聞かせてもらうよ?」
「いや、俺仕事に戻らなきゃだし……」
「あっはっは。いつも仕事をサボろうと必死のヴァンスが何を言ってるんだい?」
「シラハの前で、そういう事言うのやめようぜ? 心証が悪くなるだろ?」
実を言うとデビュタントの話をした時点で心証は悪いんですけどね。
可哀想だから、それは言わないでおこう。
そしてヴァンスさんは抵抗しながらも、いやいや連れて行かれた。
一人残された私は、訓練場に入れないので入り口付近で待機である。
と言っても、やる事はないので暇だけど。
あ、こういう時にスキルの確認をしなきゃ。
昨夜、ナヴィに手を加えてもらったから慣れておかなきゃね。
名前:シラハ
領域:〈ソードドラゴン+パラライズサーペント〉
《森林鷹狗》 サハギン フォレストマンティス
レッドプラント ハイオーク エアーハント
シャドー 迷宮核 シペトテク(0)
スキル一覧
通常:【牙撃】【爪撃】【竜咆哮】【丸呑み】
【鎌撫】【吸血】【風壁】【影針】
強化:【竜気】【剛体】【熱源感知】【跳躍】
【水渡】【疾空】
身体変化:【竜鱗(剣)】【有翼(鳥)】【血液操作】
【擬態】【潜影】
状態変化:【麻痺付与】【解毒液】
重複:【獣の嗅覚】【側線】【誘引】【誘体】
自動:【体力自動回復(中)】【毒食】【夜目】
【潜水】【散花(●)】
迷宮:【迷宮領域拡大】【迷宮創造】【主の部屋】
特殊:【贄魂喰ライ(0)】
ふむふむ。
変態枠は身体変化枠に名称を変えてくれたんだね。
それと【散花】と【贄魂喰ライ】はスキル効果が分からないからスルーしていたけど、スキル名に●とか0がついてるんだよね。
これはなんなんだろう?
たぶんナヴィも分からないんだろうけど……
さすがに外で、というか街中でスキルの検証を行うわけにもいかないからモヤモヤしちゃうね。
まぁ、どっちのスキルも一度使ってるんだけどさ。
あの時は、お爺ちゃんのフォローに困ったね。
このスキルの使い方が分からないと、正直なんとも言えないんだよねぇ……
このスキルを持っていたシペトテクという魔物が、どんな戦い方や能力を持っているかを聞きたかったのに、全くと言っていい程に参考にならなかった。
なので、こうして持て余してしまっているのだ。
そして、これ以上スキルも見るところがないので、時間も持て余してしまう。
待ってるなんて言わなきゃ良かったかもしれない……
まだ大して待ったわけでもないのに、随分と我慢ができない子になったもんだよ……
なんて思ったりしながら私は空を仰ぐ。
今日も良い天気だねぇ。
◆アルフリード・オーベル視点
僕はローウェル隊長の執務室に向かうまでの間に、ヴァンスに言わなければいけない事を伝えておく。
「いいか? シラハには手を出すなよ? これはヴァンスの為でもあるんだぞ?」
「俺の為ってなんだよー。そんなに妹が可愛いなら護衛でもつけとけよなぁ……」
普通ならそうするんだけどね。
シラハは僕の妹じゃないから、それが出来ないんだよ。
それに、もし…もしもだぞ? 仮の話でヴァンスがシラハと交際する、なんて話になってもシラハは貴族じゃないからな?
口が裂けても言えないけど、僕の妹を名乗ってる彼女は平民だからな。
もしかすると平民どころか王族かもだなんて、もっと言えない。
言いたい事を言った僕は、不満そうな顔のヴァンスを置いてローウェル隊長の執務室に入っていく。
中に入ると、朝来た時と同じようにローウェル隊長は書類に目を通していた。
「来たか、アルフリード」
「はい、ローウェル隊長。それで何かあったのですか? 僕は三番隊所属になったとはいえ、まだ正式なものではないのに……」
ローウェル隊長から話があった時は驚いたけど、魔薬調査時における特別措置と聞いて納得した。
アルクーレでの魔薬調査の実績があるとはいえ、僕はまだ隊に入れるほどの経験などが足りないはずだ。
だからこその特別措置であって、それほどに人が足りないという事だ。
「お前は外に出ているから、大丈夫だとは思って朝は知らせなかったんだが……調べていたら、どうも魔薬にも関係がありそうでな……二度も足を運んで貰って悪かったな」
「いえ、問題ありません!」
ここで本当だよ、とか文句を言ったら殴られるだろうな、と思いつつもシラハの顔が浮かぶ。
もしシラハが隣にいたら、そういう事を言うのかな?
いや、文句は平気で言うけど、やむを得ないのなら分かってくれるか……
「まだ広まっていない話なんだが、実は貴族街で一人の貴族が消えた」
「消えた?」
失踪か行方不明という事なんだろうけど、貴族街でそういった話を聞いた事がなかったから驚いた。
もしも事件性があるのなら父さんにも危険が及ぶかもしれない。
「その貴族が雇っていた護衛や使用人達の話では、姿が見えなくなる前に、誰かと会っていたそうだが帰る時も普通にしていたそうだ。護衛も部屋の前にいたそうだが、物音一つしなかったらしい」
隊長の話を聞く限りだと、その最後に会っていた人物が怪しいとは思うんだけど、手口がわからないなぁ……
「その最後に会っていた男を探してはいるが、あまり事を大きくする訳にはいかないからな。もし何か手掛かりがあったら教えてくれ」
「了解です」
「それと……その消えた貴族は、どうも魔薬の売り上げの一部を受け取っていたらしいんだ。その貴族の屋敷はウチの隊が調べはしたが、お前も調べに行ってみるか?」
「よろしいのですか?」
「構わないさ。もし文句を言う奴がいたらアレを見せてやればいい」
アレとは国王陛下からの許可証の事だろう。
しかし、自分がこうやって調査に参加させて貰えるとなると、なんか認められた気がして嬉しくなる。
もっと頑張らないとな!
「ありがとうございます! 頑張らせ――あっ」
「どうした?」
そうだ。
僕が貴族街に調査に行くとシラハが一緒に来れない。
どうしよう。
せっかく待っててくれるって言ってたのに、やっぱり別行動になったら怒る気がする。
それも、怒鳴るとかじゃなくて静かに怒りそうだ。
怖い……
「あ、あの……大変恐縮なのですが、一人同行させたい者がいるのですが、よろしいですか?」
「同行? 騎士か?」
「い、いえ…その、自分の妹……を名乗っている者です」
「はぁ?」
ですよね。
そりゃ呆れられるよ。
これで屋敷の調査も無し……だよな。
「色々と突っ込みたいところだが……妹を名乗っているってのはどういう事だ?」
「それは……」
ローウェル隊長なら大丈夫だろう。
アルクーレ領主からの信用もある冒険者だと伝えれば、きっと……
僕は緊張しながらも隊長にシラハの事を伝える。
「なるほどな……アルクーレでの調査に貢献した冒険者か……。周りはお前の妹と認識しているんだな?」
「はい」
「……お前がいたとはいえ上手く入り込んだもんだな。確認するが、ソイツは信用できるんだな?」
「彼女が問題を起こしたら、その責任は自分が負います」
「なら文句は言わん、好きにしろ」
「ありがとうございます!」
僕はローウェル隊長に頭を下げてから、部屋をあとにする。
さて……シラハの正体を勝手にバラしたのを、どうやって許してもらおうか…………
それは魔薬調査よりも、ずっと難題だと思った。
僕は現実から目を逸らす為に空を仰ぐ。
ああ……今日も空が青いなぁ。
//////////////////////////////////////////////////////
後書き
狐鈴「どうも作者です。いつも読んでくれてありがとございます。それと誤字報告の方も助かっております!」
シラハ「誤字をそのまま衆目に晒すとか正気ですか?」
狐鈴「シラハちゃんは辛辣だなぁ……もっと優しくしてよぉ」
シラハ「イヤです。また全裸にさせられましたし? 絶対に優しくなんてしませんよ」
狐鈴「根に持ってらっしゃる……」
シラハ「そもそも誤字したら、私がそれをそのまま言葉にしちゃうんですよね?」
狐鈴「だねー……噛みまみた。みたいな?」
シラハ「なら今度、私が言葉を噛むことがあったら、作者さんに噛み付いてあげますね」
狐鈴「噛み付くっていうか、噛みちぎられそうなんですけどー?!」
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