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それしか思いつかない事って、あるよね
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バシャバシャと水が撥ねる。
やっぱり水浴びは気持ち良い……これで、少しはマシな顔になったかな?
私は水をバシャっと顔にかけ、水面に映った自分の顔を見る。
うん、泣き顔は誤魔化せそうだね。
私は空を飛びながら泣いていたけど、一頻り泣いたあと今後をどうするか考えた。
真っ先に浮かんだのが母さんの所に行って、母さんの胸で泣く事だったんだけど、それは却下した。
先にやらなきゃいけない事がある。
今回の騒動で私なりにアルフリードさんにしてあげられる事はしてきたつもりだ。
他の人には迷惑だっただろうけど。
そうなると次はアルクーレの領主様だ。
といっても、今や追われる身となった私に出来ることなんて無いんだけど、それはそれ。
せめて今後、私のせいで何かしらの面倒事が飛び込んでくるかもしれないと直接伝えて謝りたい。
元々は領主様からの依頼が原因だとしても、あそこまでの騒ぎになってしまったのは私のせいだから。
それでアルクーレに向かう事にしたんだけど、さすがに泣き腫らした顔をした血塗れの娘が領主様の屋敷に駆け込んだ、となると色々と拙い。
なので、こうして水場を見つけて水浴びをする事にしたんだよ。
あ、ちゃんと着替えとかが入った荷物袋は、王城から飛び去った後に即行でオーベル家に向かって回収してきましたとも。
私の血塗れの姿にメイドさんを始めとする使用人方は、悲鳴をあげていたけど、それを無視して荷物だけ取ってくるのは罪悪感が半端なかったけどね……
あまり私と関わると、あとで何を言われるかわからないし。
私はザパっと水場から上がり、少しの間ひなたぼっこをする。あったかいなぁ……
どうしてお日様は、こうも人の眠気を誘ってくるんだろうねぇ……
若干ウトウトしながらも、体が乾いてきたので母さんお手製の服をモゾモゾと着込み準備完了だ。
これで領主様に会いに行く為の最低限の身嗜みは整ったね。
え? 身嗜みとか気にしてたのかって?
そりゃしてますとも。一応女の子なので。
私は【有翼(鳥)】を使ってバサリと空に飛び上がる。
アルクーレに着く頃には真っ暗になっているだろうけど、こっそりと会うのなら、そっちの方が好都合だよね。
今回の挨拶を済ませたら当分は会えない。
というか今生の別れになるかもしれない。
ちゃんとファーリア様には挨拶しておきたいね。
本当ならエレナさん達にも会っておきたいけど、今はやめておいた方がいいかな。
もし戻って来れる日が来るのなら、その時は謝ろう。
そんな、ありえない日を想像しながら私はアルクーレの街に到着する。
既に辺りはすっかり暗くなっているので街の入り口は閉まっている。
初めて来た時は入れなくて、ひもじい思いをしたっけ……
あの時貰ったパンとスープは本当に美味しかったなぁ。
私は街の外壁を飛び越えて、一直線に領主様の屋敷に向かっていく。
屋敷に到着すると屋敷の周囲には警備の為の人員が、それなりの人数配置されていた。
魔薬製作所襲撃の報復をまだ警戒しているのかな?
とりあえず庭先に降りても騒ぎになりそうだったので、屋根に降り立つ。
上を無警戒なのは、空を飛ぶ方法がないからなのかな?
魔道具とか、ありそうなものなのに。
とはいえ、ここまで来ればあとはいつも通りに侵入できるね。
では早速……
私は【潜影】を使ってズブリと影の中に沈み込むと、屋敷の窓枠の隙間を影を伝って潜り込む。
えーと……領主様のお部屋は、あっちだね。
私は迷う事なく領主様の執務室に向かっていく。
その途中で、何やら誰かの漏れ出るような息遣いが聞こえた。
……誰?
この屋敷の中で、こんな息遣い……
でも、この声は苦しそうといった感じではなくて――
「はっ!? もしかして……って、ヤバ……」
私は咄嗟に口を押さえる。
危ない危ない……私はまだ、ただの侵入者でしかないからバレないようにしなくちゃ。
とりあえず、セバスチャンさんを見つけないと……
私が屋敷の中を探っていると、使用人達になにやら指示を出しているヒラミーさんを発見した。
良かった。ようやく私の知っている顔を見つけたよ。
指示出しが終わったのか他の使用人がいなくなると、私はぬっと現れてヒラミーさんに声をかける。
「ヒラミーさん」
「きゃああぁ?! ……って、あら…シラハ様?」
「はい、シラハです。こんばんは」
良い悲鳴をありがとう。ビックリしたけど……
「こんな時間にどうなさったのですか? ……いえ、それよりも、どうやってここまで……?」
「ちょっと訳がありまして……。それで領主様とお話ししたいんですけど、セバスチャンさんはどちらに?」
「セバスさんですか? 今のお時間ですと、何もなければ私室にいらっしゃるかと……」
「案内してもらってもいいですかね?」
「かしこまりました」
色々と聞きたい事はあるだろうけど、何も聞かずにランタンを片手に案内をしてくれるヒラミーさん。
信用してくれてるんだね……
ヒラミーさんの後ろにくっついて行く途中、ずっと無言なのもなんなので気になった事を質問してみる。
「ヒラミーさん、屋敷の中ってこんなに暗かったでしたっけ?」
私が滞在していた時は、廊下には魔道具の明かりが灯してあったので、今のヒラミーさんのようにランタンを持ち歩くなんてしてなかったはずだ。
私に明かりは必要ないんだけど、もしかするとアルクーレの街は財政難なのかもしれない。
魔薬とかで色々あったのかも……
「今はもう就寝する時間ですからね。昔から領主様が節約の為にと、これくらいの時間になると明かりを落としているのですよ」
「そうだったんですねぇ」
「暗くて不便をおかけして申し訳ありません……」
「あ、暗いのとかは全然平気なので気にしないでください」
私の気にしすぎだったのか……
滞在中は夜更かしもしなかったし、夜にお手洗いに行きたくなって目が覚める、なんて事もなかったから気が付かなかったよ。
「こちらです……。セバスさん、ヒラミーです。いらっしゃいますか?」
ヒラミーさんが、セバスチャンさんの部屋の前に到着するとセバスチャンさんに呼びかける。
すると、すぐに返事とともに部屋からセバスチャンさんが顔を出してきた。
「ヒラミーさん、こんな時間にどうかなさいましたか? おや、シラハ様ではないですか。いつ、こちらにお戻りに?」
セバスチャンさんが私に気付くけど、特に驚いたりはしてくれなかった。ちぃ…!
「今戻って来たばかりなんですけど、実はかなり急いでまして……。ちょっと街の入り口やら屋敷周辺の警備を無視して来ちゃいました」
「魔薬の一件以来、警備を増やしていたのですが、それを抜けてくるとは驚きましたね……」
「あはは……ごめんなさい」
「お気になさらず。可能でしたら、是非ともその潜入法をお教え頂きたいものですな」
「教えても使えるようなものではないですよ」
「それは残念です……」
本当に、残念そうだよ。
まさかセバスチャンさんが、そういった技術に興味を持っているなんて……
「それで……こんな夜更けに来られたのは……?」
「領主様にお会いしたいんですけど可能ですか?」
「本来ならお引取り願うところですが……それは、我が主人が依頼した事と関係があるのですよね?」
私はセバスチャンさんの質問に頷く。
必要な事を伝えて、なるべく早く私はいなくなった方がいい。
「では、すぐに主人を呼んで参ります。ヒラミーはシラハ様を応接間にお連れしてください」
「かしこまりました」
私はヒラミーさんに連れられて、また移動する。
廊下を歩いていると、前方から見知った顔が現れる。
「ヒラミー? こんな所でなにを……ん? 君の後ろに居るのは、シラハかい?」
意外にも彼、ハサウェル様は私の名前を覚えていた。
「私のような者の名前を覚えていただけて光栄です、ハサウェル様」
「君ほど強烈に記憶に残る者は、なかなかいないよ」
「貴き方に記憶される程の事をしたでしょうか……」
「カイラスを殴り飛ばしておいて、よく言うよ……」
「カイラ……ああ…いましたね、そんな方が」
「忘れていたのか……」
「というよりは、思い出したくなかっただけです」
なんで嫌いな奴をわざわざ思い出そうとしなきゃいけないんだ。可能なら記憶の奥底に仕舞い込んで、二度と思い出さないようにしたいくらいだ。
「それで、君はなにをしているんだ?」
「えーっと、領主様に急ぎの報告がありまして……」
「こんな夜分に?」
「そこは、本当に申し訳ないと思っています……」
だって仕方ないじゃん。
途中で水浴びをしてきたとはいえ、一直線にこっち来たのに、遅いから帰れとか言われる未来しか想像できなかったから忍び込むしかないじゃん!
本当なら私だって、ふかふかの布団に包まって寝たいよ!
もう眠いんだよ!
「ところで、その報告は私も同席しても構わないのかな?」
「私に聞かれても……」
「そうだね父上に聞いてみるとするよ。……それで父上は?」
「今、セバスチャンさんに呼びに行って貰ってます」
「なるほど。なら私と一緒に応接間に行こうか。ヒラミーは紅茶の用意を」
「はい」
すす…っと、どこかに消えるヒラミーさん。なんかできる人みたいだ……いやまぁプロなんだけどね。
私はハサウェル様と応接間で待機する。
ふぁ……ソファーに埋もれてたら眠っちゃいそうだ。
「父上…遅いな……」
「……そうですね」
まぁ、お取り込み中でしたしね。
そこにヒラミーさんが紅茶を運んできてくれる。
これで少しは目が覚めるかも……
「時間も遅いので少しでも眠気が取れるように、ハーブティーをご用意いたしました」
ヒラミーさん……グッジョブ!
私はさっそくヒラミーさんが淹れてくれたハーブティーをいただく。
あ、鼻を抜けるスーっとした匂いで、ちょっと目が覚めたかも。
これはいいね。ごくごく……
そこからハサウェル様とヒラミーさんと私の三人が、無言で領主様を待つ。
ヒラミーさんと私の二人だけなら遠慮せずに話すんだけど、さすがに領主の息子そっちのけで使用人と話していたら不味いよね。
「本当に父上は、どうしたんだ? 急な来客とはいえ、こんなに待たせるなんて……」
いくら待っても来ない領主様にたいしてハサウェル様が文句を言う。
ヒラミーさんも困ったようにオロオロしている。
うん……私も事情を知らなかったらイラついて、領主様の部屋に直接向かっていたかもしれない。
けどなぁ……
「領主様達も忙しいのだと思いますよ」
一応フォローを入れておく私優しい。
「こんな夜遅くにやる仕事があるのか? 緊急のものなら分かるが、そうだとしたら屋敷の中が静かすぎる。……ん、達? 母上も一緒なのか? ヒラミーは何か聞いていないのか?」
「い、いえ……」
「ん? なにか知っているのか?」
ヒラミーさんが、急に話を振られて動揺する。
あれ? もしかすると知ってたのかな?
「知っているのなら話してくれないか? それとも私には言えないことなのか?」
「そ、それは……」
ヒラミーさんが俯いてしまう。
たしかに、それは正面切って言われると恥ずかしいわ。
「ハサウェル様、少し落ち着いてください」
「シラハ?」
「私が説明しますので」
「いや、なんで君が知っている?」
「さっき聞こえたので」
「聞こえる? 一体なにが?」
「それは……」
「それは?」
私も少し恥ずかしくて誤魔化すようにハーブティーを口に含む。それにつられて、ハサウェル様もハーブティーに口をつけた。
「領主様達は子作りをしていました」
「ごぶふぉ?!」
「ハサウェル様?!」
ハサウェル様が盛大に吹いた。大丈夫?
「ゴホッゲホ! ゴホゴホッ!!」
ハーブティーが変なところに入ったのか、むせて苦しそうにするハサウェル様。
そのハサウェル様の背中をさするヒラミーさん。
「大丈夫ですか?」
「シラハ様! もう少し言い方はどうにかならなかったのですか!?」
「駄目でしたか?」
「駄目でした! せめて夫婦の営み……とか、こう……何か他にありませんでしたか!?」
「すみません。思い付かなかったです……」
ヒラミーさんをフォローしようと思ったら怒られてしまった。悲しい……
あ、足音が近づいてくる。
やっと身支度が済んだのかな?
時間かかっちゃったけど、これで漸く本題に入れるね。
//////////////////////////////////////////////////////
後書き
シラハ「ハサウェル様の弟か妹ができるかもしれませんね」
ハサウェル「君、恥ずかしくないの?」
シラハ「村育ちの田舎者の芋娘なので」
ハサウェル「……田舎の方が進んでいるな」
シラハ「何がです?」
ハサウェル「い、いや、何でもないさっ」
やっぱり水浴びは気持ち良い……これで、少しはマシな顔になったかな?
私は水をバシャっと顔にかけ、水面に映った自分の顔を見る。
うん、泣き顔は誤魔化せそうだね。
私は空を飛びながら泣いていたけど、一頻り泣いたあと今後をどうするか考えた。
真っ先に浮かんだのが母さんの所に行って、母さんの胸で泣く事だったんだけど、それは却下した。
先にやらなきゃいけない事がある。
今回の騒動で私なりにアルフリードさんにしてあげられる事はしてきたつもりだ。
他の人には迷惑だっただろうけど。
そうなると次はアルクーレの領主様だ。
といっても、今や追われる身となった私に出来ることなんて無いんだけど、それはそれ。
せめて今後、私のせいで何かしらの面倒事が飛び込んでくるかもしれないと直接伝えて謝りたい。
元々は領主様からの依頼が原因だとしても、あそこまでの騒ぎになってしまったのは私のせいだから。
それでアルクーレに向かう事にしたんだけど、さすがに泣き腫らした顔をした血塗れの娘が領主様の屋敷に駆け込んだ、となると色々と拙い。
なので、こうして水場を見つけて水浴びをする事にしたんだよ。
あ、ちゃんと着替えとかが入った荷物袋は、王城から飛び去った後に即行でオーベル家に向かって回収してきましたとも。
私の血塗れの姿にメイドさんを始めとする使用人方は、悲鳴をあげていたけど、それを無視して荷物だけ取ってくるのは罪悪感が半端なかったけどね……
あまり私と関わると、あとで何を言われるかわからないし。
私はザパっと水場から上がり、少しの間ひなたぼっこをする。あったかいなぁ……
どうしてお日様は、こうも人の眠気を誘ってくるんだろうねぇ……
若干ウトウトしながらも、体が乾いてきたので母さんお手製の服をモゾモゾと着込み準備完了だ。
これで領主様に会いに行く為の最低限の身嗜みは整ったね。
え? 身嗜みとか気にしてたのかって?
そりゃしてますとも。一応女の子なので。
私は【有翼(鳥)】を使ってバサリと空に飛び上がる。
アルクーレに着く頃には真っ暗になっているだろうけど、こっそりと会うのなら、そっちの方が好都合だよね。
今回の挨拶を済ませたら当分は会えない。
というか今生の別れになるかもしれない。
ちゃんとファーリア様には挨拶しておきたいね。
本当ならエレナさん達にも会っておきたいけど、今はやめておいた方がいいかな。
もし戻って来れる日が来るのなら、その時は謝ろう。
そんな、ありえない日を想像しながら私はアルクーレの街に到着する。
既に辺りはすっかり暗くなっているので街の入り口は閉まっている。
初めて来た時は入れなくて、ひもじい思いをしたっけ……
あの時貰ったパンとスープは本当に美味しかったなぁ。
私は街の外壁を飛び越えて、一直線に領主様の屋敷に向かっていく。
屋敷に到着すると屋敷の周囲には警備の為の人員が、それなりの人数配置されていた。
魔薬製作所襲撃の報復をまだ警戒しているのかな?
とりあえず庭先に降りても騒ぎになりそうだったので、屋根に降り立つ。
上を無警戒なのは、空を飛ぶ方法がないからなのかな?
魔道具とか、ありそうなものなのに。
とはいえ、ここまで来ればあとはいつも通りに侵入できるね。
では早速……
私は【潜影】を使ってズブリと影の中に沈み込むと、屋敷の窓枠の隙間を影を伝って潜り込む。
えーと……領主様のお部屋は、あっちだね。
私は迷う事なく領主様の執務室に向かっていく。
その途中で、何やら誰かの漏れ出るような息遣いが聞こえた。
……誰?
この屋敷の中で、こんな息遣い……
でも、この声は苦しそうといった感じではなくて――
「はっ!? もしかして……って、ヤバ……」
私は咄嗟に口を押さえる。
危ない危ない……私はまだ、ただの侵入者でしかないからバレないようにしなくちゃ。
とりあえず、セバスチャンさんを見つけないと……
私が屋敷の中を探っていると、使用人達になにやら指示を出しているヒラミーさんを発見した。
良かった。ようやく私の知っている顔を見つけたよ。
指示出しが終わったのか他の使用人がいなくなると、私はぬっと現れてヒラミーさんに声をかける。
「ヒラミーさん」
「きゃああぁ?! ……って、あら…シラハ様?」
「はい、シラハです。こんばんは」
良い悲鳴をありがとう。ビックリしたけど……
「こんな時間にどうなさったのですか? ……いえ、それよりも、どうやってここまで……?」
「ちょっと訳がありまして……。それで領主様とお話ししたいんですけど、セバスチャンさんはどちらに?」
「セバスさんですか? 今のお時間ですと、何もなければ私室にいらっしゃるかと……」
「案内してもらってもいいですかね?」
「かしこまりました」
色々と聞きたい事はあるだろうけど、何も聞かずにランタンを片手に案内をしてくれるヒラミーさん。
信用してくれてるんだね……
ヒラミーさんの後ろにくっついて行く途中、ずっと無言なのもなんなので気になった事を質問してみる。
「ヒラミーさん、屋敷の中ってこんなに暗かったでしたっけ?」
私が滞在していた時は、廊下には魔道具の明かりが灯してあったので、今のヒラミーさんのようにランタンを持ち歩くなんてしてなかったはずだ。
私に明かりは必要ないんだけど、もしかするとアルクーレの街は財政難なのかもしれない。
魔薬とかで色々あったのかも……
「今はもう就寝する時間ですからね。昔から領主様が節約の為にと、これくらいの時間になると明かりを落としているのですよ」
「そうだったんですねぇ」
「暗くて不便をおかけして申し訳ありません……」
「あ、暗いのとかは全然平気なので気にしないでください」
私の気にしすぎだったのか……
滞在中は夜更かしもしなかったし、夜にお手洗いに行きたくなって目が覚める、なんて事もなかったから気が付かなかったよ。
「こちらです……。セバスさん、ヒラミーです。いらっしゃいますか?」
ヒラミーさんが、セバスチャンさんの部屋の前に到着するとセバスチャンさんに呼びかける。
すると、すぐに返事とともに部屋からセバスチャンさんが顔を出してきた。
「ヒラミーさん、こんな時間にどうかなさいましたか? おや、シラハ様ではないですか。いつ、こちらにお戻りに?」
セバスチャンさんが私に気付くけど、特に驚いたりはしてくれなかった。ちぃ…!
「今戻って来たばかりなんですけど、実はかなり急いでまして……。ちょっと街の入り口やら屋敷周辺の警備を無視して来ちゃいました」
「魔薬の一件以来、警備を増やしていたのですが、それを抜けてくるとは驚きましたね……」
「あはは……ごめんなさい」
「お気になさらず。可能でしたら、是非ともその潜入法をお教え頂きたいものですな」
「教えても使えるようなものではないですよ」
「それは残念です……」
本当に、残念そうだよ。
まさかセバスチャンさんが、そういった技術に興味を持っているなんて……
「それで……こんな夜更けに来られたのは……?」
「領主様にお会いしたいんですけど可能ですか?」
「本来ならお引取り願うところですが……それは、我が主人が依頼した事と関係があるのですよね?」
私はセバスチャンさんの質問に頷く。
必要な事を伝えて、なるべく早く私はいなくなった方がいい。
「では、すぐに主人を呼んで参ります。ヒラミーはシラハ様を応接間にお連れしてください」
「かしこまりました」
私はヒラミーさんに連れられて、また移動する。
廊下を歩いていると、前方から見知った顔が現れる。
「ヒラミー? こんな所でなにを……ん? 君の後ろに居るのは、シラハかい?」
意外にも彼、ハサウェル様は私の名前を覚えていた。
「私のような者の名前を覚えていただけて光栄です、ハサウェル様」
「君ほど強烈に記憶に残る者は、なかなかいないよ」
「貴き方に記憶される程の事をしたでしょうか……」
「カイラスを殴り飛ばしておいて、よく言うよ……」
「カイラ……ああ…いましたね、そんな方が」
「忘れていたのか……」
「というよりは、思い出したくなかっただけです」
なんで嫌いな奴をわざわざ思い出そうとしなきゃいけないんだ。可能なら記憶の奥底に仕舞い込んで、二度と思い出さないようにしたいくらいだ。
「それで、君はなにをしているんだ?」
「えーっと、領主様に急ぎの報告がありまして……」
「こんな夜分に?」
「そこは、本当に申し訳ないと思っています……」
だって仕方ないじゃん。
途中で水浴びをしてきたとはいえ、一直線にこっち来たのに、遅いから帰れとか言われる未来しか想像できなかったから忍び込むしかないじゃん!
本当なら私だって、ふかふかの布団に包まって寝たいよ!
もう眠いんだよ!
「ところで、その報告は私も同席しても構わないのかな?」
「私に聞かれても……」
「そうだね父上に聞いてみるとするよ。……それで父上は?」
「今、セバスチャンさんに呼びに行って貰ってます」
「なるほど。なら私と一緒に応接間に行こうか。ヒラミーは紅茶の用意を」
「はい」
すす…っと、どこかに消えるヒラミーさん。なんかできる人みたいだ……いやまぁプロなんだけどね。
私はハサウェル様と応接間で待機する。
ふぁ……ソファーに埋もれてたら眠っちゃいそうだ。
「父上…遅いな……」
「……そうですね」
まぁ、お取り込み中でしたしね。
そこにヒラミーさんが紅茶を運んできてくれる。
これで少しは目が覚めるかも……
「時間も遅いので少しでも眠気が取れるように、ハーブティーをご用意いたしました」
ヒラミーさん……グッジョブ!
私はさっそくヒラミーさんが淹れてくれたハーブティーをいただく。
あ、鼻を抜けるスーっとした匂いで、ちょっと目が覚めたかも。
これはいいね。ごくごく……
そこからハサウェル様とヒラミーさんと私の三人が、無言で領主様を待つ。
ヒラミーさんと私の二人だけなら遠慮せずに話すんだけど、さすがに領主の息子そっちのけで使用人と話していたら不味いよね。
「本当に父上は、どうしたんだ? 急な来客とはいえ、こんなに待たせるなんて……」
いくら待っても来ない領主様にたいしてハサウェル様が文句を言う。
ヒラミーさんも困ったようにオロオロしている。
うん……私も事情を知らなかったらイラついて、領主様の部屋に直接向かっていたかもしれない。
けどなぁ……
「領主様達も忙しいのだと思いますよ」
一応フォローを入れておく私優しい。
「こんな夜遅くにやる仕事があるのか? 緊急のものなら分かるが、そうだとしたら屋敷の中が静かすぎる。……ん、達? 母上も一緒なのか? ヒラミーは何か聞いていないのか?」
「い、いえ……」
「ん? なにか知っているのか?」
ヒラミーさんが、急に話を振られて動揺する。
あれ? もしかすると知ってたのかな?
「知っているのなら話してくれないか? それとも私には言えないことなのか?」
「そ、それは……」
ヒラミーさんが俯いてしまう。
たしかに、それは正面切って言われると恥ずかしいわ。
「ハサウェル様、少し落ち着いてください」
「シラハ?」
「私が説明しますので」
「いや、なんで君が知っている?」
「さっき聞こえたので」
「聞こえる? 一体なにが?」
「それは……」
「それは?」
私も少し恥ずかしくて誤魔化すようにハーブティーを口に含む。それにつられて、ハサウェル様もハーブティーに口をつけた。
「領主様達は子作りをしていました」
「ごぶふぉ?!」
「ハサウェル様?!」
ハサウェル様が盛大に吹いた。大丈夫?
「ゴホッゲホ! ゴホゴホッ!!」
ハーブティーが変なところに入ったのか、むせて苦しそうにするハサウェル様。
そのハサウェル様の背中をさするヒラミーさん。
「大丈夫ですか?」
「シラハ様! もう少し言い方はどうにかならなかったのですか!?」
「駄目でしたか?」
「駄目でした! せめて夫婦の営み……とか、こう……何か他にありませんでしたか!?」
「すみません。思い付かなかったです……」
ヒラミーさんをフォローしようと思ったら怒られてしまった。悲しい……
あ、足音が近づいてくる。
やっと身支度が済んだのかな?
時間かかっちゃったけど、これで漸く本題に入れるね。
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後書き
シラハ「ハサウェル様の弟か妹ができるかもしれませんね」
ハサウェル「君、恥ずかしくないの?」
シラハ「村育ちの田舎者の芋娘なので」
ハサウェル「……田舎の方が進んでいるな」
シラハ「何がです?」
ハサウェル「い、いや、何でもないさっ」
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