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姫様の臨死体験
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◆イリアス視点
朝になり目を覚ます。
清々しい朝なのに私の足に着けられた足枷を見ると、本当に気が重くなります。
でも今は違う。
毎夜、私の様子を見に来てくれる白髪の女の子。
彼女は私に名前を教えてはくれませんが、ベッドの上で彼女と語らうのが私の楽しみになりました。
彼女は時間を気にしているのか、話をしている時に窓越しにちらりと夜空を見上げます。
その時の月の光で鮮明になった彼女の瞳が、まるで宝石のように紅くて吸い込まれてしまいそうになります。
彼女は、そんな私に気付き少し恥ずかしそうに照れるのですが、その表情に私の方が参ってしまいそうです。
本当に、あの子は可愛いんですよ! っと、朝から興奮し過ぎましたね……
ふぅ……深呼吸をして落ち着きを取り戻したところで、部屋の扉がノックされた。
この時間に来るのは彼しかいない。
いつも食事を運んで来てくれるのですが、彼の私を見る目つきが怖くて私は必要以上に言葉を交わしてはいません。
私が許可すると、彼が食事を持って部屋へと入ってきました。
彼は食事を置くと私の方へと視線を向けてきました。
どうしたのでしょう? 普段は私の方を見ようともしないのに……
「イ、イリアス姫……」
「なんでしょうか?」
彼が話しかけてきました。
珍しい事もあるのですね。
「イリアス姫はマックレー伯爵と婚姻を結ばなければならない、としたらどうなさいますか?」
「マックレー伯爵……ですか?」
マックレー伯爵と婚姻?
そんな話が出ているのですか?
マックレー伯爵の事は存じていますが、以前お会いした時は趣味の悪い装飾品で身を固めていて、私としては成金な小物といった印象でしたね。
マックレー伯爵との婚姻が我がブランタ王国の利益に繋がるのなら、私としては断るつもりはありませんが……
チラリと彼を見ると、なにやらとても思い詰めた表情をしていました。
彼は、マックレー伯爵と私の婚姻について反対なのでしょう。
私としてもマックレー伯爵との婚姻が王国の為になるとは思えないのですが、一年もこの部屋に篭っているので情勢が変わっている可能性もあるので完全に否定できないのが辛いところです……
「やはり、イリアス姫もマックレー伯爵と一緒になるのは、お辛いですよね……」
「え……?」
私が考えを巡らせている間に、彼も何かの結論に至ったようでした。
彼が何を言っているのか理解できず、私は反応が遅れてしまいました。
彼の手には刃物が握られていました。
彼がずいっと私に近付くと、刃物が吸い込まれるように私の腹部へと刃を突き立てていました。
「え…嘘……」
叫ぶ事も、抵抗する事もできず、私の頭の中は真っ白でした。
熱くなる腹部を中心に赤く染まっていく服。
遅れて焼けるような痛みで息が止まってしまいました。
「あ、かはっ……」
床へと倒れ込むと同時に引き抜かれる刃物。
そこから零れるように溢れ出てくる血液……
あ、ああ……
私が死んだら、兄上は悲しんでくれるでしょうか……
また明日、と約束した彼女は血溜まりに倒れ伏す私を見たら、泣いてしまうでしょうか……
約束を守れなくて、ごめんなさい……
私は心の中で謝りながら、身体が冷たくなっていくのを感じていました。
いつの間にか意識を失っていた私は、気が付けば暗闇の中を一人で歩いていました。
何処に向かっているかも分からないのに、今進んでいる方向で間違いはない、と認識もしています。
ああ……きっと私は死んだのでしょう。
何もできず、他愛無い約束すら守れずに……
これ以上進みたくない。
進んでしまえば、本当に終わってしまうと理解できてしまう。
なのに、私の足は止まってくれません。
何も見えず何も聞こえない暗闇を歩き続ける私の胸中は、心細さと不安と後悔が渦巻いています。
「終わりたくない……死にたくない……!」
叫んでも何も変わらないと分かっていても、私は叫んでいました。
すると何処からか私を呼ぶ声が聞こえた気がしました。
その声は、とても焦っているようで、そして今にも泣き出してしまいそうな声でした。
私を呼ぶ声を聞いていると、私の胸がキュウっと締め付けられる気がします。
あの女の子の声です。
私は歩く事をやめない足は諦め上半身を捻り、声の聞こえてきた後方へと視線を向けます。
すると暗闇の中に淡く白く光る何かが見えました。
光は少しずつ私に近づいて来ます。
恐怖はありません。
むしろ温かいです。
近付くにつれ光は人の形を成していき、手を伸ばしているのが判ります。
私もその光に手を伸ばします。
やっぱり彼女です。
必死な顔で一生懸命に手を伸ばすのは、間違いなく約束を交わした彼女でした。
そして、その手と私の手が触れた瞬間、プツリと意識が途切れました。
次に私が目を覚ますと、なんと刺されてから五日も経っていました。
医師から聞いた話では、死んでいてもおかしくない程の出血をしていたそうですが、私が倒れているのを発見してくださった騎士が私の治療をしてくださったそうです。
その方の治療がなければ助からなかっただろう、とのことです。
私は横になりながら考える。
あの暗闇の中を歩いていたのは夢だったのでしょうか?
私は、そうは思えません。
あれはまるで死に向かって歩いているようでした。
死にゆく私が思い描いた死なのかもしれませんが、そうだとすると光る彼女は何だったのでしょう……
無意識に救いを求めてしまっていたのでしょうか?
考えていてもわかりませんね……
私が暗闇についての思考を放棄して一息ついた頃、私の部屋へと兄上が訪ねて来てくださいました。
「あ、兄上……」
久方ぶりに兄上と呼ぶ私の声は震えていました。
兄上は怒ってはいないのでしょうか?
私は失望されていないのでしょうか?
そんな不安に駆られていた私でしたが、兄上は優しく抱きしめてくださいました。
「イリアス……すまなかった……」
兄上が私に謝ってきました。
これは何に対しての謝罪なのでしょうか?
いつからか兄上が私を殺めようとしているのでは? と考えるようになっていました。
ですが今の兄上は震えています。
信じても……良いのでしょうか?
いくら考えても、答えは出せそうにありません。
ですので、私がしたいようにしましょう。
私も兄上を抱き返しました。
私は兄上を信じたい。
そうです。私が兄上を信じたいのです。
あの時、兄上が私を殺めようとしているのでは? と不安に押し潰されそうになっていた私を宥めてくれた彼女には感謝しかありません。
でなければ、ここまですんなりと決める事はできなかったでしょうから……
しばらくして兄上が私から離れると、兄上はこれからの事を話して下さいました。
まず兄上が最初にしたい事は、私が倒れているのを見つけてくれた騎士達と兄上と私で状況を確認したい、との事でした。
なんでも騎士から報告を受けたものの、どうにもはっきりとしない部分があるのだとか。
なので私の体調さえ良ければ明日にでも確認の為の話し合いをしたいのだそうです。
私としても兄上の使いをさせられていた、という彼女が今何をしているのか知りたかったので断る理由はありませんでした。
兄上は忙しい身の為、あまり話もできなかったので明日の話し合いで全てを詳らかにしたいと思います。
翌日、約束の時間より少し早くに兄上が私の部屋へとやって来ました。
「イリアス、体調は悪くないか?」
「はい。ずっと寝込んでいたので、早く体を動かしたいくらいです」
「そうか。だがイリアスは随分と痩せてしまったようだし、まずはしっかりと食べる事だ」
兄上に釘を刺されてしまいました。
まぁ、この一年は碌に食事を摂れませんでしたし、仕方がありませんね。
そんな話をしていると二人の騎士の方が通されました。
一人はラウザ・ローウェル様。
たしか騎士団の三番隊の隊長だったはずです。
そしてもう一人は騎士アルフリード・オーベル様。
なんでも、アルクーレの街に蔓延っていた魔薬の製造元を見つけ出し、その取り潰しにも貢献したのだとか……
そして王都に戻り、王都内の魔薬調査にも協力して下さっているそうです。
素晴らしいですね!
挨拶も終わり本題に入ろうとしたところ、兄上がオーベル様に謝罪をしました。
ですが、それは全て私が毒を盛られた事に起因しています。
「兄上だけの責任ではありません。私も毒を盛られている事にも気付けず、事態を悪化させてしまいました……」
ですので私も頭を下げます。
この程度で許される事ではありませんが、こうでもしなければ私の気がすまない、というのもありました。
しかし、あまり頭を下げているのもお二人にとっては居心地が悪いでしょうから、程々にして話を進めるとしましょう。
そうして状況確認が始まりました。
「ではオーベル、まず君から頼む。気になったところがあれば、その都度質問させて貰う」
「りょ、了解であります!」
兄上の言葉にオーベル様は緊張している様子でしたが、話していると時折悲しげな表情をしているのが気になりました。
オーベル様の話を聞く限りでは、協力者としてアルクーレからシラハという冒険者が王都へと、やって来たそうです。
そして、そのシラハという冒険者が来てから状況が動き出したようにも感じられました。
もしそうなら、その方を呼ばない訳にはいきませんね。
「そのシラハという方を、こちらに呼ぶ事は出来ないのですか?」
「それは……」
私の言葉にオーベル様が黙ってしまいました。
どうしたのでしょうか?
すると話を聞くだけだったローウェル様が口を開きました。
「イリアス姫。現在、そのシラハという冒険者は国内で手配書が回っております」
「まさか犯罪者だったのですか?!」
私は思わず大声を出してしまいました。
はしたなかったですわ……
「違います!」
犯罪者呼ばわりをオーベル様が即座に否定し、それをローウェル様に制されています。
何か事情があるのでしょうか……
「イリアス姫は、ゼブルス騎士団長が殺害された話を知っておいででしょうか?」
「そうなのですか?!」
そんな話聞いておりません!
兄上の方に視線を向けると申し訳なさそうにしていました。
恐らく私の体調を気にして伝えなかったのでしょう。
そして今それを話したという事はゼブルス騎士団長の死に、その冒険者が関わっているのでしょう。
「話を続けてください」
「そこは……アルフリード」
「はい。私とシラハは魔薬調査中にゼブルス騎士団長に呼び出されました。そこでゼブルス騎士団長が身分を偽っていた彼女に斬りつけました」
「たしかに身分詐称は犯罪ですが……そこでいきなり斬りつけるのはおかしいですね。それは逃げられないようにする為ですか?」
「いえ……団長は躊躇することなく彼女の右眼を刺し貫いていました」
「それは……」
私はその光景を想像してしまい思わず身を竦めてしまいました。
「アルフリード、それは間違いないのか? 俺はその後に、あの女と対峙したが怪我なんてしていなかったぞ? たしかに血塗れではあったが」
「間違いありません」
その右眼を貫かれた冒険者は、そのまま多くの騎士を相手取りながらも逃げおおせた、と言うのです。
とても信じられません。
しかしオーベル様が嘘を言っているようにも見えませんでした。
とりあえず解らない所は保留として、ローウェル様と兄上の話も聞いていきます。
そして、やはり不可解な部分が出てきました。
兄上の寝具に、いつの間にか穴を開け護衛兼監視をしているものに気付かれずに出入りしていた人物。
ローウェル様は部屋のどこにも姿が見えないのに気配を感じ、いつの間にか手紙だけが残されていた。
それらは時期から考えても同一人物だと解ります。
そして私には、それを行える人物に心当たりがありました。
そう……また明日、と言って別れた彼女です。
//////////////////////////////////////////////////////
後書き
狐鈴「王様達もシラハがヤベー奴だって薄々は勘付いているみたいだね」
シラハ「あわわ……」
狐鈴「慌てる必要ないでしょ? 今は国外なんだし」
シラハ「私が姫様にチューしたのがバレちゃうかも……」
狐鈴「ああ、シラハが百合百合に目覚めちゃうきっかけになった、あの……」
シラハ「違うから! 何も目覚めてないから!」
朝になり目を覚ます。
清々しい朝なのに私の足に着けられた足枷を見ると、本当に気が重くなります。
でも今は違う。
毎夜、私の様子を見に来てくれる白髪の女の子。
彼女は私に名前を教えてはくれませんが、ベッドの上で彼女と語らうのが私の楽しみになりました。
彼女は時間を気にしているのか、話をしている時に窓越しにちらりと夜空を見上げます。
その時の月の光で鮮明になった彼女の瞳が、まるで宝石のように紅くて吸い込まれてしまいそうになります。
彼女は、そんな私に気付き少し恥ずかしそうに照れるのですが、その表情に私の方が参ってしまいそうです。
本当に、あの子は可愛いんですよ! っと、朝から興奮し過ぎましたね……
ふぅ……深呼吸をして落ち着きを取り戻したところで、部屋の扉がノックされた。
この時間に来るのは彼しかいない。
いつも食事を運んで来てくれるのですが、彼の私を見る目つきが怖くて私は必要以上に言葉を交わしてはいません。
私が許可すると、彼が食事を持って部屋へと入ってきました。
彼は食事を置くと私の方へと視線を向けてきました。
どうしたのでしょう? 普段は私の方を見ようともしないのに……
「イ、イリアス姫……」
「なんでしょうか?」
彼が話しかけてきました。
珍しい事もあるのですね。
「イリアス姫はマックレー伯爵と婚姻を結ばなければならない、としたらどうなさいますか?」
「マックレー伯爵……ですか?」
マックレー伯爵と婚姻?
そんな話が出ているのですか?
マックレー伯爵の事は存じていますが、以前お会いした時は趣味の悪い装飾品で身を固めていて、私としては成金な小物といった印象でしたね。
マックレー伯爵との婚姻が我がブランタ王国の利益に繋がるのなら、私としては断るつもりはありませんが……
チラリと彼を見ると、なにやらとても思い詰めた表情をしていました。
彼は、マックレー伯爵と私の婚姻について反対なのでしょう。
私としてもマックレー伯爵との婚姻が王国の為になるとは思えないのですが、一年もこの部屋に篭っているので情勢が変わっている可能性もあるので完全に否定できないのが辛いところです……
「やはり、イリアス姫もマックレー伯爵と一緒になるのは、お辛いですよね……」
「え……?」
私が考えを巡らせている間に、彼も何かの結論に至ったようでした。
彼が何を言っているのか理解できず、私は反応が遅れてしまいました。
彼の手には刃物が握られていました。
彼がずいっと私に近付くと、刃物が吸い込まれるように私の腹部へと刃を突き立てていました。
「え…嘘……」
叫ぶ事も、抵抗する事もできず、私の頭の中は真っ白でした。
熱くなる腹部を中心に赤く染まっていく服。
遅れて焼けるような痛みで息が止まってしまいました。
「あ、かはっ……」
床へと倒れ込むと同時に引き抜かれる刃物。
そこから零れるように溢れ出てくる血液……
あ、ああ……
私が死んだら、兄上は悲しんでくれるでしょうか……
また明日、と約束した彼女は血溜まりに倒れ伏す私を見たら、泣いてしまうでしょうか……
約束を守れなくて、ごめんなさい……
私は心の中で謝りながら、身体が冷たくなっていくのを感じていました。
いつの間にか意識を失っていた私は、気が付けば暗闇の中を一人で歩いていました。
何処に向かっているかも分からないのに、今進んでいる方向で間違いはない、と認識もしています。
ああ……きっと私は死んだのでしょう。
何もできず、他愛無い約束すら守れずに……
これ以上進みたくない。
進んでしまえば、本当に終わってしまうと理解できてしまう。
なのに、私の足は止まってくれません。
何も見えず何も聞こえない暗闇を歩き続ける私の胸中は、心細さと不安と後悔が渦巻いています。
「終わりたくない……死にたくない……!」
叫んでも何も変わらないと分かっていても、私は叫んでいました。
すると何処からか私を呼ぶ声が聞こえた気がしました。
その声は、とても焦っているようで、そして今にも泣き出してしまいそうな声でした。
私を呼ぶ声を聞いていると、私の胸がキュウっと締め付けられる気がします。
あの女の子の声です。
私は歩く事をやめない足は諦め上半身を捻り、声の聞こえてきた後方へと視線を向けます。
すると暗闇の中に淡く白く光る何かが見えました。
光は少しずつ私に近づいて来ます。
恐怖はありません。
むしろ温かいです。
近付くにつれ光は人の形を成していき、手を伸ばしているのが判ります。
私もその光に手を伸ばします。
やっぱり彼女です。
必死な顔で一生懸命に手を伸ばすのは、間違いなく約束を交わした彼女でした。
そして、その手と私の手が触れた瞬間、プツリと意識が途切れました。
次に私が目を覚ますと、なんと刺されてから五日も経っていました。
医師から聞いた話では、死んでいてもおかしくない程の出血をしていたそうですが、私が倒れているのを発見してくださった騎士が私の治療をしてくださったそうです。
その方の治療がなければ助からなかっただろう、とのことです。
私は横になりながら考える。
あの暗闇の中を歩いていたのは夢だったのでしょうか?
私は、そうは思えません。
あれはまるで死に向かって歩いているようでした。
死にゆく私が思い描いた死なのかもしれませんが、そうだとすると光る彼女は何だったのでしょう……
無意識に救いを求めてしまっていたのでしょうか?
考えていてもわかりませんね……
私が暗闇についての思考を放棄して一息ついた頃、私の部屋へと兄上が訪ねて来てくださいました。
「あ、兄上……」
久方ぶりに兄上と呼ぶ私の声は震えていました。
兄上は怒ってはいないのでしょうか?
私は失望されていないのでしょうか?
そんな不安に駆られていた私でしたが、兄上は優しく抱きしめてくださいました。
「イリアス……すまなかった……」
兄上が私に謝ってきました。
これは何に対しての謝罪なのでしょうか?
いつからか兄上が私を殺めようとしているのでは? と考えるようになっていました。
ですが今の兄上は震えています。
信じても……良いのでしょうか?
いくら考えても、答えは出せそうにありません。
ですので、私がしたいようにしましょう。
私も兄上を抱き返しました。
私は兄上を信じたい。
そうです。私が兄上を信じたいのです。
あの時、兄上が私を殺めようとしているのでは? と不安に押し潰されそうになっていた私を宥めてくれた彼女には感謝しかありません。
でなければ、ここまですんなりと決める事はできなかったでしょうから……
しばらくして兄上が私から離れると、兄上はこれからの事を話して下さいました。
まず兄上が最初にしたい事は、私が倒れているのを見つけてくれた騎士達と兄上と私で状況を確認したい、との事でした。
なんでも騎士から報告を受けたものの、どうにもはっきりとしない部分があるのだとか。
なので私の体調さえ良ければ明日にでも確認の為の話し合いをしたいのだそうです。
私としても兄上の使いをさせられていた、という彼女が今何をしているのか知りたかったので断る理由はありませんでした。
兄上は忙しい身の為、あまり話もできなかったので明日の話し合いで全てを詳らかにしたいと思います。
翌日、約束の時間より少し早くに兄上が私の部屋へとやって来ました。
「イリアス、体調は悪くないか?」
「はい。ずっと寝込んでいたので、早く体を動かしたいくらいです」
「そうか。だがイリアスは随分と痩せてしまったようだし、まずはしっかりと食べる事だ」
兄上に釘を刺されてしまいました。
まぁ、この一年は碌に食事を摂れませんでしたし、仕方がありませんね。
そんな話をしていると二人の騎士の方が通されました。
一人はラウザ・ローウェル様。
たしか騎士団の三番隊の隊長だったはずです。
そしてもう一人は騎士アルフリード・オーベル様。
なんでも、アルクーレの街に蔓延っていた魔薬の製造元を見つけ出し、その取り潰しにも貢献したのだとか……
そして王都に戻り、王都内の魔薬調査にも協力して下さっているそうです。
素晴らしいですね!
挨拶も終わり本題に入ろうとしたところ、兄上がオーベル様に謝罪をしました。
ですが、それは全て私が毒を盛られた事に起因しています。
「兄上だけの責任ではありません。私も毒を盛られている事にも気付けず、事態を悪化させてしまいました……」
ですので私も頭を下げます。
この程度で許される事ではありませんが、こうでもしなければ私の気がすまない、というのもありました。
しかし、あまり頭を下げているのもお二人にとっては居心地が悪いでしょうから、程々にして話を進めるとしましょう。
そうして状況確認が始まりました。
「ではオーベル、まず君から頼む。気になったところがあれば、その都度質問させて貰う」
「りょ、了解であります!」
兄上の言葉にオーベル様は緊張している様子でしたが、話していると時折悲しげな表情をしているのが気になりました。
オーベル様の話を聞く限りでは、協力者としてアルクーレからシラハという冒険者が王都へと、やって来たそうです。
そして、そのシラハという冒険者が来てから状況が動き出したようにも感じられました。
もしそうなら、その方を呼ばない訳にはいきませんね。
「そのシラハという方を、こちらに呼ぶ事は出来ないのですか?」
「それは……」
私の言葉にオーベル様が黙ってしまいました。
どうしたのでしょうか?
すると話を聞くだけだったローウェル様が口を開きました。
「イリアス姫。現在、そのシラハという冒険者は国内で手配書が回っております」
「まさか犯罪者だったのですか?!」
私は思わず大声を出してしまいました。
はしたなかったですわ……
「違います!」
犯罪者呼ばわりをオーベル様が即座に否定し、それをローウェル様に制されています。
何か事情があるのでしょうか……
「イリアス姫は、ゼブルス騎士団長が殺害された話を知っておいででしょうか?」
「そうなのですか?!」
そんな話聞いておりません!
兄上の方に視線を向けると申し訳なさそうにしていました。
恐らく私の体調を気にして伝えなかったのでしょう。
そして今それを話したという事はゼブルス騎士団長の死に、その冒険者が関わっているのでしょう。
「話を続けてください」
「そこは……アルフリード」
「はい。私とシラハは魔薬調査中にゼブルス騎士団長に呼び出されました。そこでゼブルス騎士団長が身分を偽っていた彼女に斬りつけました」
「たしかに身分詐称は犯罪ですが……そこでいきなり斬りつけるのはおかしいですね。それは逃げられないようにする為ですか?」
「いえ……団長は躊躇することなく彼女の右眼を刺し貫いていました」
「それは……」
私はその光景を想像してしまい思わず身を竦めてしまいました。
「アルフリード、それは間違いないのか? 俺はその後に、あの女と対峙したが怪我なんてしていなかったぞ? たしかに血塗れではあったが」
「間違いありません」
その右眼を貫かれた冒険者は、そのまま多くの騎士を相手取りながらも逃げおおせた、と言うのです。
とても信じられません。
しかしオーベル様が嘘を言っているようにも見えませんでした。
とりあえず解らない所は保留として、ローウェル様と兄上の話も聞いていきます。
そして、やはり不可解な部分が出てきました。
兄上の寝具に、いつの間にか穴を開け護衛兼監視をしているものに気付かれずに出入りしていた人物。
ローウェル様は部屋のどこにも姿が見えないのに気配を感じ、いつの間にか手紙だけが残されていた。
それらは時期から考えても同一人物だと解ります。
そして私には、それを行える人物に心当たりがありました。
そう……また明日、と言って別れた彼女です。
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後書き
狐鈴「王様達もシラハがヤベー奴だって薄々は勘付いているみたいだね」
シラハ「あわわ……」
狐鈴「慌てる必要ないでしょ? 今は国外なんだし」
シラハ「私が姫様にチューしたのがバレちゃうかも……」
狐鈴「ああ、シラハが百合百合に目覚めちゃうきっかけになった、あの……」
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