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32.遭遇とカズサの揺らぎ

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 ツネヒコが浮き輪を小脇に抱え、二人は波が来るプールに向かっていた。
 着いたときよりもお客さんも増え、足並みはゆっくりになる。

「あー!やっぱツネヒコくんやん!」
 ふいに前方から呼ばれ、明るい茶髪で黒ビキニの派手な女子が近付いてくる。
「久しぶりやね。こっち帰ってたんやったら連絡くれたら良かったのに」
 二人の様子を見て、何人かの男女が集まってきた。
「おお、ツネヒコ、久しぶりやな。さっきお前らしいヤツを見掛けたって話してたとこやねん。仲間内で遊びに来てんねんけど、一緒にどうや?」
「そおそお。久しぶりに遊ぼうよ」
 関西弁のすごい勢いに、カズサはツネヒコの後ろに隠れていたが、何も言わないツネヒコをそっと見上げて顔色を伺った。
 その顔はにっこりと笑顔が張り付いていたが、それは昔からツネヒコが静かな怒りを隠す外面だ。

「つーか、連れがおんのんか?」
 一人の男子がツネヒコの後ろを覗こうとする。
「やめろっ、見るな!何か減る!!」
 ツネヒコは、片腕を回してカズサを自分の背に隠す。
「減る・・・・・・って」
 小さな声でツッコミが聞こえる。
「うそっ!まさか彼女さん?」
 ぐいぐいくるツネヒコの友人達に、二人はすっかり囲まれてしまった。
「あー、もう、折角俺の許嫁者とデートしてんねんから、邪魔せんといてえや」
「「「「許嫁者!?」」」」
 全員の声がはもった。
「せや、ずっと言うとったやろ。俺には許嫁者がおるって」
 ツネヒコは嘆息しながら言った。
「ウソ、そんなん告白を断るための口実やと思っとった・・・・・・」
 女子達が呆然とする。
「せやから、私諦めへんかったのに」
 ぼそっと呟く声が近くで聞こえた。
「ほんまに実在したんか!」
「カズサ、うるさいヤツらでごめんな。一応中学ん時の同級生やねん」
 ツネヒコはカズサの方へ振り向いて説明する。
 カズサはおずおずとツネヒコの後ろから出てくる。

「初めまして。神崎和沙です」
 ややこしくなりそうなので、許嫁者であることを否定も肯定もしない。
 同級生達は、上から下までしっかりとカズサを凝視している。カズサはまるで品定めをされているようで、いたたまれない気持ちになった。
 先程呟いた女子からはキツめの視線を送られる。
 女子からこんな視線を送られるのは初めてで、カズサはどうしていいか戸惑って、つい女子達を見つめ返してしまう。

 女子達はきれいに髪型を整えて花の飾りなどを思い思いにつけ、ばっちりメイクをして自分の体型を一番魅力的に見せる水着を着ていた。
 対してカズサといえば、何とか無難な水着を選び、髪はそのままメイクもどうせ濡れるからと適当。
 今まで全く気にしていなかったが、目の前で女子力の差を見せつけられた。
 女子力の高さで言えばイズミもそうだが、本物の女子の本気の艶やかさとは違う。
 カズサを睨む目は、女子というより既に女の目だ。少しずつメイクも覚え、女子の格好をして水着まで着てみたものの、彼女達とは違う付け焼刃では同じ土俵には到底立てないんだと、打ちのめされた。

「挨拶も済んだし、もうええやろ」
 ツネヒコはカズサの腰に手を回し、ぐっと自分に引き寄せた。
「カズサ、行こ」
 カズサには優しく微笑みかけ、前に進む事を促す。
「う、うん。いいの?久しぶりなのに?」
「ええねん。久しぶりゆうても、まだ卒業して半年も経ってへんしな」
 そんなもの?とカズサは思ってツネヒコを見上げたが、抱き寄せられながらツネヒコを上目遣いで見つめる様子に、女子達は奥歯を噛み締める。
「ツネヒコくん、まだしばらく関西におんの?」
 一人の女子が声を掛ける。
「ん?ああ、たぶん」
「ほな、今日じゃなくてもまた遊ぼうよ。私、一緒に行きたいとこあんねんけど」
 ツネヒコの、カズサと反対側に近付いてまるで自分の胸を押し付けるようにしながら誘う。
「ああ、ごめん。俺の予定、全部詰まってんねん。カズサのために。ほなな」
 ツネヒコは女子を軽く引き剥がし、皆に手を振って今度こそ歩き出す。
 カズサは会釈して歩き出すが、ツネヒコに腰を抱かれているため振り返ることは出来なかった。
「ごめんな。嫌な思いさせて。あいつら裏表の無いええヤツらなんやけど、その分オブラートに包むことを知らんからな」

 ツネヒコの中学は黎明学園と同じ中高一貫校で富裕層が集まっていたが、名家から中小企業、下町のワンマン社長の子息令嬢まで集まっていたので、なかなか個性の強い生徒が通っている。
「でも、ツネヒコは皆から好かれているんだな。友達が多いのは、いいと思う」
 カズサは素直な感想を述べた。
 しかし、心を占めるのは先程の女子達の豊満な姿態だ。
 今ツネヒコは自分といることを優先したが、大多数の男性達は先程の女子達の方が好ましく思うだろう。
 ハルキも、そうなのかな?ふと先日の会話が思い浮かんだ。
 あの時、ハルキは好きな外見のタイプは言っていなかった。イズミみたいな可愛い系ではないとしたら・・・・・・やっぱりセクシー系?等、一度考えてしまうと心にもやもやとした嫌な感情が流れてくる。

「カズサ?どうしたんや?」
 心ここにあらずといった様子のカズサを心配してツネヒコが覗き込む。
「えっ、やっ、あの・・・・・・」
「んん?なんや、やっぱあいつらシメてきたろか?不躾な視線送りやがって」
 ツネヒコの眉間に盛大な皺が寄り、こめかみがぴくぴくしている。
 踵を返して怒鳴り込みそうなツネヒコをカズサは必死で止めた。
「ちがうからっ!大丈夫だから!!」
「何がやっ!ほなどうしたんか言うてみ。せやないと、俺は納得出来ん!」
「あのね・・・・・・」
 カズサは諦めて嘆息すると、ツネヒコを正面に見据えた。
「さっきの同級生の女の子達、みんなきれいにしてお洒落してたでしょ。その、スタイルも良かったし」
 カズサは言いにくそうに話し出した。
「何か、男の人って、やっぱりああいう女の子が好きなんだろうな~とか、さ、色々考えちゃって・・・・・・」
 恥ずかしそうに視線を逸らし、顔を赤くするカズサにツネヒコの怒りはどこかにいってしまった。
「なんや・・・・・・。それは、ヤキモチか?」
 思わずツネヒコの顔がにやける。
「へっ?」
 カズサは初めて自分に掛けられる言葉に驚く。

 『ヤキモチ』、誰が、誰に?

「そうかぁ、カズサ、俺にヤキモチ焼いてくれたんか」
「やっ、そんな、ちがっ・・・・・・」
 カズサは否定するが、ふと思う。先程のもやもやとした嫌な感情、あれがヤキモチならば焼いた相手は・・・・・・・。
 ここにはいない人物を思い至って、カズサの顔は沸騰しそうなほど真っ赤になった。
 カズサの想像の中で、豊満な女子に胸を押し付けられていたのはツネヒコではなく、ハルキだった。
「そうか、そうか。カズサがヤキモチか」
 カズサの頭の中など分からないツネヒコは上機嫌だ。

 結局勘違いしたまま二人は波が来るプールに行き、一通り遊んだ後に井川と合流した。
 その後着替えのために更衣室へ向かった。
 丸一日プールで過ごしても良かったのだが、初めてのプールでカズサは想像以上に体力を削られていた。
 そもそも運動をする機会もあまり与えられずに来たのだから、元々の体力も少ないのだ。
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