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33.ツネヒコの想い

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 更衣室に入り、カズサは水着から着てきた洋服に着替える。
 今日は着替えやすいようにミモレ丈のワンピースだ。
 そしてロッカーに入れっぱなしになっていたスマホを確認する。
「あれ?着信3件とメッセージ2件、ハルキ!?」
 余程の用事なのかと慌てつつ、メッセージを確認する。

“さっきイズミちゃんから聞いた。川木田の家にいるんだろ?大丈夫か?都合のいい時に連絡くれ。”

「えっ!?」
 ついでにもう一通のメッセージも確認する。イズミからだ。

“例のカフェでハルキさんに会ってきました。多分姉上の正体はばれていると思われます。何か私に聞きたそうでしたので、川木田家に滞在していることを告げて誤魔化してきました。”

「はっ!?」
 情報量の多さに、ビックリする。
 しかも、結構大事なことがさらっと書かれていて、軽くパニックになる。
 とりあえず、イズミは帰って電話・・・・・・ハルキもか。

“何も言ってなくてごめん。大丈夫。また連絡する。”
 ハルキに簡潔にメッセージを送った。
 ハルキには何を、何から話そう?イズミがばれているというなら、本当にばれているのだろう。
 悶々とした気持ちを抱えつつ、ツネヒコまで絡むとややこしさに拍車が掛かるので、頭を切り替えてまずは着替えてここを出ることに専念する。

「ごめん、待った?」
 足早に更衣室を出てツネヒコとの待ち合わせ場所に行く。
「いんや。可愛いカズサのためやったら、待つのも楽しい時間やわ」
 先程の一件が余韻を残しているのか、ツネヒコは相変わらず上機嫌である。
 その後、井川が二人分の荷物を車へ運び、ツネヒコとカズサは施設内のレストランで遅めの昼食を摂った。
 カズサは頭の片隅にずっとハルキのことを考えているが、それを悟られないようにツネヒコと過ごした。
 幸いツネヒコも浮かれ気分で、カズサの微妙な変化には気付かなかった。

 お腹がいっぱいになり、帰りの車に揺られているとプールで体力を削られたカズサは早々に眠ってしまった。
 その眠りは深く、隣に座るツネヒコの肩にもたれかかり無防備な寝顔を晒していた。
 ツネヒコは優しくカズサの寝顔をいつまでも見つめ、カズサがもうすぐ完全に自分のものになると確信を強める。

 この夏休みで関西の、川木田家を取り巻く環境をカズサに知ってもらい、あわよくばこのまま関西に残ってもらうつもりだった。そして、結婚が許される年齢になったら学生の内でもすぐに籍を入れたいとそこまで考えていた。
 一応ツネヒコも高校卒業までに他に結婚したい人が見つかれば婚約解消という約束を知っているが、ツネヒコから婚約を解消するという選択肢は全く無かった。
 カズサも無いのだろうと、昨年までは高をくくっていた。そう、門倉晴輝に会うまでは。
 そもそも関東の学校に転入したのも、留学が白紙になったくせに関西の学校への転入を拒んだカズサの様子を見に行き、関西に連れて帰るためだ。
 黎明学園でカズサとずっと一緒にいるハルキが、カズサのことを友達以上の目でみているのはすぐに分かった。
 幸いカズサは何も気付かずまだ友達と思っているようだったが。
 ただ、カズサが本来の姿に戻れるということを捨ててでも、黎明学園に通い続ける理由の中に無意識にハルキが含まれているような気がして、ツネヒコは言いようのない危機感を覚えた。
 それでこの夏休みに少し強引ではあったが、当初の予定通りカズサを関西に連れてきて、物理的にハルキからカズサを引き離した。

「お前は俺のもんや。ずっとずっと昔からっ……」

 カズサの寝顔を見ながら、初めてカズサに会った幼い時を思い浮かべる。
 最初は可愛い顔をした男の子だと思った。明るく素直で、ちょっと喋り方が周りの子達と違ったがその優しい発音すら可愛くて、こそばゆい気持ちになった。後になって、この気持ちが愛おしいということ、これが初恋だったことに気がついた。
 カズサは年に数回遊びに来た。逆にツネヒコがカズサの家に行くこともあった。
 その内に父からカズサのことを気に入ったか聞かれた。もちろん一緒に遊ぶのは誰よりも楽しかったし、二つ返事で即答した。
 その時に、カズサが女の子であること、実は許嫁者であることを聞いた。
 それを知った時ツネヒコの心は喜びに満ち、自分ほど幸せな者はこの世にいないと感じた。
 この幸せを今更誰かに奪われてなるものかと、カズサの寝顔を見ながらかたく誓うのだった。
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