異世界堕落生活

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第一章 未知の世界と賑わう大都市

第一話:金のために異世界へ

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 それにしてもこの世界はつまらない。

 どこもかしこも西洋化してしまった。
 ちょっと航空写真を見たくらいじゃ、そこが東京か、バンコクか、ニューヨークか、ベルリンか、ブエノスアイレスか、わからないくらいに似通っている。
 よく見れば、違いがあるにはある。
 しかし、それはセ・リーグとパ・リーグの違いぐらいでしかない。
 野球とボクシングくらいの本質的な違いなんて、もう地球の国々にはないのだ。
 もしも……もしもの話。
 コロンブスやマゼランのような男が現代にいて、

「共に旅立つ仲間を募集している。生きて帰れる保証はないけれど」

 なんて告知をしていたら、迷わず応募するだろう。
 彼らのような男と一緒なら、たとえどのような地獄の旅になろうが、後悔しないはずだ。
 でも、たとえ彼らが現代にいたとしても、そんな募集はありえない。

 だって、もはや新大陸など残されていないのだから……。



 久し振りに、沢木巧がうちにやってきた。
 相変わらず、飽きもせず、高そうな(実際に高い)オーダーメイドのスーツに身を包んでいる。

「最近はどうだ?」

 ざっくりとした質問だ。
 どういう答えが欲しいが察しづらい。

「忙しく働いてるよ」
「どんな仕事をしてる?」
「害虫の駆除から浮気調査、借金の取立て、ソープのポン引き、外国語の家庭教師まで」
「稼いでるか?」
「まぁまぁ。とりあえず、三百万の貯金を目指してる。貯まったら、また出かけてくる」
「今度はどこに行く?」
「東南アジアかアフリカか、それとも南米の太平洋側か。物価の安いところへ行って、金で一緒にいてくれる現地の女を探して、だらだらとした生活を送るつもりだよ」
「沈没生活ってやつか、ちょっと憧れる」
「沢木もやってみろよ。問答無用に時間のムダだ。でも、有意義に生きる必要なんてないって思えるようになる」
「僕には仕事があるんでね。お前のと違って、僕にしかできない大きな仕事が」

 沢木は、定職に就いていない俺と百八十度違って、会社を経営している。親父は財閥のトップで、奴はその後を継ぐため、今からグループの中枢企業の社長を任され経験を積んでいる。
 まぁ、生まれながらの勝者と言ったところだ。

「知ってるか? ジョブスが死んでもアップルはやってけてるんだぜ。お前なんかいなくても、会社は大丈夫だよ」
「たぶんそうだろう。だけど、自分で回したい」
「そうか」
「お前さ、いつまで無為な生活を送るつもりだ?」
「なんだ、説教でもしにきたのか?」
「そういうわけじゃないが……定職に就かずに生きるなんて、いつまでもできることじゃない。今は若いからいいが、十年後、二十年後、三十年後はどうなる? いくら複数の外国語が堪能だからって、年食って定職に就いてない奴なんて誰も使わないよ。信用がないもの」
「…………」

 やっぱり説教じゃないか。

「だが、俺にスーツを着てサラリーマンをやれってのはムリだ。たとえできたとしても、絶対にやりたくない」
「それはわかる。お前は協調性の欠片もないからね。とても自分勝手で、言ってしまえば大きな子供だ」
「ふんっ、ほっとけ」
「友達だから言ってるんだぞ。いいか、お前みたいな奴を使ってやれるのは、僕くらいのもんだ」
「ヘッドハンティングってわけか?」
「そうだよ、ヘッドハンティングだ」
「一応聞いてやろう、どんな仕事だ?」
「とある国へ行ってもらいたい。で、そこで生活をしてもらいたい」
「へぇ?」
「日本とまったく交流のない国へ行くんだ。そこで生活し、現地の人々と交流を持ってもらいたいんだ」
「なんで?」
「いずれ自由に行き来できるようになったときのために、その国のことを知っておく必要がある」
「……そこの国で商品を売ってこい、ってんじゃないんだな?」
「ただ生活すればいい」
「ダラダラしててもいいのか?」
「いい」
「そりゃ魅力的だ。それで、どんな国なんだ?」
「わからない。だって交流がないから」
「まったくわからないのか?」
「本当に、まったくわからない。それを調べて欲しい。どんな人間がどれくらい住んでいて、どんな言葉を話し、どんな宗教を信じているか、治安は、政治体制は、隣国との関係性は、自然は、年間の気候は……」
「そんなことさえわからないのか」
「だからまったくわからない、って言ってるだろ」
「それを知るってのは、おもしろそうだな。でも、そこまでわからない国って、本当に地球にあるのか?」
「鋭い」
「ん?」
「実は、そこは地球じゃないんだ」
「え?」
「いわゆる異世界ってやつだよ」
「…………なんだと?」
「地球のどことも似ていないところへ突如行ってしまった、という内容の伝説が、数は少ないが世界の各地にあるんだ。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニア、南北アメリカ、世界中どこにでもある。場所も時代も違うのに、中身は似ている。僕はそれは、ただの伝説ではなく、ひょっとして、事実を元にした伝承ではないかと思ってる」
「つまり、異世界に行って、帰ってきた人の残した話だってことか?」
「そう」
「バカバカしい」
「と思うだろ? だが、どうも実際にありそうなんだ。詳しく調べた結果、どうやらこちらから向こうに行くことは、あるていどコントロールできそうだと判断した」
「へぇ……って、今の言い方だと片道だけか?」
「そう。戻ってくる方法は、今のところわからない」
「まるでいつかは見つかるみたいな言い方だな」
「帰ってきた人がいるんだから、方法がないわけじゃないはずだ。向こうで探せば見つかるかもしれないし、こっちで見つかるかもしれない」
「見つかってから行ったんじゃダメなのか?」
「それでは機を逸する」
「機?」
「僕の他にも、異世界との貿易で儲けようとして調査をしている奴がいるかもしれない。そいつに先に発見されたら、一番おいしいところを逃す。でも、お前がすでに向こうにいて、なじんでいたらどうだ? 僕のライバルの悪評を流し、邪魔することだってできるだろ」
「異世界と商売しようなんて奴が、他にいるか?」
「世の中には、自分しか知らないことなんてそうそうない。僕以外にも、異世界に関心を持っている人間はいると考えるべきだ。そいつらに先行するためには、今のうちに動いておくのがベストだ」
「でも、帰る方法が見つからなきゃ、空振りになるぞ」
「それでも別にいい。帰る方法が見つからないリスクと、将来のライバルを潰せるリターンを天秤にかければ、これは得な賭けだよ」
「チップは俺だけどな」
「お前はお前で、悪い話じゃないと思うよ。あらゆる危険はあるだろうが、誰も知らない異世界を旅できるんだ。うまく帰還方法がわかれば、お前は最初に異世界にたどり着いた人物になる。つまり、コロンブスに並ぶ偉人ってわけだ」

 コロンブス……。
 もしも現代の地球にいれば……と何度思ったことだろう。もしいたのなら、一緒に未知の世界を目指して冒険をしたい。
 俺が、そのコロンブスになるってわけか。
 悪くない。

「その話、乗った」

 数週間後、俺は異世界に旅立った。
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