異世界堕落生活

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第一章 未知の世界と賑わう大都市

第二話:遭遇! 異世界人

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 目を開けると、太陽があった。
 つまり、俺は仰向けに寝ていたわけだ。
 沢木が、

「起きていたら異世界には行けない」

 と言って、睡眠薬を俺に渡し、それを飲んだところまでは覚えている。
 どうやら、寝ている間に、なんらかの方法で異世界に送られたようだ。
 ここが異世界であることは間違いない。沢木家の庭園などでは、決してない。
 俺の背丈くらいの高い草が生い茂っていて、視界がとにかく悪い。遠くには、十メートル以上の高い木が何本も生えている。
 いかに広大な沢木家の庭園だとしても、これほどまでに広くはない。
 それにしても、暑い!
 三十五度、いやもっとか。
 湿度も高い。
 果物がすえたような酸っぱい香りがどこかからしてくる。まるで東南アジアのようだ。
 だが、ここは東南アジアでもない。
 太陽が二つあるからだ。大きな太陽と、小さな太陽が、雲一つない青空で輝いている。
 二つの太陽は、十度ほどの角度差をつけて並んでいる。
 どうやら、大きな方が先を進み、小さな方が追走しているらしい。
 太陽の一件だけで、ここが地球ではないことは明らかだ。
 太陽系ですらない。
 ここがどういう場所なのかを今すぐもっと知りたいが、それよりも先にすることがある。
 服を探すことだ。
 なぜか、俺は全裸になっていた。パンツさえ履いちゃいない。
 門をくぐったときは服を着ていたのに。
 たくさん持ってきた荷物も、全部どこかに行ってしまった。
 それらを探さすのが、すべてに優先される。
 最初に寝ていた地点の周囲を探し、パンツを発見。
 シャツや靴もすぐに見つかった。
 さらに探すと、リュックサックが見つかり、水や缶詰なども見つかった。
 もしかしたら、世界の壁を超えると、持ち物がすべてパージされるシステムなのではないだろうか?
 服は体から引っペがされ、リュックに入っている荷物も外に放り出される。缶詰の容器と中身が分離しないのは不思議だが、それを言ったら俺の骨と皮と肉が分離されないのも不思議になる。
 ……気持ちわるいので、このことについてこれ以上考えるのはやめよう。
 その後も視界が悪い中を地道に探し、次々に荷物を発見できた。その中には、拳銃や手榴弾も含まれている。
 これらは沢木が用意したものだ。入手経路は不明。
 世の中には、知らない方がいいこともある。
 こっちに来る前に射撃訓練はしてきたし、整備の仕方も学んだ。
 手榴弾も使い方だってバッチリだ。
 補給ができないから頼りすぎることはできないが、どんな蛮族が潜んでいるかわからない土地では、これほど頼りになる物もない。
 まだ見つけていない物もすべて集めようとがんばっていると、草むらからなにかが出てきた。
 それは、まるで人間のような姿をしていた――。


 その人間のような姿をした奴の体長は、百六十センチくらいか。
 目が二つあり、鼻がひとつ、口がひとつ。耳は頭の横についている。
 手の指の数は五本。足の指の数はわからない。なぜなら、靴を履いていたからだ。粗末だが服も着ており、全裸ではない。
 人間にそっくりどころではない。
 人間そのものだ!
 異世界人だ!
 いやいや、こっちでは、異世界人は俺だ。相手のことは、現地人と呼ぶべきだろう。
 現地人は、どうやら男であるらしい。
 彼は、黒に近い褐色の肌をしていた。二つの太陽に焼かれ、日焼けしているためだろう。
 それくらいならたいしたことではない。
 褐色の肌なんて、地球にもいくらでもある。珍しくもなんともない。
 しかし、髪と目の色には、驚かざるをえなかった。
 彼の髪はピンク色で、目は真っ白だったのだ。
 地球では、アニメでもなければまず見られない色だ。
 俺が彼に驚いているのと同じように、彼も俺に驚いているようだった。
 ひょっとしたら、黒目黒髪が珍しいのかもしれない。

「――――」

 現地人がなにかを言った。
 俺は社会不適合者と言われ、実際に学校では散々な評価をされてきたが、ただ一点、語学にだけは誰にも負けない自信がある。
 日本語、英語、スペイン語、ロシア語、中国語、ヒンディー語、アラビア語、ドイツ語、イタリア語、フランス語、ノルウェー語、タイ語、ミャンマー語、ラオス語、マレー語、トルコ語、その他いくつかの言語を話せる。
 この分野に関してのみ、天才を自負している。
 その天才を持ってしても、彼の言葉は聞き取ることさえできなかった。

「――――」

 これも聞き取れない。
 俺の知る地球のどの言語とも、あまりに発音が違いすぎる。

「わからん、なにを言ってる?」

 と、俺は日本語で言った。
 もちろん、日本語が通じるはずはない。
 しかし、コミュニケーションはしようとすることが大事なのだ。
 わからない言葉同士でも、通じることはある。まだろくにしゃべらない小さい子供同士であっても、友情は生まれる。
 コミュニケーションにおいて言葉とは、あくまでも補助手段に過ぎない。
 俺は、彼とどうしてもコミュニケーションを取らねばならなかった。
 それも早急に。
 なぜなら、彼が、俺のリュックを持っていたからだ。

「それ、返して、くれないか」

 言葉とジェスチャーでお願いする。

「ダメ、これ、おれ、拾った。おれのもの」

 というようなジェスチャーが返ってきた。
 コミュニケーション成功。
 いや、失敗!
 意思の疎通が目的じゃない。返してもらって、ようやく成功なのだ。

「返してくれ」
「ダメ」
「返せったら!」

 焦れったいジェスチャーに我慢できなくなり、思わず怒鳴ってしまった。
 すると、現地人がもう一人現れた。
 髪は青緑色、瞳はピンク。それ以外は、一人目と対して変わらない。
 背は低く、ボロボロの服を着ている褐色の男だ。
 新しい現地人も、俺の荷物を持っていた。どうやら、珍しい物が落ちてるから拾った。
 価値がありそうだから、誰にも渡すもんか、って腹らしい。
 相手が増えたからなんだってんだ。それは俺の物だ!

「返せ!」

 二人相手にさらに怒鳴ると、彼ら同士で目配せして、それからナイフを取り出した。
 どうやら、力ずくで解決しようってつもりらしい。
 刺激しすぎだか?
 いや、過ぎたことが、今さら過去を反省してもしょうがない。
 今からのことを考えろ。
 謝っても、どうせ向こうは許しはしないだろう。すぐナイフを取り出すくらい短気だし、そもそも謝っていることさえ通じるかわからない。言葉が違うことは、とても面倒だ。「ごめん」と言ったら、「殺すぞ」という意味にとられるかもしれないのだ。
 目には目を。
 歯には歯を。
 力には力で対抗だ。
 俺は拳銃を抜き、彼らにつきつけた。
 あくまでも脅しのため。
 だが、彼らは銃を見てもビビらなかった。
 銃を知らないのか?
 火縄銃しかなかった戦国時代の人間でも、拳銃を見れば、それが小型の鉄砲であると認識できると思う……つまり、この世界に銃はないのだろう。
 いい情報を得ることができた。
 だが、同時に困った。
 これじゃ脅しが脅しにならないじゃないか。
 俺は、近くの木に止まっている鳥を撃った。弾は運よく命中し、鳥が地面に落ちた。
 銃弾は見えなかったとしても、銃声と、鳥が落ちたことの関係性は、彼らにも理解できるだろう。

「さぁ、そいつを置いて消えろ!」

 相手をビビらせて、交渉再開だ。
 だが、事態は思わぬ方向に進んでしまった。
 俺は、ビビった彼らは荷物を置いて逃げると思ったのだが、彼らは真逆の行動をとった。
 殺される前に殺してしまえ! とばかりに、襲いかかってきたのだ。
 やむをえず、俺は彼らを射殺した。
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