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第一章 未知の世界と賑わう大都市
第三話:友情に言葉は関係ない
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人を殺したのは、これが初めての経験だった。
ただ引き金を引くだけの簡単な作業だったとはいえ、精神に与えた影響は計り知れなかった。
しばらくの間、二人分の死体を見ながら、何度も嘔吐した。
胃の中をすっかり空にしてからも、たっぷり一時間以上もの間、自分の心と問答を繰り返す苦しい時間を送らねばならなかった。
――なぜ殺した?
しかたのないことだった。自分が殺されるか、殺そうとする奴を殺して生き延びるか、どちらかしかなかった。
――なら、お前が死んでもよかったんじゃないのか?
死ぬのは嫌だ。
――死ぬくらいなら、殺した方がマシ?
当たり前だ。
――そんな理屈が通るのか?
通る。
誰かを殺すなんて死んでも嫌だ、というのは平時の人間の生き方だ。
ここは異世界、右も左もわからない異世界だ。
そんなところに一人で飛び込んだ。
平時ではない。
生き残るためなら、なりふり構っていられない。俺は、死ぬためにここにいるんじゃない!
――本当にしかたのないことだった?
もちろん。
自分が生きるために他人を殺すのは、正当でまっとうな行為だ。
俺はなにもやましいことはしちゃいない……はず。
何度も何度も同じ質問を自分に繰り返し、ようやく苦痛の時間は終わりを迎えた。
俺は、自分で自分を守れたことを誇りに思う。同じ事態に遭遇したのなら、そのときはもっとすんなり引き金を引いてみせる。
この結論にたどり着くと、急に目の前が明るく開けたような気持ちになった。
指先一つで他人の命さえも意のままにできる。まるで神様のようじゃないか。
さっきまでの絶望感は、もはや闇の彼方へ消え失せた。
今や、俺の心を満たすのは多幸感だ。
――他人の命を思うままにする。
案外幸せってのは、こういうことなのかもしれない。
自分に酔ってばかりもいられない。
残りの荷物を探す。だが、すべて見つかる前に日が沈んでしまった。
今日はここまでのようだ。明日また探そう。
まさか本来のスタート地点に立つために一日を費やすとは思わなかった。
とんでもないアンラッキーからスタートしたものだ。
だが、ラッキーなこともあった。おそらく先ほどの現地人のものとおぼしき幌馬車を見つけたことだ。
馬車と書いたが、もちろん正しくは馬車ではない。幌のついた荷車を引く動物は、馬によく似てはいるが、まったく別の動物だったからだ。
その馬に似た動物は、頭に角が生えていた。ユニコーンのような一角ではなく、牛のように頭の側面から生えている二本の曲がった角だった。
馬もどき(便宜上、馬と呼称する)には手綱がつけられており、それは木に繋がれていた。
馬は全部で四島。人に慣れているらしく、俺が近づいても怯えたり威嚇したりしなかった。
荷車の方は、中はそれなりに広かった。
俺が寝転がるには十分すぎるほどのスペースがある。寝返りだって楽々できるだろう。
屋根つきのところで寝れるのはありがたいが、もっとありがたいのは、水が入った樽があったことだ。
食料もある。干し肉や干し芋、豆、それに見たこともない色をした果物。
こちらの瓶は酒だろうか。
服や食器類などが入った小さなタンスもあった。ちょっとした移動式住宅といった感じだ。
地図も見つかった。もっとも、現在地がわからないから、使いようがないのだが……。
馬車の中には薪もいくらかあったから、それで焚き火をすることにした。タンスの中のボロイ服にライターで火をつけ、薪に燃え移らせる。
満天の星空の下、馬車を横に焚き火をする。まるで西部劇のようだ。
拳銃だって持ってるんだから、これは西部劇そのものと言ってもいい。
干し肉と俺の持って来た鯖の缶詰をつまみに、この世界の酒をちびちびやる。
ウイスキーのような蒸留酒だ。度数は高いが、チープな香りがする。上等な酒ではない、と思いたい。これが高級酒だって言うんじゃ、この世界には夢も希望もありゃしない。
安酒はまずいし、馬車の中にあった果物はゴムみたいに固くて食えたものじゃない。
だけど、星空と焚き火と風の音を五感すべてで感じながらだと、それほど悪いものじゃない。
だんだんと酔ってきた。
鼻歌を歌いながら、今日はこのまま寝てしまおうかと思っていると、後ろで足音がした。
足音は一人分。こちらに向かってくる。
あの連中の仲間がまだ残っていたのか?
拳銃を抜く。
おっと、そうだった。拳銃での脅しは通じないんだ。
銃を利き腕である右手で持ち、左でナイフを持った。沢木が用意したサバイバルナイフだ。
あるていど足音が近づいたところで振り向き、ナイフをそいつに向ける。
「動くな、何者だ?」
言葉そのものは通じなくて、キツイ語調やナイフから意図は伝わったようだ。
足音の主(黄色の髪をした、やせ細った男だった)は、そこで足を止め、なにかを喋った。
相変わらず聞き取れなかったが、敵意は感じられなかった。両手を開いて頭の上にやり、武器もなければ敵意もないよ、というジェスチャーをしてくる。
連中の仲間ではなく、ただの通りすがりの旅人だろうか?
警戒心を持ったまま、俺はナイフを下ろした。
男は、両手を上げたまま近づいてきた。
「――――」
なにやら話しかけてくる。
「悪いな、言葉がわからないんだ」
どうやら、言葉によるコミュニケーションは不可能だと伝わったらしい。
男は、木の枝を拾い、地面に絵を描き始めた。
二人分の人間の絵を描き、その上から×印を描く。それから、俺を指差し、首を横に傾けた。
どうやら、二人を殺したのはお前か? と聞いているようだ。
「そうだ」
うなずくと、男は満面の笑みを浮かべ、握手を求めてきた。
それから、男はまた絵を描いた。
その絵は、漫画形式のストーリー仕立てで十数コマにも及ぶ大作だった。
それらを解読すると、どうやらこの馬車は、本来は、この男の持ち物らしい。
旅をしている時、野盗(死んだ二人のことだ)に奪われた。
途方に暮れてとぼとぼと歩いていると、二人の死体を見つけた。
さらに探して、馬車と俺がいるのを見つけた……ということらしい。
「馬車を返してくれ」
というようなことを、ジェスチャーと絵で伝えてくる。
そういう事情なら、ダメとは言いづらい。
「返すのはいいけど、お礼はして欲しいな」
地図を広げて、今俺たちはどこにいるのかを尋ねた。
どうやら察してくれたらしく、特に何もない場所を指差すその男。
「お前はこれからどこに行く?」
「ここ」
男は、大きな街らしき場所を指差した。
「俺も一緒に連れて行ってくれ」
「いいよ」
絵とジェスチャーだけでもなんとかなるものである。
お近づきの印に缶詰とチョコレートを食わせた。初めて食べる味に彼は大喜び。
彼は彼で、変な色をした果物を火で炙って調理してくれた。
生のときはゴムみたいで食えたものではなかった果物が、炙った途端にトロリとして、まるでチーズのようになったのだ。
そいつと一緒に飲めば、まずい酒もなんだかうまく感じた。
それとも、友達ができたから、酒がうまくなったのだろうか?
ただ引き金を引くだけの簡単な作業だったとはいえ、精神に与えた影響は計り知れなかった。
しばらくの間、二人分の死体を見ながら、何度も嘔吐した。
胃の中をすっかり空にしてからも、たっぷり一時間以上もの間、自分の心と問答を繰り返す苦しい時間を送らねばならなかった。
――なぜ殺した?
しかたのないことだった。自分が殺されるか、殺そうとする奴を殺して生き延びるか、どちらかしかなかった。
――なら、お前が死んでもよかったんじゃないのか?
死ぬのは嫌だ。
――死ぬくらいなら、殺した方がマシ?
当たり前だ。
――そんな理屈が通るのか?
通る。
誰かを殺すなんて死んでも嫌だ、というのは平時の人間の生き方だ。
ここは異世界、右も左もわからない異世界だ。
そんなところに一人で飛び込んだ。
平時ではない。
生き残るためなら、なりふり構っていられない。俺は、死ぬためにここにいるんじゃない!
――本当にしかたのないことだった?
もちろん。
自分が生きるために他人を殺すのは、正当でまっとうな行為だ。
俺はなにもやましいことはしちゃいない……はず。
何度も何度も同じ質問を自分に繰り返し、ようやく苦痛の時間は終わりを迎えた。
俺は、自分で自分を守れたことを誇りに思う。同じ事態に遭遇したのなら、そのときはもっとすんなり引き金を引いてみせる。
この結論にたどり着くと、急に目の前が明るく開けたような気持ちになった。
指先一つで他人の命さえも意のままにできる。まるで神様のようじゃないか。
さっきまでの絶望感は、もはや闇の彼方へ消え失せた。
今や、俺の心を満たすのは多幸感だ。
――他人の命を思うままにする。
案外幸せってのは、こういうことなのかもしれない。
自分に酔ってばかりもいられない。
残りの荷物を探す。だが、すべて見つかる前に日が沈んでしまった。
今日はここまでのようだ。明日また探そう。
まさか本来のスタート地点に立つために一日を費やすとは思わなかった。
とんでもないアンラッキーからスタートしたものだ。
だが、ラッキーなこともあった。おそらく先ほどの現地人のものとおぼしき幌馬車を見つけたことだ。
馬車と書いたが、もちろん正しくは馬車ではない。幌のついた荷車を引く動物は、馬によく似てはいるが、まったく別の動物だったからだ。
その馬に似た動物は、頭に角が生えていた。ユニコーンのような一角ではなく、牛のように頭の側面から生えている二本の曲がった角だった。
馬もどき(便宜上、馬と呼称する)には手綱がつけられており、それは木に繋がれていた。
馬は全部で四島。人に慣れているらしく、俺が近づいても怯えたり威嚇したりしなかった。
荷車の方は、中はそれなりに広かった。
俺が寝転がるには十分すぎるほどのスペースがある。寝返りだって楽々できるだろう。
屋根つきのところで寝れるのはありがたいが、もっとありがたいのは、水が入った樽があったことだ。
食料もある。干し肉や干し芋、豆、それに見たこともない色をした果物。
こちらの瓶は酒だろうか。
服や食器類などが入った小さなタンスもあった。ちょっとした移動式住宅といった感じだ。
地図も見つかった。もっとも、現在地がわからないから、使いようがないのだが……。
馬車の中には薪もいくらかあったから、それで焚き火をすることにした。タンスの中のボロイ服にライターで火をつけ、薪に燃え移らせる。
満天の星空の下、馬車を横に焚き火をする。まるで西部劇のようだ。
拳銃だって持ってるんだから、これは西部劇そのものと言ってもいい。
干し肉と俺の持って来た鯖の缶詰をつまみに、この世界の酒をちびちびやる。
ウイスキーのような蒸留酒だ。度数は高いが、チープな香りがする。上等な酒ではない、と思いたい。これが高級酒だって言うんじゃ、この世界には夢も希望もありゃしない。
安酒はまずいし、馬車の中にあった果物はゴムみたいに固くて食えたものじゃない。
だけど、星空と焚き火と風の音を五感すべてで感じながらだと、それほど悪いものじゃない。
だんだんと酔ってきた。
鼻歌を歌いながら、今日はこのまま寝てしまおうかと思っていると、後ろで足音がした。
足音は一人分。こちらに向かってくる。
あの連中の仲間がまだ残っていたのか?
拳銃を抜く。
おっと、そうだった。拳銃での脅しは通じないんだ。
銃を利き腕である右手で持ち、左でナイフを持った。沢木が用意したサバイバルナイフだ。
あるていど足音が近づいたところで振り向き、ナイフをそいつに向ける。
「動くな、何者だ?」
言葉そのものは通じなくて、キツイ語調やナイフから意図は伝わったようだ。
足音の主(黄色の髪をした、やせ細った男だった)は、そこで足を止め、なにかを喋った。
相変わらず聞き取れなかったが、敵意は感じられなかった。両手を開いて頭の上にやり、武器もなければ敵意もないよ、というジェスチャーをしてくる。
連中の仲間ではなく、ただの通りすがりの旅人だろうか?
警戒心を持ったまま、俺はナイフを下ろした。
男は、両手を上げたまま近づいてきた。
「――――」
なにやら話しかけてくる。
「悪いな、言葉がわからないんだ」
どうやら、言葉によるコミュニケーションは不可能だと伝わったらしい。
男は、木の枝を拾い、地面に絵を描き始めた。
二人分の人間の絵を描き、その上から×印を描く。それから、俺を指差し、首を横に傾けた。
どうやら、二人を殺したのはお前か? と聞いているようだ。
「そうだ」
うなずくと、男は満面の笑みを浮かべ、握手を求めてきた。
それから、男はまた絵を描いた。
その絵は、漫画形式のストーリー仕立てで十数コマにも及ぶ大作だった。
それらを解読すると、どうやらこの馬車は、本来は、この男の持ち物らしい。
旅をしている時、野盗(死んだ二人のことだ)に奪われた。
途方に暮れてとぼとぼと歩いていると、二人の死体を見つけた。
さらに探して、馬車と俺がいるのを見つけた……ということらしい。
「馬車を返してくれ」
というようなことを、ジェスチャーと絵で伝えてくる。
そういう事情なら、ダメとは言いづらい。
「返すのはいいけど、お礼はして欲しいな」
地図を広げて、今俺たちはどこにいるのかを尋ねた。
どうやら察してくれたらしく、特に何もない場所を指差すその男。
「お前はこれからどこに行く?」
「ここ」
男は、大きな街らしき場所を指差した。
「俺も一緒に連れて行ってくれ」
「いいよ」
絵とジェスチャーだけでもなんとかなるものである。
お近づきの印に缶詰とチョコレートを食わせた。初めて食べる味に彼は大喜び。
彼は彼で、変な色をした果物を火で炙って調理してくれた。
生のときはゴムみたいで食えたものではなかった果物が、炙った途端にトロリとして、まるでチーズのようになったのだ。
そいつと一緒に飲めば、まずい酒もなんだかうまく感じた。
それとも、友達ができたから、酒がうまくなったのだろうか?
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