異世界堕落生活

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第一章 未知の世界と賑わう大都市

第十話:ちゃんとしたホテルに泊まろう

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 大通りに戻ってさらに進むと、道の両側にずらっと宿の並ぶホテル街にたどり着いた。
 五階建ての(この街では)大きな立派なホテルから、外壁にひび割れが目立つぼろぼろのホテルまでピンキリの宿泊施設が並んでいる。
 居酒屋の看板も目立つ。ここなら退屈もしないだろう。
 無駄遣いができるほど金を持っているわけではないが、こっちの世界にきて以来、ずっとランダーの馬車の中で寝ていたから、今日ぐらいはちゃんとした布団で寝たい。
 そこそこの値段でそれなりの設備のホテルを探してさまよっていると、宿の前でぶらぶらしていたやや二十六、七くらいのやや年増の女に、

「お兄さん、どう?」

 と声をかけられた。

「そんな小娘の奴隷じゃつまらないだろ? あたいのテクニックで楽しませてあげるよ。しかも、あたい、今日はまだ処女なんだ」

 どうやら娼婦らしい。
 彼女は背が低くて、顔はぺちゃんこ。
 スタイルだっていいとは言えない。服の上からでも、腹や胸がたるんでいるのがわかるほどだ。
 俺が黙っていると、その女は勝手にどんどん話を進め、値段の提示をしてきた。
 その額はおどろくほど安かった。手コキの値段かな、と思ったが、どうも本番での話らしい。
 いくら安くても、こんな女じゃその気にならない。
 無視して離れると、次から次に娼婦が寄ってきた。
 どいつもこいつも難がある連中だ。
 極度に太っていたり、顔が悪かったり、年をとり過ぎていたり……この国の言葉を覚えたばかりの俺でもおかしいとわかるほどおかしな文法を使う低知能だったり。
 こんなんで客を取れるのかと疑いたくなるような連中ばかりだ。
 この国の容姿の評価基準が日本とはまったく違うのだろうか?
 いや、競りでは、クーミャは美人だと評価されていたから、大きな違いがあるとは思えない。
 おそらくこいつらは、全員地雷なのだろう。
 日本の風俗なら、地雷を隠すことができるから、(客側が被害を受けるが)商売にはなる。
 だけど、自分で交渉して客をとるらしいこいつらが、はたして生きていけるほど安定して稼げるのか……。
 彼女たちがこれまで生きてこれたのは、昔は若かったからではなかろうか。
 だが、若さは常に失われ続ける。もはや、彼女たちが昔のように稼げる日はこないだろう。
 とすると、これからの彼女たちはどうやって生きていくのか。
 それとも、生きていくことはできないのだろうか……。
 この南国の異世界、誰もがのんびりのほほんと暮らしていける優しい世界ではなさそうだ。
 それはかわいそうにも思えるが、だからといって、彼女たちに金を恵んでやるほど俺は気前がよくない。
 うざったい娼婦たちから逃れるため、近くのホテルに入った。

 そのホテルはこのあたりでもっとも立派な建物で、どうもかなりお高いところらしい。
 受付にいる女はなかなかの美人で、さわやかな笑顔で出迎えてくれた。
 彼女は顔がいいだけでなく、俺とクーミャが入ったら、すぐにドアを閉めて、娼婦たちをシャットアウトしてくれるおもてなしの心も見せてくれた。

「部屋を見せてもらえるかな?」

 階段を上ってすぐの部屋を見せてもらった。
 クイーンサイズくらいの大きなベッドがででーんと鎮座し、壁際には机とイスがある。
 もちろん、水道なんてものはない。
 しかし、水差しが置いてあり、中には今朝井戸から組んできたばかりという新鮮な水が入っている。水差しの水は、無料で何回でもおかわりできるそうだ。
 ベッドのシーツや枕はきちんと洗濯されていて真っ白。においもしないし、ダニやノミのような害虫はいない。
 きれいに畳まれたタオルが置いてあり、ご自由にお使いください、とのこと。
 なかなかの設備と言っていい。
 一泊いくらかと聞くと、十二リンとのこと。他のホテルが五か六、高くても七リンだったのを思うと、かなり高い。
 もっとも、価格差だけのサービスではありそうだ。
 ちなみに、パジャリブのホテルは、一人当たりではなく一部屋当たりで値段が決められている。
 四人で泊まるのが標準的だろうサイズの部屋に一人で泊まっても、十人で泊まっても、値段は一緒、というわけだ。
 十二リンは本来なら他を当たるべき値段だったが、外に出てまた娼婦たちに絡まれるのは嫌だ。
 それに、このホテルは造りがいいのか、ひんやりとしていて涼しい。
 外は歩くだけで汗が流れるほど暑いが、ホテルの中にいると汗が引いてくる。部屋は風通しがよく、夜は気持ちいい風に吹かれながら暑さにうなされることもなく、ぐっすり眠れるに違いない。
 スタッフの対応を含め、俺はすっかりこのホテルが気に入ってしまった。問題は値段だけだ。

「十リンにならないかな?」
「十一リンでしたら」

 あっさりと値引きに応じてくれた。どうもこの世界にあっても、ホテルの値段は時価らしい。

「十リン五リンラならどう?」

 リンラというのはリンの補助通貨だ。十リンラで一リンになる。ちなみに、さっき食べたダウルのくちばしは一皿五リンラだった。
 余談だが、この国の言葉では、“ラ”というのが“補足する”というような意味を持っており、つまりリンラは、“リンを補足する通貨”という意味になる。
 なお、リンラの下にもリンルという通貨がある。

「いいでしょう」

 話はまとまった。
 俺は金を渡し、引き換えに部屋の鍵を受け取った。



 部屋で一休みしている間に、どうも体のベタつきが気になりだした。
 もう十日以上風呂に入っていないので当然といえば当然だ。
 しかし、上水道なんてハイカラな設備がないこのホテル、いや国。シャワーなどあるはずもない。
 いや、そもそも……、

「クーミャ、この国には風呂に入る習慣はあるか?」
「フロとはなんですか?」
「でかい容器にお湯を張って、そこに入って体を洗ったりリラックスしたりするものだ」
「人が入れるくらい大きな容器にお湯を沸かすんですか?」
「そうだ」
「それってたくさんの薪がいりますよね」
「……薪で沸かすなら、そうだろうな」
「お水を汲むのも大変ですね」

 言われてみればその通りだ。蛇口をひねれば水が出て、ボタン一つでお湯に切り替わる。
 地球だってそんな国ばかりではないが、貧しい国でも都会のそこそこのホテルに泊まれば、シャワーがついていない方が珍しい。

「そのフロとやらがこの国にもあるのかわかりませんが、あるとしても、よっぽどお金持ちくらいしか入れないと思います。前の旦那様は広い農園を持っていましたが、お湯に浸かることなんてなかったはずです」
「でも体を洗わないわけじゃないだろ?」
「川か井戸水で流します」
「川か……」

 暑いから、水浴びなのは問題ない。
 しかし、水質が気になる。
 都会の川がきれいなはずはない。
 と言うことで、井戸水しか選択肢はないだろう。

「ロビーに行って、水浴びができる井戸の場所を聞いてきてくれ」
「はい」

 数分後、クーミャが戻ってきた。

「地下に井戸があって、そこで水浴びができるそうです」

 井戸水は、思っていた以上に冷たかった。
 玉が縮み上がり、鳥肌が立った。
 しかし、連日の暑さで疲れた体にこびりついた汚れが洗い流されるようでたまらない。
 背中を流すために寄ってきたクーミャの汚れた服を引っペがし、全身をくまなく洗ってやった。
 クーミャは恥ずかしがったが、どうしても途中でやめるわけにはいかなかった。彼女の体は、垢が目立っていたからだ。臭いも……少々気になっていた。
 スッキリしてから部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
 眠気はすぐに襲ってきた。
 いつ目を閉じたのかわからないうちに、眠りに落ちた。
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