異世界堕落生活

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第一章 未知の世界と賑わう大都市

第十一話:パジャリブの風景

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 窓から差し込んでくるかすかな光で目が覚めた。
 全身がだるい。
 関節にヘドロが詰まったように重く言うことを聞かない。
 どうやら、思った以上に疲れがたまっているようだ。
 たしかに、馬車の旅は楽ではなかった。
 自分で歩くよりはよっぽど楽だが、道とすら呼べないような道を、何日も何日もガタガタと揺られてきたのだ。
 そりゃ疲れてない方がおかしいってもんだ。
 おまけに、ランダーという親切な友人に出会えたからまだ多少は緩和されたものの、まったく未知の世界にきたという緊張感もある。
 溜まりに溜まった疲労が、しばらくぶりにいい環境で寝たせいで、一気に表に出てきたのだろう。
 もう一度眠りにつこうかと思ったが、どうももったいないような気がしてきた。
 地球のパターンでは、暑い国というのは、朝と夜がおもしろいのだ。
 暑い時間はできるだけ避け、比較的涼しい時間に働き、遊ぼう、というわけだ。
 この国も、もしかしたらそうかもしれない。
 朝は明日も明後日もやってくるが、どうしても今日のうちに朝の街を見てみたい。
 思い立ったら心が騒ぎ、とても寝ていられなくなった。
 関節のヘドロが溶け出し、急に体が軽くなった気がした。
 そして、ベッドの端で静かに寝息を立てているクーミャを起こさないように部屋を出た。



 朝焼けの街には、北から南に向かって強い風が吹いていた。風に逆らって歩くのは嫌だから、南へと進路を向けた 。
 順風に乗って軽やかに歩いていると、賑やかな声が聞こえてきた。
 声のする方へ向かうと、何十人、いや何百人の人だかりがあった。
 看板を持った男がところどころにいて、その周囲に人が集まってなにか話している。看板には……現地の言葉で“募集”を意味する単語が書かれている。
 なにを募集しているのだろう?
 遠くから様子を見ていると、十五、六くらいの丸っこい顔の少年が近づいてきた。

「あんた、ずいぶんと体格がいいね。きっと稼げるよ」

 俺を見上げてそう言った彼の身長は、百五十センチほどしかない。俺は百八十センチあるから、さぞや巨大に見えただろう。
 昨日一日パジャリブの街を歩き、今日ここでも大勢の人を見た。
 それで確信したが、この国の人間は小さい。百六十センチもあれば、大人の男でも平均並。女なら、百五十センチあるかないかが平均値。
 だから、少年は、平均よりもかなり小さいということになる。
 ちなみに、クーミャは百三十センチにわずか満たないくらいのドチビ。

「稼ぐってことは、君は仕事を紹介してるのか?」
「知らなかったの? 黒い髪の人間なんて珍しいから、外国から出稼ぎに来た人だと思ったんだけど」
「まぁ、外国からきたのは間違いないが」
「出稼ぎじゃないにしても、金は必要だろ? うちの仕事をしていかないか」
「どんな仕事だ?」
「道路工事だよ。七十二番道路の舗装をやるんだ。日暮れまで働いて、三リン五リンラ。その他に、昼飯と水がつくよ」
「なるほど、日雇いの肉体労働か」

 周囲を見ると、ホテル街はホテル街でも、ひどく安っぽい建物ばかりのところだ。『一泊一リン』なんて看板もちらほらある。

「どう?」
「暑い中朝っぱらから日暮れまで働くなんて嫌だなぁ」
「うちなんてまだマシな方さ。あっちで募集してる暗光石の採掘なんて地獄だよ。十日の契約で山に行って採掘するんだけど、日当五リンで合計五十リンになるなんてのは大嘘。
 食事代、水代、宿泊費代は含まれてないんだ。十日働いて、手元にはこれっぽっちも残らない。
 いやいや、プラマイゼロで帰ってきたならマシな方だよ。ひどいところは、雇い主側がツケで酒を買わせようとするんだ」
「飲まなきゃいいだろ」
「飲まずにやってられる? 十日間、山の中だよ!? 岩と仕事以外はなにもありゃしない。女は、ババアだっていやしない。いるのは、むさくるしい男ばかり。そんなところへ酒が出てきてごらん、飲んじゃうでしょ?」
「たしかに」
「でも、飲んじゃったら、給料がマイナスになって借金ができちゃう。契約は自動延長で、さらに十日山に縛られる。そこでさらに借金を作ろうものなら……噂では、十年も山に住んでる労働者がいるらしい。借金は莫大で、死ぬまで出られそうにないらしい」
「まるで奴隷だな」
「なんにも知らないんだね、あんた。
 奴隷は暗光石の採掘なんて仕事はしない。だって、いくらの儲けにもならないんだから。普通の所有者は、奴隷にもっと分のいい仕事をさせるよ」
「なら、あいつらは奴隷以下か?」
「だろうね。だいたいは、パジャリブのことをなんにも知らないで、都会に出てくればなんとかなるだろうと甘く考えて出てきたかっぺさ。無知のせいでひどい仕事に就いて、都会の生き方を知るころには、体力と健康をごっそりやられてる。
 哀れな連中だよ。
 でもそのおかげで、オイラたちは安く暗光石を手に入れられる。まったく世の中はうまくできてるよ」
「そいつがうまくできてる、ってことになるのかは甚だ疑問だが……。ところで、さっきから名前が出てる暗光石ってなんだ?」
「マジかよ、そんなことも知らないで、どうやって生活してるんだ。あれだよ」

 少年が指差したのは、夜通し営業しているらしい居酒屋の前に置かれた手のひら大の石だった。

「気のせいかな、石がぼんやり光って見える」
「気のせいなもんか。実際に光ってるんだよ。暗光石ってのは、その名の通り暗いところで光る石なんだ。もう日が出てるから目立たないけど、夜になればそりゃ明々と光ってるよ。暗光石があるから、この街は夜でも賑やかなんじゃないか」

 この世界の電灯のようなものか。

「どういう原理なんだ?」
「知るかよ。街から離れたところの山に暗光石の母岩があって、それを削り出して持ってくる。光るは、採掘から十日から長く持ってもせいぜい二十日、光が消えるとあとはただの石。それさえわかっていれば十分で、なんで光るかなんてどうでもいいだろ」

 そういうものか。

「話を戻そう。兄さん、まっとうな仕事を紹介してるオイラのところで働かないか?」
「悪いがお断りするよ」
「頼むよ、今日は人が集まってないんだ。わかった、三リン七リンラだろう。八リンラ? ええい、四リンだ」
「俺は日雇いの肉体労働はしない」
「お高く止まりやがって、何様のつもりだ」
「これでも奴隷を所有してる身分なんでな」
「えっ、旦那衆なのかよ。見えねぇ……」
「昨日手に入れたばかりだ」
「なら、そいつをうちで働かせないか?」
「ちっこい小娘だよ、肉体労働なんてできない」
「肉体労働だけじゃないぜ。セックス関連の仕事だって紹介できる」
「そういう仕事をさせるつもりはない」
「ちぇっ」

 舌打ちをすると少年は別の奴に声をかけに行ってしまった。
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