異世界堕落生活

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第二章 パジャリブ動乱

第十四話:悪党たちの宴

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 二人を穴蔵に閉じ込めたあと、ロスタビリたちは、仲間の家で酒を飲んだ。
 スラム街に酒は欠かせない。
 酒でも飲まなきゃ、やってられない負け犬人生だ。
 その酒だって、まともな酒じゃない。
 素人が見よう見まねで造った粗悪品で、もしも酒場で出そうものなら、一晩で常連客がすべて離れるほどまずい。
 それでも、彼らにとっては、大切な酒だ。
 味わうものではなく、ただ一時酔えればそれでいい。
 そういう飲み方をする酒だ。
 酒と一緒に、マウランの葉を噛む。
 マウランは深い山中に自生する植物で、その葉を噛めば疲れが飛び、気分が高揚するという効能がある。
 元々は奴隷の重労働の助けとするために使われていたが、最近では嗜好品として一般市民にも愛用されている。
 しかし、値段はそれなりに高く、スラム街の人間が買えるような額じゃない。
 だから、彼らは盗んできた。

「ああ、これはいいなぁ」

 マウランの葉を噛みつつ酒を飲むと、もう気が狂うほど気持ちがいい。
 景色がぐにゃぐにゃしてきて、自分が立っているのか座っているのかさえわからなくなる。
 だけど、それは悪いことじゃない。
 世界が歪んでいるのだから、視界だって歪むべきなんだ。
 そうすればこそ、物事がまっすぐ見えるってもんだ。
 そんなわけのわからないことを考えるくらいには、彼らは思考力を失っていった。

「えへへへへへ」

 誰かが笑いだした。
 それにつられ、

「あははははは」
「うへ、うへへぇ」
「ひゃはははは」

 誰もが笑い出し、止まらなくなった。
 ひとしきり笑ったあと、

「あいつら、これからどうするんだ?」

 という、声が出た。

「このまま殺しちまうか? 男の方はそれでもいいけど、女の方はもったいねぇよ。ヤリてぇなぁ。あんなきれいでおっぱいもでかい女、スラムにはいないぜ?」
「ヤろうぜ。女の方だけ出してやるんだ。あそこで死ぬよりはいいって、きっと喜んで相手してくれる」
「おお、そうだな。よし、女だけ出してやろう」

 何人かが立ち上がった。
 ロスタビリはそいつらを殴りつけた。

「な、なにするんだ、ロス」
「さっき簡単に捕まえられたのは、毒が効いてたからだ。今はとっくに抜けてる。だってのに、へたに出してみろ。逃げて、仲間を呼んでオレたちを殺しにくるぜ」
「逃がすようなヘマはしねぇよぉ。だいたいよぉ~、軍隊がなんだってんだ。くるならこい!」

 酒とマウランで気が大きくなっている。

「だいたい、穴蔵を開けた途端、男の方だって逃げ出そうとするに決まってるんだ」
「そうかなぁ?」
「あいつを甘く見るな。あいつのせいで三人も殺されたんだ」
「……そうだな。くそっ、だったらなおさらあんなところに入れておけねぇ。ここに引っ張り出してきて、足から輪切りにしてやろうぜ」

 おっそれいいな、と賛成の声があがり、またしても何人かが立ち上がった。
 ロスタビリがそいつらを殴りつけた。

「あいつらは放っておけば暑くて死ぬ。もう処刑は始まってるんだ。あとはなにもしなくていいんだ」
「でもよぉ」
「問題は、あいつらが死ぬまで邪魔が入らねぇか、ってことだよ。ラカがしかるべきところとかに話をするとか言ってたじゃねぇか」
「お、そうそう。ラカ様。なぁ、ロス。なんであんな有名人が、うちの葬式にきてくれたんだ? そんな金あるなら、酒に使ってくれよ」
「金なんざ払ってねぇよ。勝手にきたんだ。有名人がやってきて、タダで葬式してくれるっていうから、死んだあいつも喜ぶと思って頼んだんだ」
「なんできたんだ? どういう理由で」
「知るかよ!」

 実際のところ、理由などなかった。
 ラカは、単なるきまぐれで足を運んだにすぎない。
 彼女のスケジュールは、毎日びっしり埋まっている。
 だが、今日は実に百数十日ぶりに、なんの予定も入っていなかった。
 年に何度もない休日。
 ラカは、お供を連れず、一人で街をぶらぶら歩いてみたくなった。
 適当に歩いているうちに、川に浮かぶ町を見つけた。
 そこがスラム街だということさえ知らない世間知らずのラカは、おもしろがって足を踏み入れた。
 そうして墓地にたどり着くと、葬式をやっているではないか。
 だが、教団関係者の一人もいない、素人の見よう見まねの葬式ではないか。これでは死者がかわいそうだと思い、自分が取り仕切ると名乗り出た。
 つまり、いくつもの偶然が重なって生まれた珍事であった。
 ロスタビリたちは、人生で初めて幸運が舞い降りたような気になった。

 ――世間の厄介者のオレたちにさえ優しさを与えてくれる。やっぱり聖女と呼ばれるお方は違う。

 感激し、ついさきほどまでチヤホヤしていたのだが、今となっては……、

「あの女のせいで仇を討ち損なったじゃねぇか。オレの手で殺してやりたかったのに。それどころか、もしかしたら、神兵や軍隊がきてあいつらを助けちまうかもしれねぇんだ! あーっ、くそったれ!」

 ラカには、腹立たしさしか抱いていなかった。

「なんであの時に、ラカの言うことを無視しなかったんだ。オーラとかいうやつか、存在感に押された! あの女の顔を見てたら、逆らいにくくなっちまったんだ!」

 生まれが悪いことへのコンプレックスのせいだろうか。
 あのぼろぼろのババアほどではないが、上流の人間に対する卑屈な感情が、ロスタビリにもある。
 言いなりになってしまった。なんの得もないというのに。
 それが、とにかく悔しい。
 だが、もう遅い。
 ラカはすでにいないし、あの二人は閉じ込めてしまった。
 今からあそこの扉を開けて始末することも、もちろんできる。
 おそらく、簡単に殺せるだろう。
 だが、絶対ではない。
 ニャーラの剣は没収したが、どこかにナイフを隠しているかもしれない。あの黒髪の男はもっと危険だ。手榴弾や銃のような武器を、まだ持っているかもしれない。
 もう閉じ込めたのだから、放っておくのが一番いい。
 ずっと放っておけるのなら……。

「くそっ」

 ロスタビリはマウランの葉を飲み込み、酒で流し込んだ。
 マウランの葉は噛むもので、食べるものじゃない。胃に直接入れることはとても危険で、自殺行為だと言うことは、広く知られている。
 それをやってしまった影響はすぐに出た。
 視界がブラックアウトし、直後ホワイトアウトする。それを何度が繰り返される。まるで昼と夜が目まぐるしく入れ替わるみたいだ。
 ほんの数秒の間に何十日もの時間を経験したロスタビリ。
 視界が戻った時には、悟りを開いたかのように頭は澄み渡り、大胆な発想ができるようになっていた。

「よし、ラカを誘拐しよう」
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