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第二章 パジャリブ動乱
第二十五話:終戦八分前
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ニャーラは、女の上に覆いかぶさっている死体を蹴っ飛ばしてどかした。
声をかけるのがおそろしいくらい怒っている。
おとなしくしていよう。
もしも、今勃ってしまっている、なんてことが知られたら、切り落とされてしまうかもしれない。
「大丈夫……じゃないのはわかるけど、意識はあるわね?」
「はい」
女は、かすれた弱々しい声で返事をした。
「ラクン師以外の人は全員追い出されたって聞いたけど、あなたはどうして残っているの?」
「それは……」
女は話しづらそうにしていたが、やがて観念したらしくすべてを語りだした。
ロスタビリたちが侵入してきたとき、彼女は、同僚が殺されたのを見てビビリ、大司祭たちがどこにいるのかを教えてしまった。
その返礼として、残りの同僚たちは全員殺されたが、彼女だけは殺されずに済んだ。
しかし、自由の身になれたわけではなかった。
殺されない代わりに縄で縛られ、最初の虐殺を免れた職員たちが退避しても、彼女だけは逃げることができなかったのだ。
「そして、わたしは彼らに何度も犯されました。これはきっと、同僚を売った罰なんです。みんなと同じように殺されていれば、こんなひどい目には……」
彼女が泣き出しそうになったので、ニャーラはその口を手で塞いだ。
適切な判断だ。
感情に任せて泣かれて、敵に見つかるわけにはいかない。
「死ぬよりつらい思いをしたのはわかる。でも、泣いてもなにも解決しないわ。死んだ人があなたに望んでいることはなにかしら?」
口から手を離す。
「それは……」
「仇討ちよ。連中を皆殺しにすることを望んでるに決まってるわ。あたしにはそれができる力がある。だから、力を貸して」
「こんなわたしになにができるでしょうか?」
「まず、連中の人数を教えて」
「わかりません」
「何人にヤラれたの?」
「思い出したくもありません」
「あなたのせいで死んだ同僚に対する罪悪感が少しでもあるのなら、よく思い出してください。あなたの男性経験は何人ですか?」
もうちょっと言い方あるだろ。
彼女は震えながら、これまでに何人に犯されたかを数えだした。
三十四人、というのが彼女の出した結論だった。
「はっきりとした自信はありませんが」
「重複はない?」
「たぶん」
「思ったより多くないわね」
「全員とヤったとは限らないだろ」
おさまってきたので、俺も発言してみた。
「だとしても、それほど差はないでしょ。こういう状況でなにもしない男っている?」
生きるか死ぬかの戦いが間近に迫ってて、抵抗できない女がいる。
それでなにもしない男なんて、よっぽどいないだろう。
死にそうになると子孫を残したくなるのは生物の本能らしいし。
「他に知ってることは? 大司祭様がどこにいるか知ってる?」
「……四階の執務室に閉じ込めてある、みたいなことを言っていた気がします」
複数人で犯しにきて、賢者タイムに仲間同士で雑談をしていった連中がそれなりにいたらしい。
その情報によると、敵は主に四箇所に配置されているようだ。
一箇所は、大司祭を閉じ込めてある四階。
一箇所は、軍の様子をうかがっている五階のバルコニーとその周辺。
一箇所は、軍の強行突入が予測される聖堂。
一箇所は、休憩所。ただし、これは決まった場所がなく、各自適当にバラけている。
「きれいに四分割されてると思うか?」
「ありえない。どうも大佐は敵を反政府組織と思っているようだけど、スラムで見てるあたしに言わせればチンピラ以外の何者でもないわ。統率なんてとれてるはずがない。ぶっちゃけ、休憩してるやつが一番多いはずよ」
「うん」
「ラカ様の話では、ロスタビリは手榴弾を持ってバルコニーにいる。この事件はあいつ主導らしいから、そこだけはかろうじて統率がとれているかもしれない。五階の連中はサボらすに働いていると見るべき。人数は不明。それと聖堂には戦力が集まっていると思う。ただ、突入されたらまっさきに死ぬところだから、配置されたはいいけど逃げてる可能性もある。大司祭様の見張りなんて、きっとほとんどいない。全員休憩してるかもしれない。臨戦態勢は半分もいないと思う」
「それ、全部憶測だよな?」
「そうよ。女の、そして軍人の勘。二重の勘よ」
「それを信じて作戦を立てるのは不安だ」
「じゃあ勘以外の方法で敵の戦力を考えてみなさい。あんまり時間はないわよ。いつ外の本隊が突入してもおかしくない。そしたら、大司祭様の命はないわ」
「…………」
しかたない。
「勘を信じよう。大きく外れたら、その時はその時だ」
「ええ。それじゃ二手にわかれましょ」
「二手?」
「一人は聖堂に向かう。そこの敵を倒し、扉を開ける」
「すると軍が突入することになるな?」
「ええ。扉を破壊する手間が省けて、手榴弾による被害も抑えられて、一気になだれこんでくるわ」
「だけど、軍が入ったら大司祭は殺される」
「だからもう一人が、救出に向かうの。軍が突入した時点で救出できていれば、もうこっちに怖いものはない」
「先に二人で四階に行くってのは?」
「最悪、退路を塞がれるわ。かといって、二人で聖堂に行ってからだと、大司祭様は殺される。二手に別れるしかないわ」
「わかった。どっちがどっちに行く? っていうか、ロスタビリの首は俺がとる。渡す気はないけどな」
「それでいいわ。どうせ、あんたが聖堂の扉を開けても、軍は味方と思ってくれないと思うから」
なるほど、それはありそうな話だ。
「あたしは聖堂の敵を倒して、なるべく早く扉を開けて軍を呼び込む。……そうね、扉を開けるのに三分、突入した軍が四階まで行くのにさらに五分。今から八分後には、この戦いに決着がつくわ。あたしたちたちがロスタビリたちか、どっちかが全滅してる」
「八分か」
きっと、人生で一番長い八分になるのだろう。
声をかけるのがおそろしいくらい怒っている。
おとなしくしていよう。
もしも、今勃ってしまっている、なんてことが知られたら、切り落とされてしまうかもしれない。
「大丈夫……じゃないのはわかるけど、意識はあるわね?」
「はい」
女は、かすれた弱々しい声で返事をした。
「ラクン師以外の人は全員追い出されたって聞いたけど、あなたはどうして残っているの?」
「それは……」
女は話しづらそうにしていたが、やがて観念したらしくすべてを語りだした。
ロスタビリたちが侵入してきたとき、彼女は、同僚が殺されたのを見てビビリ、大司祭たちがどこにいるのかを教えてしまった。
その返礼として、残りの同僚たちは全員殺されたが、彼女だけは殺されずに済んだ。
しかし、自由の身になれたわけではなかった。
殺されない代わりに縄で縛られ、最初の虐殺を免れた職員たちが退避しても、彼女だけは逃げることができなかったのだ。
「そして、わたしは彼らに何度も犯されました。これはきっと、同僚を売った罰なんです。みんなと同じように殺されていれば、こんなひどい目には……」
彼女が泣き出しそうになったので、ニャーラはその口を手で塞いだ。
適切な判断だ。
感情に任せて泣かれて、敵に見つかるわけにはいかない。
「死ぬよりつらい思いをしたのはわかる。でも、泣いてもなにも解決しないわ。死んだ人があなたに望んでいることはなにかしら?」
口から手を離す。
「それは……」
「仇討ちよ。連中を皆殺しにすることを望んでるに決まってるわ。あたしにはそれができる力がある。だから、力を貸して」
「こんなわたしになにができるでしょうか?」
「まず、連中の人数を教えて」
「わかりません」
「何人にヤラれたの?」
「思い出したくもありません」
「あなたのせいで死んだ同僚に対する罪悪感が少しでもあるのなら、よく思い出してください。あなたの男性経験は何人ですか?」
もうちょっと言い方あるだろ。
彼女は震えながら、これまでに何人に犯されたかを数えだした。
三十四人、というのが彼女の出した結論だった。
「はっきりとした自信はありませんが」
「重複はない?」
「たぶん」
「思ったより多くないわね」
「全員とヤったとは限らないだろ」
おさまってきたので、俺も発言してみた。
「だとしても、それほど差はないでしょ。こういう状況でなにもしない男っている?」
生きるか死ぬかの戦いが間近に迫ってて、抵抗できない女がいる。
それでなにもしない男なんて、よっぽどいないだろう。
死にそうになると子孫を残したくなるのは生物の本能らしいし。
「他に知ってることは? 大司祭様がどこにいるか知ってる?」
「……四階の執務室に閉じ込めてある、みたいなことを言っていた気がします」
複数人で犯しにきて、賢者タイムに仲間同士で雑談をしていった連中がそれなりにいたらしい。
その情報によると、敵は主に四箇所に配置されているようだ。
一箇所は、大司祭を閉じ込めてある四階。
一箇所は、軍の様子をうかがっている五階のバルコニーとその周辺。
一箇所は、軍の強行突入が予測される聖堂。
一箇所は、休憩所。ただし、これは決まった場所がなく、各自適当にバラけている。
「きれいに四分割されてると思うか?」
「ありえない。どうも大佐は敵を反政府組織と思っているようだけど、スラムで見てるあたしに言わせればチンピラ以外の何者でもないわ。統率なんてとれてるはずがない。ぶっちゃけ、休憩してるやつが一番多いはずよ」
「うん」
「ラカ様の話では、ロスタビリは手榴弾を持ってバルコニーにいる。この事件はあいつ主導らしいから、そこだけはかろうじて統率がとれているかもしれない。五階の連中はサボらすに働いていると見るべき。人数は不明。それと聖堂には戦力が集まっていると思う。ただ、突入されたらまっさきに死ぬところだから、配置されたはいいけど逃げてる可能性もある。大司祭様の見張りなんて、きっとほとんどいない。全員休憩してるかもしれない。臨戦態勢は半分もいないと思う」
「それ、全部憶測だよな?」
「そうよ。女の、そして軍人の勘。二重の勘よ」
「それを信じて作戦を立てるのは不安だ」
「じゃあ勘以外の方法で敵の戦力を考えてみなさい。あんまり時間はないわよ。いつ外の本隊が突入してもおかしくない。そしたら、大司祭様の命はないわ」
「…………」
しかたない。
「勘を信じよう。大きく外れたら、その時はその時だ」
「ええ。それじゃ二手にわかれましょ」
「二手?」
「一人は聖堂に向かう。そこの敵を倒し、扉を開ける」
「すると軍が突入することになるな?」
「ええ。扉を破壊する手間が省けて、手榴弾による被害も抑えられて、一気になだれこんでくるわ」
「だけど、軍が入ったら大司祭は殺される」
「だからもう一人が、救出に向かうの。軍が突入した時点で救出できていれば、もうこっちに怖いものはない」
「先に二人で四階に行くってのは?」
「最悪、退路を塞がれるわ。かといって、二人で聖堂に行ってからだと、大司祭様は殺される。二手に別れるしかないわ」
「わかった。どっちがどっちに行く? っていうか、ロスタビリの首は俺がとる。渡す気はないけどな」
「それでいいわ。どうせ、あんたが聖堂の扉を開けても、軍は味方と思ってくれないと思うから」
なるほど、それはありそうな話だ。
「あたしは聖堂の敵を倒して、なるべく早く扉を開けて軍を呼び込む。……そうね、扉を開けるのに三分、突入した軍が四階まで行くのにさらに五分。今から八分後には、この戦いに決着がつくわ。あたしたちたちがロスタビリたちか、どっちかが全滅してる」
「八分か」
きっと、人生で一番長い八分になるのだろう。
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