異世界堕落生活

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第二章 パジャリブ動乱

第二十六話」純白のニャーラ

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 聖堂の入口付近の物陰に隠れながら、ニャーラは敵の数を確認した。
 一、二、三……八人。
 ちょっと多いな、というのが率直な感想だった。
 神兵から接収した剣は、あまり質がよくない。
 はっきり言えば、なまくらだ。
 しかも、すでに三人も斬っている。刃こぼれもあるし、脂もまいている。
 あと八人を相手にする前に、剣の方がダメになりそうだ。

「しかたない、あれをやるか」

 なんと、ニャーラはその場で服を脱いだ。
 軍服の上着を脱ぎ、さらに下着も抜き、その豊かで形のいい胸を露出させた。
 そして彼女は小走りで聖堂に入っていった。

「な!?」

 聖堂にした男たちは、ニャーラに目を奪われた。
 神殿の中にいる女は、あの肉奴隷一人だけで、他にはいないはずだ。
 だから、この女は敵……という理屈を考えられるほど、彼らは冷静になれなかった。
 ほんの一瞬で、彼らの頭の中は、ニャーラの裸でいっぱいになってしまった。
 おそらく一メートルを超えているだろう規格外の大きさを誇りながらも、重力に負けずツンと上を向いた乳房。
 乳首は鮮やかなピンク色で、もしかしたらこれまで誰にも触れさせたことがないのではないかと思うほど新鮮だ。
 それほどのバストを持ちながら、ウエストは引き締まっており、余計な脂肪など一切ない完璧なボディー。
 ニャーラの体は、たとえ女が見ても惚れ惚れするほどの美しさだったが、それは芸術品としての美しさではない。女でも欲情させてしまうようなエロい肉体だった。
 別の言い方をすれば、実用的な肉体だった。
 そのニャーラが小走りで走れば、胸が躍るように揺れる。
 当然、男たちの視線は胸に吸い込まれてしまった。
 そのエロさの前では、ついさっき肉奴隷を相手に射精したことなど無関係だった。
 本当に美しい女の前には、賢者は存在できない。
 ニャーラは男たちを誘惑しながら近づき、あるていどの距離まで近づくと剣を抜いた。

「あっ」

 と男たちが我に返ったときには、時すでに遅し。一人の首が飛んだ。
 一人斬ると、ニャーラは走る速度を上げた。
 二メートルはあった距離を一瞬で詰め、二人目の胴を払った。
 さらにその横にいた男の胴を払い、一瞬のうちに三人を斬った。

「よくも」

 血を股間から頭に急上昇させ、襲いかかってきた男を頭から真っ二つ……にするかと思ったが、胸を斬ったあたりで剣が止まってしまった。

「ちっ」

 舌打ちするニャーラ。
 剣を抜き、状態を確認。刃こぼれがひどい。
 これじゃあと四人も斬れない。
 視線を巡らせ残りの敵の位置を確認し、一番狙いやすそうな相手へ向かう。

「ひぃっ」

 狙われた男は、悲鳴を上げた。
 彼の目には、この世のものとは思えないほど魅力的な肉体の女が、この世のものとは思えない化け物に見えていた。
 その男はボーガンを持っていた。
 ニャーラに向かって射ったが、怯えていたせいで狙いは定まっていない。あさっての方向へ飛んでいき、ニャーラは避ける必要さえなかった。
 男は、腰に差していた手斧に手を伸ばしたが、抜くより早くニャーラの剣が彼の心臓を貫いた。
 ニャーラは、その剣を抜かなかった。
 どうせ抜いても、もう使えないとわかっていた。
 剣を捨て、男の死体から手斧を奪う。
 あっという間に八人から三人まで減ってしまった男たちは、すっかり怯えきっていた。
 このまま自分たちも殺されるのだと悟り、しょんべんをもらして逃げ出したくなった。
 しかし、実はこの瞬間こそが、ニャーラにとってもっとも危険なときだったのだ。
 ニャーラは、斧が苦手だった。
 並みの男より背が高く、体格のいいニャーラだが、それでも彼女は女なのだ。
 純粋な腕力は、決して強くない。力が物を言う武器では、彼女の戦闘力は十分に発揮されない。
 もしも、残りの三人がそのことを知っていて、捨て身の攻撃をすることができたのなら、傷のひとつくらいはつけることができたかもしれない。
 しかし、彼らはそのことを知らなかった。
 一矢報いるチャンスをものにすることができなかった。
 ニャーラは斧を手に、剣を持った男に近づいていった。

「く、くるな……」

 怯える男に、斧を投げつけた。
 斧は男の額を割った。
 ニャーラは死体から剣を奪うと、残りの二人へ斬りかかった。
 一人はなす術なく斬られた。
 もう一人は走って逃げようとしたが、ニャーラは駆け寄って背中から心臓を突き刺した。
 ニャーラが聖堂に足を踏み入れてから、まだ一分も経っていなかった。
 自画自賛するのも納得できる強さだ。
 驚くべきことは、彼女の美しい体には、自身の汗以外の液体が一切付着していなかったということだ。
 ニャーラは、一滴の返り血も浴びていなかった。
 相手を斬ってから移動するのではなく、斬りながら移動することで、常に自分を血が飛んでこない位置に置いているのである。
 およそ人間業ではない。
 だが、偶然ではない。
 今回と同じことを、彼女は以前にもやったことがある。
 プライベートの時間に、市民に暴力を振るう輩を発見し斬った、という事件だ。そのとき、着ていた真っ白の服には血の一滴もつかなかった。輩は五人もいたのに。
 そのとき以来、軍の内部では、彼女のことを“純白のニャーラ”と呼ぶ人たちがいる。


 障害を排除したニャーラは、固く閉ざされた重い聖堂の扉を開けた。
 開く直前、自分が上半身裸だという事実に気づき、慌てて手で胸を隠した。
 彼女は、自分が誰よりも美しいことを知っている。
 見られて恥じるような体でないことも知っている。
 それでも、人に裸を見られることは恥ずかしい。
 まもなく死体になる奴らが相手でもなければ、とてもとてもストリップなんてできやしない。
 そんな乙女の一面もある。
 扉が開くと、今この瞬間にも下ろうとしている突撃命令を待つ兵士たちの目に、片手で胸を押さえているニャーラの姿が映った。

「なんであの女が中にいるんだ?」

 苦々しくそう言ったのは、ニャーラが率いる十二番隊の副隊長だった。
 彼は、行方不明の隊長に代わり、現場の指揮を取っていた。
 そして、この状況を、彼は喜んで受け入れていた。
 ニャーラが仕事をサボるのはいつものことだが、こんな大事なときにいないというのでは話にならない。そのうち、自分とニャーラの肩書きが入れ替わるはずだ。
 そういう期待を持ってこの仕事に臨んでいたのに。
 なぜかニャーラが半裸で敵陣にいるではないか。

「どうなってんだ?」

 彼の疑問に答えられる者は、その場にいなかった。
 そのとき、

「突撃ぃぃぃぃ!」

 唖然とする兵士たちに、号令がかかった。
 発令元は、司令官のドルク大佐ではない。
 半裸のニャーラ少尉だ。
 もちろん、たかが少尉の突撃命令に従う者はいなかった。

「十二番隊、総員突撃ぃぃぃぃぃ!」

 今度は、名指しで自分の部隊に命令をくだした。
 十二番隊は、これには従わなざるをえなかった。
 たとえ独断で出された指示だとわかっていても、直属の上司の命令には服従しなければならない。隊長の命令は、隊長のさらに上司が取り消さない限りは、有効となる。それが、市軍の規則だ。
 彼女の指揮する十二番隊が雄たけびをあげて飛び出した。
 あとはなし崩しだった。
 手柄を十二番隊にだけとられてなるものかと、他の隊の兵士たちも次から次へと飛び出し、ドルク大佐は追認する形で突撃命令をくだした。
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