異世界堕落生活

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第二章 パジャリブ動乱

第二十七話:敗者の意地

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 神殿を包囲する兵士をバルコニーから見下ろしながら、ロスタビリは大きく息を吐いた。

 ――これは死ぬな。

 マウランの葉は噛んでいるが、酒はすでに抜けている。
 今のロスタビリは、多少なりとも正気に近かった。
 比較的冷静な頭で現状を考えてみると、負けたということがはっきりわかる。
 仲間たちは、まだ自分たちが主導権を握っていると思っている。
 大司祭の命は自分たちの手にあり、それがある限りは軍はなにもできない……。
 それは違う。
 軍は、あきらかに突入の準備をしている。
 目立った動きこそないが、気配が変わってきているのだ。
 ずっとバルコニーにいれば、それがわかる。
 大司祭の命よりも、自分たちを殺す方を選んだのだ。
 突入されれば、戦う術はない。
 人数には数十倍の差がある。
 さらに、向こうは普段から腹いっぱい食って、訓練もしている正規の軍隊。
 こちらは、いつも腹を空かして暇と時間を潰しているだけのチンピラ。
 量も質も向こうが上なのだ。
 一応、こちらにも武器はたくさんある。
 だが、剣や槍は練度が違うから、まともに戦うことさえできないだろう。
 まともに使えるのは、ボーガンくらいだ。それだけで、なにができる。
 手榴弾。
 それがこちらの切り札だが、残りは一発だけ。大盤振る舞いしすぎた。
 人質の効果もなくなれば、いよいよなにも打つ手がなくなる。
 すでに、こちらの負けている。
 いや、違う。最初から負けていたのだ。
 四十人にも満たないスラム街の若者たちだけで、いったいどうやって軍を相手に勝利しようと考えていたのか?
 綿密な作戦を練って、そのための準備をしていたのなら、万が一があったのかもしれない。 だが、それもなく、酒とマウランの勢いで戦って勝てるほど、軍が甘い相手であるはずがない。
 軽率な判断はこれまでの人生で数え切れないくらいやってきたが、これは過去最大だ。
 失敗の代償は命。

「今から降伏すれば命だけは助かるか?」

 ありえない。
 降伏を認めるつもりなら、降伏しろと呼びかけてくるはずだ。
 それをしないということは、降伏を認めるつもりなどハナからないのだ(これはその通りだった。市長と軍は、以降の反乱を防ぐため反逆者とは一切の交渉せず、たとえ武装解除して降伏したとしても、構わず皆殺しにする、という方針ですでに合意していた)。
 死はすでに目前にあり、そこから逃れる術は、どこにもない。

「そうか、もうすぐ死ぬのか」

 そのことを認識したというのに、ロスタビリは絶望に沈んだりしなかった。
 むしろ、心地よさを感じていた。
 負けることは慣れている。
 生まれてからずっと、負け続けてきた。
 スラムに生まれたということ。
 そのことが、そもそも負け犬人生ということなのだ。
 人間は平等ではない。
 貴族や大商人の家に生まれた者と、スラムに生まれた者は、別の生き物かと思うくらい違う。
 前者は、はるか空を飛び自由に生きる鳥。
 後者は、地を這う虫けら。
 負けて当たり前。
 勝つことなど夢のまた夢だ。
 ……今だから認めよう。
 もしかしたら、大金を掴んで勝ち組になれるかと思ったときは、実は気が気じゃなかった。まさかそんな、オレたちが勝てるなんて……心のどこかでそう思っていた。
 敗北を悟り、いつもの定位置に戻ったことで、地に足が着くような安心感をおぼえている。

「だが、だからと言って、簡単に負けてやるつもりはないぞ」

 足掻いてきた。
 これまでの人生のすべては、定められた敗北に抗うことそのものだった。
 生まれたときから負けていることを知っていて、でも勝ちたくて、戦ってきた。
 そして、負け続けてきた。
 負け慣れている。
 そのことにかけて、オレたちは……少なくともオレは、誰にも負けない。
 今さら負けが一つや二つ増えたとして、それがなんだってんだ。
 なんでもない。
 死ぬことだって、怖くなんかない。
 生きていたって、どうせ幸せになれない人生だ。
 見せてやる。
 雇用が安定していて、しかも給料が高い、勝ち続けの人生を送ってきた軍の連中に、見せてやる。
 オレは、勝ち戦ばかり戦うお前らとはわけが違うってことを。
 負けるとわかっていて、それでも勇敢に戦う真の戦士だってことを。
 そのとき、外で動きがあった。
 雄たけびをあげ、数百人の兵士が突撃を開始したのだ。
 破城槌はない。
 どうやって突入するつもりだ? 

「敵だ! 敵が攻めてきた!」

 階下から叫びが聞こえてきた。

「知ってる。外の様子は全部見えてる」
「外じゃない。中だ! もういるんだよ。墓に閉じ込めたあの男がいるんだ」
「なぜあいつが!?」
「知るかよ。どうでもいい。もう終わりだ。お前のせいだぞ、ロスタビリ。勝てるはずなんてなかったんだ」
「ああ、そうだな。すまなかった」

 心のこもっていない謝罪をした。
 オレのせいとか、誰かのせいとか、そんなのはどうでもいい。
 終わりはすぐそこだ。
 数分以内にみんな死ぬ。
 でも、ただで死ぬものか。
 あの男だけは道連れだ。
 それこそが、オレの最期の戦いであり、人生の集大成なんだ。
 ロスタビリは、階段を駆け下りた。
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