あの娘のスクール水着を盗んだ ~ちょっとエッチな短編集~

かめのこたろう

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無意味で無価値な脳髄パラドックス

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 一番余裕があった時期だった。

 地位も立場もそれなりにあった。
 金も女も、その時点で満足する程度には何不自由なく困ることなんてなかった。

 何より若さがあった。
 まだ身体も思考も活力にあふれていて、老いを感じる瞬間なんて微塵もなかった。

 それが当たり前だと思っていた。
 自分がどれくらい恵まれているのかなんて考えたこともなかった。

 もしかしたら中の上くらいの人生なのかも程度の認識だった。
 向こう見ずな傲慢とふてぶてしさを兼ね備え、よくいる勘違いするだけの状況にある若造の一人だったんだと思う。

 全くの無能でも根拠がないわけでもない。
 ある程度成功しているのは事実、ただ自己評価ほどにはまだ盤石でも安泰でもないというほどの。

 そんな、幸運にも若くして遊ぶ余裕を持つことができた、最も豊かで満ち足りた時間を無自覚に謳歌している。
 実際には酷く危うい奇跡的なバランスの上に成立していたものだと気が付くこともなく。
 ほんの僅かなちょっとしたきっかけで何もかもご破算になるような胡乱なものだったなど夢にも思わない、頭の中ハッピーセット野郎。

 たぶん自分はそんなもんだった。


 例によって馴染みの女の一人と、ちょっとした飯屋に行った時だった。
 和風の有名店、いくつもの賞をとってマスコミ露出もしているようなオーナーシェフがやってる一つ、某タイヤ会社のレビューやら外食情報誌でも常連で名前が出てくるような、そんな場所。
 世間並にみれば、自分の属する年齢層には不釣り合いな印象なのは間違いなかった。
 そしてそんなところを気軽に、日常的に利用できる自分に満足していたのも事実である。

 案の定、連れてきた女の機嫌も上々だったし。
 中身はともかく、とりあえず外見はすこぶるハイレベルだと思っている相手と二人、センスのいい店で値段に見合った味の飯を堪能する贅沢。

 サイコーな時間だった。
 そして二人ともアホな若造だった。

 うれしく、楽しく、浮ついていた。
 周囲のことなんてさほど憚ることなく、それなりの音量で好き勝手盛り上がってくっちゃべっていた。

 一つの島をはさんだ向こう、彼女の背中側斜め後ろの席。
 そこに自分からみて横並びに向かい合っている老夫婦らしき組み合わせ。

 別にさほど気にしていたわけじゃない。
 ただ、位置的に否応なく視界に入っていたから、ちょっとしたなんかのはずみでチラチラ焦点がそこに合うことがあっただけ。
 偶発的に認識はするけど、意識はしない。
 その程度の。

 たぶん連れの女との会話が、彼らにとってはセンシティブで聞くに堪えない内容だったとかそういうことだったんだろうと思う。
 もしかしたら自分たちじゃそれほどじゃないと思っていた性関係を示唆する内容が気に障ったのかもしれない。
 あるいは誰か何かを見下して侮蔑する優越感に満ち満ちた噂話に嫌気がさしたとか。

 まあ、今となってははっきりとはわからない。

 ただ、女との会話が最高に盛り上がり始めてしばらく経ってから、ちらりと見えた老人二人の表情が妙に頭の中に焼き付くように刻まれた。

 そこに怒りはなかった。
 軽蔑もなかった。

 よくある、年長者が若輩者の不作法、不調法に抱くテンプレ的感情は感じられない。

 ただ、寂しそうだった。
 そして哀しそうでもあった。

 こちらに対する攻撃的なモノとは全く違う、どちらかというと内向きで受動的なものというか。

 とにかく誰か何かを傷つけて思い知らせようというのとは真逆の、自分たちが傷つけられたような、被害者然としか言いようがないものをそこに見出したことは確かである。

 老紳士というのが相応しい、きちっとした三つ揃いに年季の入ったステッキを脇に控えたじいさん。
 程よく品のいい、だけど決して安物じゃないのが一目でわかる服飾品にちんまりと身を包んだばあさん。

 彼と彼女の酷く悲しく、寂しそうな表情をさせているのが、その時の自分と連れの女の振る舞いにあるという因果関係だけははっきりとわかった。
 ただ、そう理解はしてもそちらに注意をずっと払ってるほどには気にしなかったというだけ。
 気が付いたら自分たちより後に入ってきた二人の姿は消えていた。
 いくらダラダラしていたとはいえ、若造よりも食うのが早いなどありえないから、食事も途中で早々と退散したのは間違いない。

 その時自分は、そう直感して察しても、全く何にも感じることはなかった。
 もしかしたら、自分たちが原因かもなと思いはしても、だから何と、さほども省みることなどなかった。

 単に「ああ、そうですか」と事実を淡々と受け止めただけである。
 目の前の女との関係以上に大切なものはなかったし。
 その時店側から明確な苦情をいれられるなり、外的に干渉されるようなことも一切なかったし。

 あくまでもあの老夫婦の中にだけ、彼らにとって無視できない事象が発生して収束したと、それだけの認識だった。
 別にどう思われようと関係ない、あまたある無自覚に他者の現実の因果の元に自分たちがなるということが偶々起こったと。

 本当にただそれだけの事だった。

 だからあれから数十年経った今、唐突に思い出した理由は全くわからない。
 先日、ふと何かの拍子に、すっかり忘れ果てて頭のどこかに埋葬していたそれが、いきなり蘇ってきたのである。
 そして、一度脳裏に浮かび上がってからずっと、四六時中こびりつくようにして離れない。

 あの老婆と老翁の顔が。
 あんな儚げで、心細く、弱弱しい表情など、ついぞ、アレ以外で目にしたことなどないかもしれない。

 今、当時あったもので残っているものは何もない。
 金も女も、若さも無い。
 もちろん立場も、社会的地位も。
 未来への希望とか明るい展望とか言われる、生きがいめいたものも。

 全く何もなくなった。

 ただそうして何もかも失った自分に残っているのは、あの時の老夫婦の表情、その記憶のようなのである。
 別に思い出してもなんの意味もなさそうなのに。

 仮に今更後悔して慚愧の念に囚われようと、あの時の彼らに対して何らの贖罪にもならないし。
 そうしたいとも思わない。
 なんとなく後ろめたいようなすわりの悪さを感じるけど、罪悪感といえるほどはっきりと明確なものは相変わらず生まれない。
 それに、会うことなんてできないし、もし相対したとしても、今更彼らに何か前向きで有効なものを齎す方法があるとは思えない。
 覚えていないかもしれないし。
 そもそも、まだ生きているのかすら怪しい。

 だから今更こうしていらぬ記憶が浮かび上がり、いちいち心を囚われてあーだこーだ何がしかを想うこと自体が無意味で、無価値なのである。
 当事者の誰も、自分も、老夫婦も、当時一緒にいたあの女も、誰にも何も齎すものなどない。
 この広大無辺な宇宙に生まれた、原子とか素粒子一個分くらいの極限的最小単位のエアポケットとでもいうか。

 所詮、あくまでも自分の内部を処理するために生じた一つの生理現象というのが実態なのだろうとは思う。
 一体何がどうしてこの記憶を思い出させて感情を励起させようとするのか、全くわからなくて気持ちが悪いというだけの話である。

 ただ、しばらくはこうして付き合うことになるのかもしれないと、なんとなく予感めいたものを感じてはいる。

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