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ブルンダー
しおりを挟む「ねえ。……また会えるかな?」
口にしてから、“しまった”と思う。
なんで自分からこんなことを。
女の子から男の人に言うセリフじゃない。
でもすべてが終わったその時。
下着を着ている私を背中の向こうから見ている存在にもう会えなくなる、これが最後だという切迫感が急に襲ってきて、気がついたら声に出してしまっていた。
若いお金持ちの主催するパーティ。
毎週のように高級マンションやホテルの一室でやっているそれは、売れないモデルをしている私にとって既に当たり前の日常だった。
煌びやかな装飾の室内。
豪華な食べ物と飲み物。
溢れる音楽と喧騒の中。
今日の相手を探して舞い飛ぶ蝶のオスとメス。
私はいつもどおり、どこかの社長さんとか偉い人に見初められて、くすぶっている自分の人生にそれなりのチャンスが訪れないかなっていう程度の感覚でそこにいた。
別に周囲で交わされているそれっぽいビジネストークなんて興味なかったし。
一夜限りの相手と割り切って刹那の快楽だけを求めるほど性欲が溢れているわけでもない。
単に「何かいいことあればいいな」っていう期待だけ。
だからといってそんな態度を表に出すわけない。
得意げに語る新規ビジネスの成功譚に「すごーい!」って相槌を打って見せるし。
「まぁ、いいか」って思えた相手が声をかけてきたら、そのまま二人だけの夜を過ごすことだって普通にする。
要は特に思いいれもない、人生を彩る無数にある遊びのうちの一つってだけ。
実益も兼ねるかもしれない、ていのいい暇つぶし。
そうしてその日も適当に美味しいものを物色して一息ついたとき。
私に空になったシャンパンの替えを勧めてきたその男(ひと)。
若くもなくて年寄りでもない。
落ち着いた雰囲気だけどまだまだ遊び足りない。
「現役」という言葉がとってもしっくりくる感じ。
高級スーツを自然と身にまとった絵に描いたような成功者。
瞬時に理解する。
今日の相手はこの人だと。
だから言葉少なくも決して気詰まりではない会話をしばらく続けた後。
耳元に顔を寄せられて二人になりたいって言われたときには、すっかりその気になっていた。
そして今、うす暗がりのホテルの一室。
激しい行為の残滓はシーツの皺と空中にかすかに漂う熱と匂いだけ。
肉体だけを使ったコミュニケーションでお互いをわかったような気にさせられて。
その瞬間だけは確かな手応えで相手をこの手に掴んだ実感に心が震えるけど。
それもこの出会いがこの夜だけのものだと思い出させる時間が迫れば、全てが一時的な思い込みで気のせいでしかない事実を突きつけられる。
だから朝までいると余計に虚しいから深夜のホテルを出て家に帰る。
別にシャワーを浴びてもなお、しつこく腰に残っているじんとした余韻だって特別じゃない。
さっさと服を着て「バイバイ」って出てしまえばそれで終わり。
そのはずだったのに。
ベッドの端に腰を下ろして、背中に手を廻してブラのホックをつけていたその時。
私の口からありえない言葉が出ていた。
これまで言ったことが無いセリフ。
自分からまた会いたいなんて。
だってその気があれば向こうから声をかけてくるはずだから。
一夜だけとは違う関係を築く想いがあるんならそうするはずでしょ?
まさかその気が無い男にすがり付いて媚を売るなんて。
そんなことできるわけない。
私にだってプライドがある。
でも何故かその時は違っていた。
己に課した禁忌さえ破ってしまう何かに突き動かされてほとんど無意識に自然と口にしてしまっていた。
また会いたいな。
言った直後に湧き上がる、「ありえない」「やってしまった」という後悔と慙愧の念。
なんでこんなこと。
でも同時にそれらとは異なる衝動も感じていた。
心を締め付ける緊張感と高揚。
過去ではなく未来に向けた恐ろしくも魅惑的な視点。
期待。
待望。
ヴィジョン。
その時の私は確かにそんな想いに支配されていた。
少ししわがれた低い声が返ってくるまでの間、無限の可能性に酔いしれた。
でもそれも終わり。
遠まわしで傷つけないように配慮されながらも明確に意味だけは伝えてくる言葉によって、私の世界は現実へと収束していく。
何も失ったわけでもないのに、自分の価値がなくなってしまったような喪失感。
身体の欲求を満足させきったのとは違う種類の冷えた脱力感。
きゅーと音を立てて心臓が収縮していくような痛み。
暗い展望。
そんな自分を一切感じさせないように、冗談めかした空元気でごまかす。
たぶんバレてるだろうけどかまわない。
どうせもう会うことなんてない。
気持ち早くなった動きで完全に服を着終わると心と体が共に強靭になったような気がした。
防御力が上がったような気がした。
だから大丈夫。
他のいくつもの夜と変わらない別れの言葉を告げてドアを開けて出た。
廊下を歩いてエレベーターの呼び出しをする。
到着を告げるピンポーンって音がするまでとても永く感じた。
もしかしたら大した時間じゃなかったのかもしれないけど。
永遠じゃないかと錯覚するほど、その時の私には永いものだった。
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