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かつて親子で娘だった女
しおりを挟むかつて娘だった女が家に転がり込んできた。
といっても、10年前に元妻と結婚したその時点でもう成人していたのだから、すでに三十路のいい年した女である。
DVが原因で離婚した元旦那から逃げてきたとか、母親のところにもいられないとか言っていたけどあまり真面目に聞かなかった。
正直興味もなかったのだ。
当時からお互いそれはもう割り切った関係だったし、親子だなんて湿っぽさなどわずかたりとも抱いたこともない。
向こうからも単に『母親の新しい男』という以外の何かを感じたことは一切無かったし。
どちらかといえば享楽的で細かいところに拘らないタイプの本人の性格も大きかったんだろうけど。
お互い不快にならないよう、不用意に境界を越えないようにという最低限の配慮以外には何もない関係だった。
他人行儀ではないしそれなりに親密さを示すこともあるけど、必要以上には関わらない。
ほどほどに無責任でどうでもいいけど、重みにならない範囲でなら十二分に思いやりあえる。
太くも強固でもない危ういような細さだけどまあまあ強靭で、適度な粘度と柔軟さでしつこく伸びたり縮んだりして途切れることは無いくらいの繋がり。
そんな関係の女。
時々ふざけて『パパ~♥』なんて言ったりすることもあるってだけの、もとむすめ。
『生活費も払うし、迷惑かけないから』という第一声も怪しいところが無いのはわかっていた。
数駅離れた繁華街にある飲み屋、まあまあの高級店で働く売れっ子なのは知っていたから。
むしろ金に困ってせびっていたのは元旦那の方だったらしいという事情も。
だから『そんなに長いことじゃない』という言葉を真に受けたわけじゃないけど、特に拒否することもなく受け入れた。
悪印象が一切なかったのは事実だったし、なにより一応形だけとはいえ、かつては本当に親子関係だったのは間違いない。
実際には自分がそんな責任や義務みたいなものを僅かでも感じなくてはいけない道理は一切なかったんだろうけども、なんとなく『それくらいはしてもいいのかな』くらいに思う程度の効果はあったらしかった。
少なくともその時にはそうだった。
そうして始まった共同生活。
久々に他人、それも異性がすぐそばで寝起きするという状況だったけど、予想以上になんらの障害も混乱もなく淡々と過ぎていった。
当初の予想通り、大きな迷惑や負担になるような一切合切もなかったし、昼勤で夜に戻ってくるこちらと真逆だったあちら、時間的にほとんどずれて顔を合わすこともさほどない。
しいて言うなら、それまで全く見えなかった女物の衣類やら小物がところどころ部屋のいたるところで目に付くようになったくらいで。
これがまだ若く欲求を持て余していたころならいろいろ問題もあったのかもしれないけれど、もう自分はそんな年齢でもない。
どれだけ向こうが夜の女らしい明るく楽しい魅力に満ち溢れていたとしても、即座に性的にどうこうというのもない。
いや、全然全くないわけではないけれど。
ただほとんど無視していい程度の僅かなモノだった。
本音では、親子といっても形だけだった相手に何も感じないで済むのかと我ながら訝しむところがあったのだけど、それもただの杞憂だったらしい。
むしろこうまで負担にならない相手との同居生活に前向きなものすら感じ始めていたかもしれない。
帰ってくると迎え入れてくれて、軽口を交わして時間があれば飯を一緒に喰う。
それから向こうが出勤するのを見送ってという、ほどほど心地いいコミュニケーションを低リスクで享受できるというのは悪くないと。
文字通り以上に疑似的な家族関係、イミテーションだからこそのメリットに愛着と安寧を自覚し始めてひと月が立とうという頃合いのこと。
元旦那にまつわるひと悶着が起こった。
いろいろあったのだけれども、それなりに自分が対応するところがあって処理をした。
そういうことがあった。
その結果、元娘を煩わせていたトラブルの一部が解消されることになり、ようやく出ていく目途がついたと。
それなりに愛着を持ちつつあった同居生活もとうとう終わりの時が来る。
最後の夜じゃないけど、一応互いの区切りをつけるような意味合いで二人で酒を酌み交わすことに。
やはり仕事柄あちらには全然敵わないくてこっちが先に参ってしまい、そのままソファーに横になったらしかった。
深夜、背中をつけるように隣にいる気配と共に自分の状況をしる。
その時点でもまだ全然その気はなかったのだけれども。
単にお互い寝入っただけ、このまま朝まで過ごすのも全然おかしくない。
一部とは言え煩わされていた問題から解放され、気が晴れたんだろうから余計にこの程度のことはあるだろうと。
そんな風に久々の女の身体の感触を僅かに感じながらも安穏と寝息を立てようとした時の事。
ほんのちょっと。
ごくごくわずかに認識する微かな動き。
衣擦れや空気の揺れ程度の微小な挙動を夢見心地のまま感じたような気がした。
まだまだ全然胡乱で不確かなものだった。
でもこちらの様子を窺うように、少しづつ、でも確かな指向性をもって断続的にそれは続いた。
少しでも何がしかの抵抗やら拒否やらが起こるようなら即座に停止し、中断するという繊細で緻密な感性をまじまじと感じさせる辛抱強い挙動だった。
もうはっきりと柔らかな部分がぐにゃあっと押し付けられる時には、お互い相手の覚醒を確信しきっていたのは言うまでもない。
すでに無言の意思確認は済んで危険は無いと判断された状態、もはや合意はなされたという前提の段階。
穏やかでゆっくりとした、だけど確実にこちらの微妙な場所を刺激するような動きが始まっていた。
当然のように反応が起こった。
その時点では自制しようとか、望ましくないとか一切合切考えもしなかった。
ただ未だ自分から能動的に動くまでには至らない程度の意識で相手にされるがままだった。
このまま向こうが何をどうするのか、ドキドキしながら待っていたと言ってもいい。
弾力性のある軟体物で緩やかに刺激され続ける、もどかしくも狂おしい状態がどれだけ続いたのか。
とうとうよりはっきりとした意思表示がなされるときが来た。
やさしく手のひらで触れてくる感覚だった。
確かめるように、ゆっくりと撫でてから、衣服の布越しにぎゅうっと握ってきた。
そして『ぱぱぁ♥』と。
酒灼け気味で少しかすれた、普段通りのあのふざけた調子の声だった。
不真面目で深刻さなど微塵もない、享楽的な響き。
だからこそさほど心理的抵抗も感じないで済んだのかもしれない。
何か超えてはいけない絶対的な倫理規範、許されない破戒を為すような恐怖や躊躇いは皆無だった。
本当にごくごく自然に、収まるところへ収まった、予定調和みたいな感じだった。
後はもう男と女が必然的にすることをしたというだけ。
三十前後という年齢だからこその意味と価値、貴重で有意義なものを堪能させてもらったという。
ただそれだけのこと。
行為の最中、たびたび『パパ』と口にした。
そのほとんどはやはりあの享楽的で不真面目でふざけた響きだったけれど。
たぶん向こうは良かれとおもって、前向きな盛り上がりをもたらすという長年の経験と才能に裏打ちされた所作だったようだけれども。
終盤からその後にかけてはやや異なる響きになったようだった。
こちらがさほど責任も重みも感じなくてすむあの感じが薄れた、正直あまり耳障りが良くない響きだった。
特に互いがピークを迎えて、肌をくっつけ合って吐息をついている事後の余韻の中。
こちらの二の腕に顔を押し付けるようにして口にした時のやつが最も顕著だったと思う。
その時に彼女とはもうこれきりだとはっきり確信した。
少なくとも自分には今後継続的に関係を構築維持する自信が微塵も無くなってしまったことは間違いなかった。
憎からず思いはじめていた女の中に見出してしまったのが何だったのかはっきりとした答えは無い。
茫漠として不確かな、薄ぼんやりと胡乱な幻のような影でしかない。
明瞭な言語や図像に表象することなどできそうにない。
ただ、それなりに年齢を重ねて社会経験も経たいい年した男が思わず及び腰になって逃げだしたくなるようなものだったのは確かだった。
了
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