フォールン・イノベーション -2030-

決別

　目の前の事実を信じる事が出来ない。
　あの優しかった、人気だった君野先生が。
　今までの先生とのやり取りがフラッシュバックした。

「どうして...どうしてッ！！　先生ッ！！」

　すると、口から血を垂らしながら先生は、

「イヒヒヒッ！？　ハハハハッ！？　三船ェェ！？　新崎ィィ！？　ナゼ二人ナンダァァァ！？」

　目の焦点が合ってないままに言う。
　もう俺の知っている先生では無い。

「ワタシガァァァ！？　呼ンダノハナァ！？　新崎ィィ！！　オ前ダァァ！？」

　あまりに変わってしまった先生を前に、ユキは涙を訴え流し始めた。

「君野先生！！　こんな事はやめてください！！」
「黙レェェェェェェ！！！」
「ひッ！？」
「早クゥ！！！　中ヲ、身体ノ中ヲ見セロォォォ！！！」

　狂った君野先生はこっちへと寄って来た。
　狂気に満ちた顔。
　電気が伝うように、全身に悪寒が走る。

「ッ！！」

　俺はユキの前へと割り入り、先生に抵抗しようとした。
　だが人間とは思えない力を有しており、怪力で壁まで投げ飛ばされた。

「ルイッ！！」
「アハハァ！？　三船ハ後ダァァ！！！　ナァ、新崎ィ！？」

　先生はとうとうユキの間近まで迫り、顎に手をかけた。
　顔を近づけながらに囁く。

「オ前ハナァ、女ノ中デモ優秀ダァ！？　身体ノ中ヲナァ？　ヨク見セテクレナァ？」
「やめて...ください...やだぁぁぁぁぁぁぁ！！！」

　俺は見ている事しか出来ない。
　全身を強く打ち付け、意識が朦朧とする。

　...ユキ...
　ユ......キ......

　― 次の瞬間

　突如、窓が割れる音が響いた。

「ナンダァァァァ！？」

　謎に次々に割れる窓。
　誰がやっているのか気になったのか、先生は窓から外を確認し始めた。

　その直後、右腕のL.S.に違和感を感じた。
　そのおかげかなんとか俺は意識を少し取り戻した。
　右腕を見てみると、"ある人物と通話"が繋がっている。

「おいルイ！！　大丈夫か！？」
「う...うぅ...ギリギリな...お前どうして」
「んな事は後だ！！　今すぐ"UnRule"を起動しろ！！」
「..."UnRule"を...？　んなゲームやってる場合じゃ」
「いいから早く！！　俺を信じてやれッッ！！」

　言われている意味は全く分からない。
　なんで"UnRule"をこんなところで？
　アイツはなにを言って...

　後ろを見ると、ドアはさっき閉められたようで、出る事ができない。
　ユキを助けて逃げる方法は"後ろのドアを無理やり蹴破るか、窓から飛び出るか"の二択しかない。
　ドアは頑丈で開きそうにもない上、ここは15階だぞ？

　...手段は無い。
　失敗したらしただ。

　ユキだけでも絶対生きて帰らせる。
　意を決した俺は、L.S.のホログラム画面から"UnRule〔EL〕"を選択した。

　― すると右手の中に何かが具現化した

　...？
　これは...？

　七色に光る表面、蝶のような羽根、特殊な形状の銃口。
　ゲームのはずなのに、確かに質感がある。
　本物...なのか...？

「クソガァァァ！？　人ノ研究室ヲ、勝手ニ荒ラスナァァァァ！！！」

　とうとう先生はこっちへと視線を戻した。

「三船ェェェ！！　ソウカァァァ！！！　オ前ノセイカァァァァァ！！！！」

　やはり目の焦点は合っておらず、口から血が垂れ続けている。
　どれだけ先生を見ようと、かつての面影は無い。
　また過去の出来事がフラッシュバックした。
　...先生...俺...

　― 銃口を向けた

「アァ！？　ナンダァ！？　ソレハァ！？」
「先生、もうやめましょう」
「黙レェェェェェェ！！！」
「撃ちたくないんです、お願いします」

　― 俺はトリガーに指をかける

「三船ェェェ！！！　オ前ハ特別ダァ！？　コノ私ガ研究室ヘ推薦シタンダカラナァ！？　ソノ後ノ面倒ハ誰ガ見レヤッタンダァァァァ！？」
「...」
「オ前ハ後ニシタカッタガァ！！　イヒヒヒヒヒヒィィィィィ！？！？　仕方ガ無イナァァァァァァ！？」

　先生はそう叫ぶと、俺へと向かって走って来た。

　俺は

　...俺は

　......俺は

「あなたの研究は僕が継ぎます、いつか必ず」

　静かにトリガーを引いた。
　その瞬間、辺りに幾つも散らばる七色の蝶の羽根。
　一縷の鋭い"スペクトラムの光"が先生の心臓を貫通し、後ろへと吹き飛ばした。

「ユキッ！！　ケガは！？」
「...だ、大丈夫」
「よし、一旦ここから出るぞ！」
「待って、ルイ」
「なんだ！？」
「あれって..."あの時"の...」

　ユキは壁に突っ伏す"先生"を見て言う。
　俺が目を向けると、

「...どういう...こと...だよ...」

　俺が特殊な銃を使って吹き飛ばしたはずの先生。

　それは...

　...

　......

　― 秋葉原駅構内で見たあの"謎の機械"の姿になっていた