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化物

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「ッ!!! 大丈夫か!?」

 シンヤがこの"4528"へと走ってきた。
 たぶんシンヤも"設置した幻覚"とやらにやられていたんだろう。
 これはおそらくアイツが持っていた"ズノウ"の一つ。

「ここを頼む」
「え、あ、あぁ」

 俺はこの場をシンヤへ託し、脇目も振らず走った。
 アイツらはまだ近くにいる。
 絶対逃しはしない。

 きっとこの時の俺は無意識に近い状態だった。
 "ユキにあんな事をしたクソ野郎共を消し、理不尽ヲ壊ス"
 その衝動だけが全てを突き動かした。

「おい! 何かあったのか?!」と、ジムで会った男たちが話しかけてきたが、無視してとにかく走った。
 2つあるうちの1つのエレベーターは"1階"へと向かっている。
 これはアイツらが1階から逃げようとしている事を表している。

 すぐさま空いているもう1つのエレベーターへと乗り、1階へと向かう。
 ガラス張りのためか、アイツらが走って出ていく様子が夜でもよく見えた。

「...」

 言葉に出ない怒りがさらに俺を包む。
 誰にも邪魔はさせない。
 俺がやる、この手で。

 迫ってくる俺に一人が気付き、銃を向けてきた。
 そしてヤツは言った。

「人殺しのバケモンがぁぁぁぁぁぁ!!! こんなとこまで来んじゃねぇぇぇぇ!!!」

 俺を人殺しだ、と。
 コイツは何を言っている?

 これは"正当防衛"だ。
 ユキが傷つけられた、俺は銃を向けられた。
 それにあの時もヤツは銃を所持していた。

 良かった、コイツがただのバカで。
 心置きなくやれる。

「...」

 俺は"七色蝶の銃剣"をヤツへと向けた。

「へ、へぇ~!! 俺とやるんだな!? バカがッ!!! お前とは場数が」

 話す途中、ヤツの脳天を一縷の光が通り過ぎた。
 と同時に、血が噴き出し、ヤツは仰向けに倒れる。

 コイツだけじゃない。
 もう一人を追わないと。

 あの例の"黄色いパーカー男"だ。
 この青いジャケット男を置いて逃げやがって。

###

 結果を言うと、どれだけ血眼になって探しても、アイツを見つける事が出来なかった。
 蓄積していく疲労感に、徐々に俺の意識は戻り、一旦帰った方がいいという判断になりつつあった。
 そう思い、帰ろうとした時、

「はぁ...はぁ...やっと...みつけたぁ」

 影から現れたのはユキだった。

「!? なんで来たんだ!?」
「そんなの...ふぅ。分かるでしょ?」

 ユキは一呼吸置いた後、そう言った。
 その姿を見て、安堵する気持ちと、もう一つは...

 血で汚れた俺を見て、どう映って見えるんだろうか。
 やっぱり"あの総理の息子なんだ"、と思うんだろうか。
 鋭利な気持ちが交錯した。

「...俺...この手でアイツを...」

 血まみれの手を見て言うと、ユキは、

「"私たちを守ってくれた手"、でしょ」
「気持ち悪く...ないのか...?」
「気持ち悪くなんて、無いに決まってるでしょ」

 俺の手をそっと包んだ。
 なんの躊躇いも無く。
 優しい顔で。

 だからこそ、 許せない気持ちがより増した。
 こんなユキを傷つけたアイツに。
 最後まで逃げたアイツに。
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