26 / 57
二章
少女の旅、銀色の髪、小走りの猫
しおりを挟む「おぉ、ちゃんとした道だっ……!」
わたしたちは無事に霊樹の森を抜け、近くの街道に出た。
数日ぶりに現世に舞い戻った気分である。
もう道とは呼べない道を行く必要はないのだ。
決して広い道とはいえないが、舗装された道路を踏み締めるだけでも安心感が凄まじい。
遠くに見える海岸線が眩しい。
タステルの街はきっとあの先だろう。
「ようやく次の街に行けるね、リーシャ!よーし、張り切っていこう!」
目指すは南。
港町タステルだ。
まあいろいろ寄り道になってしまったが、べつに急ぎの旅ではない。
ここからまたあらためて前に進んでいけばいいのである。
わたしが気合いに満ち満ちた心持ちで、一歩踏み出したときだった。
相棒の猫耳少女が、むすっとした顔でその場で立ち止まっているのに気づく。
なんだろう。腹でも痛いんだろうか。
もしそうなら、もうその辺で済ますしかないぞ。
「あの、次の街へ向かえるのはとても嬉しいことなんですが……」
リーシャはぼそりと呟いた。
そして、自らが背負う特大リュックの上部を仰ぎ見る。
「……なんで、メレルがついてきてるんですか!」
しかも当然のように定位置なんですけど!と猫耳少女はぷんぷんしながら等身大のリュックを振り回した。
メレルはリュックにしがみつきながらも、真剣な表情で頷く。
「まあ、やることなくなったから。暇だし」
「そんなちょっとそこまで遊びに出かけるみたいな理由で!?ていうか、けっこう危険な旅だし、時間もかかる旅ですよ?」
「いい。それに、あなたたちと一緒にいけば、どこかで師匠のことも聞けるかもしれないし」
メレルはいつもの定位置で、だらりとしながら答える。
すっかり実家みたいなくつろぎ方だ。
そんな彼女の様子に、リーシャの口からは、はぁ、と盛大なため息が漏れた。
「ああ、そういえば師匠がいるとかいってましたね。でも、わたしたちの目的はヘイムドールへの旅です。寄り道はしませんよ」
「わかってる。でも、なんだかいろいろと、──予感はする」
「──?」
「たぶん、運命ってやつ」
わたしの赤色の髪と、リーシャの黒髪を交互に見て、一人で頷く銀髪少女。
彼女はたまによくわからないことを言う。
だがまあ魔術師というのはそんなものなのかもしれない。
前にも思ったが、黙々と我を貫くところがなんだかウサギっぽい。
ウサギと猫。
可愛らしくていいじゃないか。
なんにせよ、旅路に仲間が増えるのはいいことだと思う。
「まあまあ、リーシャ。魔術師がいてくれるなんて心強いじゃん。わたしはいいと思うよ」
「う……、ニナさんがそういうなら……いいですけど……」
リーシャは、むぅ、と口を尖らせて頷く。
なんだかちょっと渋っているように見えなくもない。
そんなに嫌なんだろうか。
二人の間に言い合いは多いが、あれはじゃれ合いみたいなもののはずだ。
べつにリーシャとメレルの仲は悪くないと思っていたんだけど……。
「リーシャ、もしかして何か不安なことでもある?」
「いえ、不安はないです。どちらかというとちょっと不満というかぁ……」
最後の方は独り言のように口をもごもごさせているリーシャ。
その口元には、隠しきれない不満さが滲み出ている。
だが、メレルに向けて敵意のようなものは感じない。
どちらかというと、会った時よりもずっと親しげな空気さえ感じるのだが。
いったい何が原因なのだろう。
メレルは、そんなリーシャをじっと見つめていた。
他人の感情の機微にうとい彼女にとって、人間観察は趣味のようなものらしい。
彼女はしばらくもじもじする黒猫少女を見つめていた。
そして数秒後、「ああ。なるほど」と両手をぽんと叩く。
「リーシャは、ニナと二人旅が良かった?なぜなら、リーシャはニナのことがとっても大好きだから」
メレルの言葉に、黒猫少女が口を開いたまま固まった。
その後一拍おいて、その顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「ばっ…………?!?……ち、違いますよ!違いますからっ!ニナさんのことはべつにそんな……」
ものすごい勢いで腕と頭を振り、全力で否定するリーシャ。
わたしは、ふむ、とその様子を微笑ましく観察する。
ああ、もしかして図星なのか。
ということは──、つまりただの嫉妬か。
可愛いやつめ。
ちょっとイタズラ心がむくむくしてくるじゃないか。
「え……、違うの?リーシャ、もしかしてわたしのこと嫌いなの……?」
およよ、と悲しげに目元を伏せながら、ちらりとリーシャを流し見する。
孤児院でもシスターにおねだりするときによくやっていた、必殺の嘘泣き作戦である。
リーシャは「ええっ!?」と両手をあわあわさせ狼狽していた。
「い、いや……、そういうわけでは、ないんですけどっ……!」
戦っているときの凛々しさとは正反対のうろたえぶりだ。
そんな彼女に対し──、メレルは追い討ちをかけるように、申し訳なさそうに頭を下げた。
「気づかなくてごめん。わたし、他人の心を察するのが苦手だから……」
心なしか、しゅん、とした表情である。
しばらく顔をふせる銀髪少女。
その後──、突然顔を上げると、勢いよくビシッとその親指を立てる。
「もし二人でいちゃつきたいときは、わたしはいないものとして扱ってくれていい。見なかったことにするので」
「い、いちゃ……!?……はぁ?!そんなことしませんよ!バカなんですか!」
ナイスアシスト。ここはすかさず追撃だ!
「え、リーシャ……。もしかしてわたしといちゃつくの嫌なの……?わたしのこと嫌いなの?」
「い、いや、そういうわけではないんですけど!………や、でも違くて……!いや、違くはないんですけど……!」
あたふたと慌てふためく猫耳少女。
ほんとからかいがいがある子だなぁ。
彼女からしかとれない栄養素がある。
間違いない。
ふと見ると、無表情なメレルの口の端も、にやにやを抑えきれていない。
最近ちょっとわかってきたが……。
このメレルって子、意外とSっ気あるぞ。
いい友達になれそうだ。
「──さてと。リーシャの可愛い姿も見れたことだし、そろそろ出発しようか」
からかわれたことに気づいたのか、黒猫少女は再びむすりとした顔に戻る。
わたしは苦笑しつつも、彼女の頭を撫で、リュックの後ろから顔を出している銀髪少女へと視線を向けた。
「じゃあ、あらためてよろしくね、メレル」
「うん。二人には恩もある。魔術には自信があるし、何か要望があるなら遠慮なく言って欲しい。力になる」
メレルの言葉にリーシャがぼそりと返す。
「じゃあ、自分で歩いてくれませんかね……。重いんですけど」
「わたしも本当は歩きたい。でも、ハーフエルフは歩くのに大量の魔力が必要だから……」
「えぇ、そうなんですか……。──って、それ絶対嘘ですよね!?」
「うん。ほんとは疲れるしめんどくさいだけ」
「ついに言い訳すらしなくなった!?」
リーシャは盛大に肩を落とし、首を振った。
どうやらついに観念したらしい。
苦労をかけてすまんね。あとで美味しいスイーツでも奢ってあげよう。
「はぁ、もういいですよ……。好きにしてください。わたしは早くタステルの街にいって、宿でゆっくり寝たいです」
背中にリュックとメレルを背負い、リーシャはずんずん歩いていく。
わたしは、その後ろ姿を眺めつつ、晴れ渡る空を見上げた。
この空は、きっと魔大陸の果てまで続いている。
空も、世界も、こんなにも広いのだ。
まだ見ぬ旅の先も、きっと楽しいものになる。
新たに増えた仲間とともに、ここからまた一歩ずつ踏み出していこう。
急ぐことはない。
見知らぬ街に、まだ見ぬ出会い。
焦らずゆっくり味わっていこう。
それこそ旅の醍醐味というものだから。
わたしはリーシャとメレルの背中を追いかける。
足早に、二人の方へと駆け寄る。
そして──、前を歩く黒猫少女の小さな肩を、ぽんとたたいた。
「リーシャ、方向違う。タステルはこっち」
「………っ!!?」
……うん、やっぱりわたしが前を歩くことにしよう。
後ろを小走りでついてくる猫耳少女の足音を感じながら、わたしはそう思うのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
93
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる