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二章

少女の旅、銀色の髪、小走りの猫

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「おぉ、ちゃんとした道だっ……!」

 わたしたちは無事に霊樹の森を抜け、近くの街道に出た。

 数日ぶりに現世に舞い戻った気分である。
 もう道とは呼べない道を行く必要はないのだ。
 決して広い道とはいえないが、舗装された道路を踏み締めるだけでも安心感が凄まじい。

 遠くに見える海岸線が眩しい。
 タステルの街はきっとあの先だろう。


「ようやく次の街に行けるね、リーシャ!よーし、張り切っていこう!」

 目指すは南。
 港町タステルだ。
 まあいろいろ寄り道になってしまったが、べつに急ぎの旅ではない。
 ここからまたあらためて前に進んでいけばいいのである。


 わたしが気合いに満ち満ちた心持ちで、一歩踏み出したときだった。

 相棒の猫耳少女が、むすっとした顔でその場で立ち止まっているのに気づく。
 なんだろう。腹でも痛いんだろうか。
 もしそうなら、もうその辺で済ますしかないぞ。


「あの、次の街へ向かえるのはとても嬉しいことなんですが……」

 リーシャはぼそりと呟いた。
 そして、自らが背負う特大リュックの上部を仰ぎ見る。


「……なんで、メレルがついてきてるんですか!」


 しかも当然のように定位置なんですけど!と猫耳少女はぷんぷんしながら等身大のリュックを振り回した。

 メレルはリュックにしがみつきながらも、真剣な表情で頷く。

「まあ、やることなくなったから。暇だし」
「そんなちょっとそこまで遊びに出かけるみたいな理由で!?ていうか、けっこう危険な旅だし、時間もかかる旅ですよ?」
「いい。それに、あなたたちと一緒にいけば、どこかで師匠のことも聞けるかもしれないし」

 メレルはいつもの定位置で、だらりとしながら答える。
 すっかり実家みたいなくつろぎ方だ。

 そんな彼女の様子に、リーシャの口からは、はぁ、と盛大なため息が漏れた。

「ああ、そういえば師匠がいるとかいってましたね。でも、わたしたちの目的はヘイムドールへの旅です。寄り道はしませんよ」
「わかってる。でも、なんだかいろいろと、──予感はする」
「──?」

「たぶん、運命ってやつ」

 わたしの赤色の髪と、リーシャの黒髪を交互に見て、一人で頷く銀髪少女。
 
 彼女はたまによくわからないことを言う。
 だがまあ魔術師というのはそんなものなのかもしれない。
 前にも思ったが、黙々と我を貫くところがなんだかウサギっぽい。
 ウサギと猫。
 可愛らしくていいじゃないか。
 なんにせよ、旅路に仲間が増えるのはいいことだと思う。

「まあまあ、リーシャ。魔術師がいてくれるなんて心強いじゃん。わたしはいいと思うよ」
「う……、ニナさんがそういうなら……いいですけど……」

 リーシャは、むぅ、と口を尖らせて頷く。

 なんだかちょっと渋っているように見えなくもない。
 そんなに嫌なんだろうか。
 二人の間に言い合いは多いが、あれはじゃれ合いみたいなもののはずだ。
 べつにリーシャとメレルの仲は悪くないと思っていたんだけど……。

「リーシャ、もしかして何か不安なことでもある?」
「いえ、不安はないです。どちらかというとちょっと不満というかぁ……」

 最後の方は独り言のように口をもごもごさせているリーシャ。
 その口元には、隠しきれない不満さが滲み出ている。
 だが、メレルに向けて敵意のようなものは感じない。
 どちらかというと、会った時よりもずっと親しげな空気さえ感じるのだが。
 いったい何が原因なのだろう。


 メレルは、そんなリーシャをじっと見つめていた。
 他人の感情の機微にうとい彼女にとって、人間観察は趣味のようなものらしい。

 彼女はしばらくもじもじする黒猫少女を見つめていた。
 そして数秒後、「ああ。なるほど」と両手をぽんと叩く。


「リーシャは、ニナと二人旅が良かった?なぜなら、リーシャはニナのことがとっても大好きだから」


 メレルの言葉に、黒猫少女が口を開いたまま固まった。
 その後一拍おいて、その顔がみるみる真っ赤に染まっていく。

「ばっ…………?!?……ち、違いますよ!違いますからっ!ニナさんのことはべつにそんな……」

 ものすごい勢いで腕と頭を振り、全力で否定するリーシャ。
 わたしは、ふむ、とその様子を微笑ましく観察する。

 ああ、もしかして図星なのか。
 ということは──、つまりただの嫉妬か。
 可愛いやつめ。

 ちょっとイタズラ心がむくむくしてくるじゃないか。


「え……、違うの?リーシャ、もしかしてわたしのこと嫌いなの……?」

 およよ、と悲しげに目元を伏せながら、ちらりとリーシャを流し見する。
 孤児院でもシスターにおねだりするときによくやっていた、必殺の嘘泣き作戦である。

 リーシャは「ええっ!?」と両手をあわあわさせ狼狽していた。

「い、いや……、そういうわけでは、ないんですけどっ……!」

 戦っているときの凛々しさとは正反対のうろたえぶりだ。
 そんな彼女に対し──、メレルは追い討ちをかけるように、申し訳なさそうに頭を下げた。

「気づかなくてごめん。わたし、他人の心を察するのが苦手だから……」

 心なしか、しゅん、とした表情である。
 しばらく顔をふせる銀髪少女。

 その後──、突然顔を上げると、勢いよくビシッとその親指を立てる。


「もし二人でいちゃつきたいときは、わたしはいないものとして扱ってくれていい。見なかったことにするので」

「い、いちゃ……!?……はぁ?!そんなことしませんよ!バカなんですか!」

 ナイスアシスト。ここはすかさず追撃だ!

「え、リーシャ……。もしかしてわたしといちゃつくの嫌なの……?わたしのこと嫌いなの?」
「い、いや、そういうわけではないんですけど!………や、でも違くて……!いや、違くはないんですけど……!」

 あたふたと慌てふためく猫耳少女。
 ほんとからかいがいがある子だなぁ。
 彼女からしかとれない栄養素がある。
 間違いない。

 ふと見ると、無表情なメレルの口の端も、にやにやを抑えきれていない。
 最近ちょっとわかってきたが……。
 このメレルって子、意外とSっ気あるぞ。
 いい友達になれそうだ。


「──さてと。リーシャの可愛い姿も見れたことだし、そろそろ出発しようか」

 からかわれたことに気づいたのか、黒猫少女は再びむすりとした顔に戻る。
 わたしは苦笑しつつも、彼女の頭を撫で、リュックの後ろから顔を出している銀髪少女へと視線を向けた。

「じゃあ、あらためてよろしくね、メレル」
「うん。二人には恩もある。魔術には自信があるし、何か要望があるなら遠慮なく言って欲しい。力になる」

 メレルの言葉にリーシャがぼそりと返す。

「じゃあ、自分で歩いてくれませんかね……。重いんですけど」
「わたしも本当は歩きたい。でも、ハーフエルフは歩くのに大量の魔力が必要だから……」
「えぇ、そうなんですか……。──って、それ絶対嘘ですよね!?」
「うん。ほんとは疲れるしめんどくさいだけ」
「ついに言い訳すらしなくなった!?」

 リーシャは盛大に肩を落とし、首を振った。
 どうやらついに観念したらしい。

 苦労をかけてすまんね。あとで美味しいスイーツでも奢ってあげよう。

「はぁ、もういいですよ……。好きにしてください。わたしは早くタステルの街にいって、宿でゆっくり寝たいです」

 背中にリュックとメレルを背負い、リーシャはずんずん歩いていく。
 
 わたしは、その後ろ姿を眺めつつ、晴れ渡る空を見上げた。
 この空は、きっと魔大陸の果てまで続いている。
 空も、世界も、こんなにも広いのだ。
 まだ見ぬ旅の先も、きっと楽しいものになる。

 新たに増えた仲間とともに、ここからまた一歩ずつ踏み出していこう。
 急ぐことはない。
 見知らぬ街に、まだ見ぬ出会い。
 焦らずゆっくり味わっていこう。
 それこそ旅の醍醐味というものだから。


 わたしはリーシャとメレルの背中を追いかける。
 足早に、二人の方へと駆け寄る。


 そして──、前を歩く黒猫少女の小さな肩を、ぽんとたたいた。



「リーシャ、方向違う。タステルはこっち」

「………っ!!?」



 ……うん、やっぱりわたしが前を歩くことにしよう。
 
 後ろを小走りでついてくる猫耳少女の足音を感じながら、わたしはそう思うのだった。
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