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exd5
50話
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「……最悪……遅れた……」
信号待ちで地団駄を踏む。現在の時刻は七時三五分。学校までは一五分ほど。本来なら一〇分ほど早くここまで到着している予定だった。八時からの授業には余裕で間に合うのだが、目的はそれではない。学校がある日は基本、七時三〇分頃にあの方がここを通る。やはり寝過ぎたことが原因。リボンも決まらなかったし。
「まぁ、モブキャラなんてのは、こんなもんでしょう……」
自分の立ち位置は理解している。あの方が猛禽類なら、自分はネズミかなんかで、記憶もされない、ただのオヤツ感覚のエサとなるだろう。でもそれでいい。自分の肉をあの人が貪ってくれるなんて。一度くらいは目が合うかな。
信号はまだ変わらない。これなら、もう少しゆっくり髪を乾かせばよかった。半乾きで寒さが増す。本日は最低気温が四度。一一月ともなると寒い。頭が寒いと心も寒くなる。昨日、どこに置いたのかマフラーが見つからずそのまま来てしまった。さらに寒い。
「今日は倫理、スポーツ、数学、音楽」
仕方ないので、今日の時間割を今一度確認する。八時から始まり、一四時三〇分には終わる。放課後はなにしよう。一六時からのバイトまで少しだけ時間がある。でもお金がないのだから、節約しないと。色々買いたいものは多い。
「はぁ……どうやったらお金貯まるんだろ」
書店でアルバイトはしているが、女子は買いたいものが多い。ビオデルマのメイク落としも買いたいし、カフェの新作スイーツ食べ歩きたい。キツくなってきた下着も新調したいし、なんなら自転車登校もしたいし、それからそれから——
「髪、乾いてないけど、寒くないのかい?」
「え?」
ふと。横から声をかけられた。
「でもわかる。昨日と比べて一気に寒くなったからね。俺も少しベッドから出るの遅くなった」
赤くなった自分の鼻に、ライチのいい香りが吸い込まれる。香水。この香りは知っている。ウッディ系の香水。私も持っている。あの方を真似たから。
「風邪ひかないように気をつけて」
その声は知っている。いつも何度も頭の中で繰り返し、巡っているから。でもいつもと違うのは、その声のベクトルが自分に向けられている。ネズミに目も声も向けられている。
そうだ、とその方がポケットから出したものを手渡された。
「これをどうぞ。少し走ったら暑くなったから。いらなかったら捨ててもらっていい」
そう言って渡されたものは、可愛いシロクマの描かれたエコカイロ。ほんのり温かい。これも知っている。使い終わった後、お湯に浸けると、また再利用できるカイロだ。
嘘だと思った。相変わらず少しもハッピーになることはないし、ほとんど捕まらない信号のところで捕まるし、コーヒーは思ったよりも濃いめで、マフラーも見つからなくてそのまま来た。
「それじゃあ、少し急ぐから。先に行くね」
信号が青になる。それに合わせて、歩いて行く。行ってしまう。
「あ、あのッ!」
肺を振り絞り、声を出した。少し裏返った。でも、止まってくれた。
「あ、あの、あり、が……」
あんなに妄想ではスラスラ喋れるのに。聞きたいことも、たくさんあるのに。
「……」
頭が真っ白になり、なにを言ったのかわからない。喉になにかが引っかかったように、声が出ない。気持ちだけはあるのに。
その方は、うん、と笑みを浮かべて手を振ってくれた。途中までしか言えなかったが、理解してくれたようだ。
「それじゃあね。ウルスラ・アオアースバルトさん」
そう言って、早足にケーニギンクローネ女学院へ向かっていった。
私がシシー・リーフェンシュタール様と初めて会話した時は、感謝の言葉すらまともに伝えられなかった。
信号待ちで地団駄を踏む。現在の時刻は七時三五分。学校までは一五分ほど。本来なら一〇分ほど早くここまで到着している予定だった。八時からの授業には余裕で間に合うのだが、目的はそれではない。学校がある日は基本、七時三〇分頃にあの方がここを通る。やはり寝過ぎたことが原因。リボンも決まらなかったし。
「まぁ、モブキャラなんてのは、こんなもんでしょう……」
自分の立ち位置は理解している。あの方が猛禽類なら、自分はネズミかなんかで、記憶もされない、ただのオヤツ感覚のエサとなるだろう。でもそれでいい。自分の肉をあの人が貪ってくれるなんて。一度くらいは目が合うかな。
信号はまだ変わらない。これなら、もう少しゆっくり髪を乾かせばよかった。半乾きで寒さが増す。本日は最低気温が四度。一一月ともなると寒い。頭が寒いと心も寒くなる。昨日、どこに置いたのかマフラーが見つからずそのまま来てしまった。さらに寒い。
「今日は倫理、スポーツ、数学、音楽」
仕方ないので、今日の時間割を今一度確認する。八時から始まり、一四時三〇分には終わる。放課後はなにしよう。一六時からのバイトまで少しだけ時間がある。でもお金がないのだから、節約しないと。色々買いたいものは多い。
「はぁ……どうやったらお金貯まるんだろ」
書店でアルバイトはしているが、女子は買いたいものが多い。ビオデルマのメイク落としも買いたいし、カフェの新作スイーツ食べ歩きたい。キツくなってきた下着も新調したいし、なんなら自転車登校もしたいし、それからそれから——
「髪、乾いてないけど、寒くないのかい?」
「え?」
ふと。横から声をかけられた。
「でもわかる。昨日と比べて一気に寒くなったからね。俺も少しベッドから出るの遅くなった」
赤くなった自分の鼻に、ライチのいい香りが吸い込まれる。香水。この香りは知っている。ウッディ系の香水。私も持っている。あの方を真似たから。
「風邪ひかないように気をつけて」
その声は知っている。いつも何度も頭の中で繰り返し、巡っているから。でもいつもと違うのは、その声のベクトルが自分に向けられている。ネズミに目も声も向けられている。
そうだ、とその方がポケットから出したものを手渡された。
「これをどうぞ。少し走ったら暑くなったから。いらなかったら捨ててもらっていい」
そう言って渡されたものは、可愛いシロクマの描かれたエコカイロ。ほんのり温かい。これも知っている。使い終わった後、お湯に浸けると、また再利用できるカイロだ。
嘘だと思った。相変わらず少しもハッピーになることはないし、ほとんど捕まらない信号のところで捕まるし、コーヒーは思ったよりも濃いめで、マフラーも見つからなくてそのまま来た。
「それじゃあ、少し急ぐから。先に行くね」
信号が青になる。それに合わせて、歩いて行く。行ってしまう。
「あ、あのッ!」
肺を振り絞り、声を出した。少し裏返った。でも、止まってくれた。
「あ、あの、あり、が……」
あんなに妄想ではスラスラ喋れるのに。聞きたいことも、たくさんあるのに。
「……」
頭が真っ白になり、なにを言ったのかわからない。喉になにかが引っかかったように、声が出ない。気持ちだけはあるのに。
その方は、うん、と笑みを浮かべて手を振ってくれた。途中までしか言えなかったが、理解してくれたようだ。
「それじゃあね。ウルスラ・アオアースバルトさん」
そう言って、早足にケーニギンクローネ女学院へ向かっていった。
私がシシー・リーフェンシュタール様と初めて会話した時は、感謝の言葉すらまともに伝えられなかった。
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