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Qd8
146話
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「彼女はね、強いよ」
ただシンプルに。元ドイツ国内でのチェス王者であるその老父、通称、マスターは断言した。ベルリンはシャルロッテンブルク=ヴィルマースドルフ区。
「だろうな」
さも当然のように。信号が青になったから渡る、くらいの平静さでシシー・リーフェンシュタールは相槌を打った。場所はカフェ。この二人が落ち合う場合は基本的にカフェだが、ドイツ自体カフェの文化が根強いため、出かけたらとりあえずカフェ、は基本の流れ。
そもそもがカフェを経営しているマスターは、様々なカフェに偵察に行くのも趣味。チェスもできるしで一石二鳥。
「驚かないね。まぁ、なんとなくわかったんだろうけど」
——ンニャァ
昨日を思い出し、シシーは感慨に耽りながら、コーヒーをひと口。平日の午後だというのに、客数はそれなりに多い。
「あれだけ滞りなく、それでいて美しい棋譜を残せるからな。つくづく、老人には縁がある」
カフェにいる老人のチェスプレーヤーには注意。そう脳に刻んだ。少なくとも、こちらからは声をかけるのはやめよう。
——ミャーオ
前のめりにテーブルに肘を立てながら、マスターは低い声で情報を提供する。
「『盲目の狙撃手』、それが彼女の現役時代の名前だよ。ディスカバードアタックの名手だ。気づいたら彼女の銃口が王に向いてる。ビショップと言ったら彼女、くらいにシンボルになっていたね」
あの頃は怖かった、と過去を回想し、マスターはよほど思い出したくないのか、ブルっと体を震わせた。
ディスカバードアタック。駒を動かす事で、その背後にいる駒の道を開けるチェスの技。動かした駒と、背後の駒の両方で相手の駒を同時に狙うため、一度にひとつしか動かせないルール上、相手はどちらかを捨てなければならなくなる。
——ウニャ
少し焦りの色を見せながら、シシーはイスに深く腰掛けた。
「……勝負したことは?」
——ゴロゴロ
「あるよ。勝ったり負けたり。若干僕が勝ち越したかな? 負け越したかな? 負け越した……うん」
悔しがりながら、マスターは膝の上の『ソレ』を撫でた。
「……オイ」
そろそろ異変に耐えられず、シシーが音を上げる。さっきから気になっているのは、店内を自由に歩き回る存在。
「どうしたの?」
自身の膝から飛び降り、逃げていく『ソレ』を目で追いかけつつ、マスターは残った温もりを大事に手に残した。
頭痛を感じつつ、シシーは呆れかえる。
「なんだここは……」
テーブルはラウンドもスクエアもあり、白塗りのやナチュラルなもの。こぢんまりとした普通のカフェ空間ではあるが、壁に足場のようなもの。タワーのようなもの。ホイールのようなもの。
ただシンプルに。元ドイツ国内でのチェス王者であるその老父、通称、マスターは断言した。ベルリンはシャルロッテンブルク=ヴィルマースドルフ区。
「だろうな」
さも当然のように。信号が青になったから渡る、くらいの平静さでシシー・リーフェンシュタールは相槌を打った。場所はカフェ。この二人が落ち合う場合は基本的にカフェだが、ドイツ自体カフェの文化が根強いため、出かけたらとりあえずカフェ、は基本の流れ。
そもそもがカフェを経営しているマスターは、様々なカフェに偵察に行くのも趣味。チェスもできるしで一石二鳥。
「驚かないね。まぁ、なんとなくわかったんだろうけど」
——ンニャァ
昨日を思い出し、シシーは感慨に耽りながら、コーヒーをひと口。平日の午後だというのに、客数はそれなりに多い。
「あれだけ滞りなく、それでいて美しい棋譜を残せるからな。つくづく、老人には縁がある」
カフェにいる老人のチェスプレーヤーには注意。そう脳に刻んだ。少なくとも、こちらからは声をかけるのはやめよう。
——ミャーオ
前のめりにテーブルに肘を立てながら、マスターは低い声で情報を提供する。
「『盲目の狙撃手』、それが彼女の現役時代の名前だよ。ディスカバードアタックの名手だ。気づいたら彼女の銃口が王に向いてる。ビショップと言ったら彼女、くらいにシンボルになっていたね」
あの頃は怖かった、と過去を回想し、マスターはよほど思い出したくないのか、ブルっと体を震わせた。
ディスカバードアタック。駒を動かす事で、その背後にいる駒の道を開けるチェスの技。動かした駒と、背後の駒の両方で相手の駒を同時に狙うため、一度にひとつしか動かせないルール上、相手はどちらかを捨てなければならなくなる。
——ウニャ
少し焦りの色を見せながら、シシーはイスに深く腰掛けた。
「……勝負したことは?」
——ゴロゴロ
「あるよ。勝ったり負けたり。若干僕が勝ち越したかな? 負け越したかな? 負け越した……うん」
悔しがりながら、マスターは膝の上の『ソレ』を撫でた。
「……オイ」
そろそろ異変に耐えられず、シシーが音を上げる。さっきから気になっているのは、店内を自由に歩き回る存在。
「どうしたの?」
自身の膝から飛び降り、逃げていく『ソレ』を目で追いかけつつ、マスターは残った温もりを大事に手に残した。
頭痛を感じつつ、シシーは呆れかえる。
「なんだここは……」
テーブルはラウンドもスクエアもあり、白塗りのやナチュラルなもの。こぢんまりとした普通のカフェ空間ではあるが、壁に足場のようなもの。タワーのようなもの。ホイールのようなもの。
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