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アニエルカ・スピラと紅茶。
25話
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「目指しているもの?」
ユリアーネの問いに、アニーは胸に手を当てて応えた。心の中に秘めた想い。
「『フィーカ』と『ミューシグ』です」
「……それは、どういうものなんですか?」
聞き覚えのない単語に、すぐにユリアーネは答えを求めた。おそらくこれも北欧。ということは考えても絶対に出てこない。時間は無駄にしない。
興味を持ってくれたことに、アニーは心の中で感謝する。きっと、忘れられないティータイムになる。
「どちらもスウェーデンで大切にされている言葉なんですけど、『フィーカ』はブレイクタイム、『ミューシグ』は自然体とか心地よい時間とか、そんな意味です」
丁寧にアニーは受け応える。この定義は、実は国民も曖昧に理解している。人によって、特にミューシグの捉え方は幅がある。が、そんな緩さもこのミューシグの魅力なのだ。なにものにも縛られない、自分だけのリラックス法。ただ、共通しているのは、自分らしさの追求。
少しずつ、この店の形が見えてきたユリアーネは、大まかに理解した。昨日からのモヤモヤとした、不明瞭な部分が少しずつクリアになっていく。
「なるほど、心地の良いティータイムを提供するってことですね。たしかに、時間がゆっくり流れるような、ふわふわした雲に包まれているような、不思議な感覚です」
それを聞き、アニーは店内に設置された間接照明を指差す。人は火を見ると安心するというが、限りなくそれ近づけるような暖色の灯り。ほのかに揺らぎ、遺伝子に組み込まれた安息に包まれる。
「『ミューシグ』には、優しい光が必須なんです。柔らかな間接照明のみで、この森の中をたゆたってほしいんです」
ボクの提案です、と胸を張る。位置や種類、明るさなどは全てアニーの提案を採用していた。テーマを北欧にするのであれば、一番詳しいものの意見を取り入れる。そして、森は完成する。
(料理だけじゃなく、照明までこの子が関わっているわけですか……ますますどういう子なのか気になります)
表面では笑顔を浮かべるが、その内心ではユリアーネは疑心を持つ。アルバイトにしては、関わっている部分が多すぎる。もちろん、様々な意見を出してもらえるのは、経営者としてありがたいこと。しかし、これではほぼ、彼女の理想としたお店作りになってしまっている。それで利益が出ているならいいのだが、どうなのだろうか。
「わかりました。ありがとうございます。美味しかったです。でも、最後にひとつ、これがどうして今の私に相応しいと思ったんですか? それだけがわかりません」
強く、射抜くような視線をアニーに向ける。そう、これこそが最大の疑問。何を以って、この子はそう感じることができるのか。まだユリアーネ自身、これからの店のビジョンというものは、実は明確にはできていない。もしこの子がカギとなるのであれば、そんな淡い期待もある。勤務態度は……まぁ、多少は目を瞑ろう。
真っ直ぐな視線を感じたアニーは、多少の恥ずかしさもあるが、少し話しづらい内容なこともあり、少し俯いて視線を外した。
「……胃痛や頭痛、そしてタイトなスケジュール。ストレスからの飲みすぎで二日酔いの典型的なパターンです。眠りも浅いみたいですし、お酒の匂いがします」
……図星だった。お店を譲り受けたはいいが、税などは税理士と話し合うとしても、経営は素人。コンサルタントや前オーナーからのアドバイスはありがたく受けるが、最終的な決断は自分でしなければならない。そのプレッシャーが日に日に増してくる。いつもならコーヒーなのだが、初めてお酒に手を出してみた。
「……よく気付きましたね」
ユリアーネの問いに、アニーは胸に手を当てて応えた。心の中に秘めた想い。
「『フィーカ』と『ミューシグ』です」
「……それは、どういうものなんですか?」
聞き覚えのない単語に、すぐにユリアーネは答えを求めた。おそらくこれも北欧。ということは考えても絶対に出てこない。時間は無駄にしない。
興味を持ってくれたことに、アニーは心の中で感謝する。きっと、忘れられないティータイムになる。
「どちらもスウェーデンで大切にされている言葉なんですけど、『フィーカ』はブレイクタイム、『ミューシグ』は自然体とか心地よい時間とか、そんな意味です」
丁寧にアニーは受け応える。この定義は、実は国民も曖昧に理解している。人によって、特にミューシグの捉え方は幅がある。が、そんな緩さもこのミューシグの魅力なのだ。なにものにも縛られない、自分だけのリラックス法。ただ、共通しているのは、自分らしさの追求。
少しずつ、この店の形が見えてきたユリアーネは、大まかに理解した。昨日からのモヤモヤとした、不明瞭な部分が少しずつクリアになっていく。
「なるほど、心地の良いティータイムを提供するってことですね。たしかに、時間がゆっくり流れるような、ふわふわした雲に包まれているような、不思議な感覚です」
それを聞き、アニーは店内に設置された間接照明を指差す。人は火を見ると安心するというが、限りなくそれ近づけるような暖色の灯り。ほのかに揺らぎ、遺伝子に組み込まれた安息に包まれる。
「『ミューシグ』には、優しい光が必須なんです。柔らかな間接照明のみで、この森の中をたゆたってほしいんです」
ボクの提案です、と胸を張る。位置や種類、明るさなどは全てアニーの提案を採用していた。テーマを北欧にするのであれば、一番詳しいものの意見を取り入れる。そして、森は完成する。
(料理だけじゃなく、照明までこの子が関わっているわけですか……ますますどういう子なのか気になります)
表面では笑顔を浮かべるが、その内心ではユリアーネは疑心を持つ。アルバイトにしては、関わっている部分が多すぎる。もちろん、様々な意見を出してもらえるのは、経営者としてありがたいこと。しかし、これではほぼ、彼女の理想としたお店作りになってしまっている。それで利益が出ているならいいのだが、どうなのだろうか。
「わかりました。ありがとうございます。美味しかったです。でも、最後にひとつ、これがどうして今の私に相応しいと思ったんですか? それだけがわかりません」
強く、射抜くような視線をアニーに向ける。そう、これこそが最大の疑問。何を以って、この子はそう感じることができるのか。まだユリアーネ自身、これからの店のビジョンというものは、実は明確にはできていない。もしこの子がカギとなるのであれば、そんな淡い期待もある。勤務態度は……まぁ、多少は目を瞑ろう。
真っ直ぐな視線を感じたアニーは、多少の恥ずかしさもあるが、少し話しづらい内容なこともあり、少し俯いて視線を外した。
「……胃痛や頭痛、そしてタイトなスケジュール。ストレスからの飲みすぎで二日酔いの典型的なパターンです。眠りも浅いみたいですし、お酒の匂いがします」
……図星だった。お店を譲り受けたはいいが、税などは税理士と話し合うとしても、経営は素人。コンサルタントや前オーナーからのアドバイスはありがたく受けるが、最終的な決断は自分でしなければならない。そのプレッシャーが日に日に増してくる。いつもならコーヒーなのだが、初めてお酒に手を出してみた。
「……よく気付きましたね」
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