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アニエルカ・スピラと紅茶。
31話
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「なにをですか?」
それを見、ユリアーネはおそるおそる聞いてみた。もしかして、と軽く頭の中で候補が浮かび上がる。
すると、握手を交わしながらアニーが口を開く。
「申し遅れました。店長のアニエルカ・スピラっス! よろしくお願いします!」
「……はい?」
もう一度、ユリアーネは聞き返す。もう一度自分の中でゆっくりと噛み砕いて理解する。目の前の? この子が? 店長?
握手はそのまま、アニーは手をブンブンと振り回しながら笑顔で返した。
「ボクが店長です。ダーシャさんは店長代理なんスよ。一応、成人男性がいた方がいいだろう、ってことで店長っぽい役割をやってもらってるだけです。経験も長いですし」
昨日からの一連の流れをユリアーネは思い出す。たしかに、ダーシャは自身のことを店長だとは言っていなかった。そして、店のコンセプトやメニューなど、比較的自由にアニーが権限を持っていること。間違ってはいない。しかしだ。
「え、でも、アニーさん、高校生ですよね? 店長、って、え?」
それでも、点と点が結んだ絵が、自分の想像していたものと違い困惑する。まだ切り替えが上手くいかない。店長? 店長って店の偉い人、だよね?
唇を尖らせてアニーは反論する。最初はかなり言われたことなので、慣れてはいた。
「いやいや、何言ってんですかユリアーネさん。学生が店長だって一応は問題ないっスよ。カフェなんて可愛いものです。大学生ともなれば、海外企業と提携し、欧州展開するプランの見積もりなど個人でやりとりする時代っスよ」
と、どこかで聞いたことがある理論でユリアーネは押し返された。顔が若干引き攣る。
「……はは」
及び腰になるユリアーネとは反対に、アニーは両手で彼女に手を握りしめ、グイグイと迫っていく。水を得た魚のようにイキイキとしてきた。感情の振れ幅が大きい。
「それで! さっき言ったことは間違いないっスよね!? 紅茶の売り上げが上がったら、この店を任せてもらえるって!」
店長なのだから、すでに任せてもらっているのでは、とユリアーネは考えたが、どうもそうではなく自分と同様に経営者として店を持ちたいらしい。気は早いがライバルと言える。今は自分が先んじて経営者となるが、常に緊張感を持って仕事に身を置くのであれば、それもまた自分のためになる。
「え、ええ。期間は一年。それまでに売り上げを上げること。もちろん、店全体も。それができなければ、どちらにせよ、この店は売却することになるかもしれません」
もちろんリスクはある。コーヒーを中心にやっていても、味やサービス、立地条件などで潰れる店はいくらでもある。そこに、さらにまだ浸透しているとは言い難い紅茶を、このドイツという国で拡大していこうというのだ。潰れる心配も当然。それでも、この店の個性として、そしてなによりユリアーネ自体もこの『森』という概念に賭けてみたくなったのだ。
それを見、ユリアーネはおそるおそる聞いてみた。もしかして、と軽く頭の中で候補が浮かび上がる。
すると、握手を交わしながらアニーが口を開く。
「申し遅れました。店長のアニエルカ・スピラっス! よろしくお願いします!」
「……はい?」
もう一度、ユリアーネは聞き返す。もう一度自分の中でゆっくりと噛み砕いて理解する。目の前の? この子が? 店長?
握手はそのまま、アニーは手をブンブンと振り回しながら笑顔で返した。
「ボクが店長です。ダーシャさんは店長代理なんスよ。一応、成人男性がいた方がいいだろう、ってことで店長っぽい役割をやってもらってるだけです。経験も長いですし」
昨日からの一連の流れをユリアーネは思い出す。たしかに、ダーシャは自身のことを店長だとは言っていなかった。そして、店のコンセプトやメニューなど、比較的自由にアニーが権限を持っていること。間違ってはいない。しかしだ。
「え、でも、アニーさん、高校生ですよね? 店長、って、え?」
それでも、点と点が結んだ絵が、自分の想像していたものと違い困惑する。まだ切り替えが上手くいかない。店長? 店長って店の偉い人、だよね?
唇を尖らせてアニーは反論する。最初はかなり言われたことなので、慣れてはいた。
「いやいや、何言ってんですかユリアーネさん。学生が店長だって一応は問題ないっスよ。カフェなんて可愛いものです。大学生ともなれば、海外企業と提携し、欧州展開するプランの見積もりなど個人でやりとりする時代っスよ」
と、どこかで聞いたことがある理論でユリアーネは押し返された。顔が若干引き攣る。
「……はは」
及び腰になるユリアーネとは反対に、アニーは両手で彼女に手を握りしめ、グイグイと迫っていく。水を得た魚のようにイキイキとしてきた。感情の振れ幅が大きい。
「それで! さっき言ったことは間違いないっスよね!? 紅茶の売り上げが上がったら、この店を任せてもらえるって!」
店長なのだから、すでに任せてもらっているのでは、とユリアーネは考えたが、どうもそうではなく自分と同様に経営者として店を持ちたいらしい。気は早いがライバルと言える。今は自分が先んじて経営者となるが、常に緊張感を持って仕事に身を置くのであれば、それもまた自分のためになる。
「え、ええ。期間は一年。それまでに売り上げを上げること。もちろん、店全体も。それができなければ、どちらにせよ、この店は売却することになるかもしれません」
もちろんリスクはある。コーヒーを中心にやっていても、味やサービス、立地条件などで潰れる店はいくらでもある。そこに、さらにまだ浸透しているとは言い難い紅茶を、このドイツという国で拡大していこうというのだ。潰れる心配も当然。それでも、この店の個性として、そしてなによりユリアーネ自体もこの『森』という概念に賭けてみたくなったのだ。
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